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墓場を愛する従姉妹姫と留学中の王妹 1


 わたしは、馬車でオーランドの首都へ入った。

 馬に乗れないのだから仕方がない。歩兵とともに歩くといったわたしに、ディゾルドはにこやかな笑みを顔に張り付けたまま、馬車を用意してきた。

 馬車では、騎兵より時間がかかり、歩兵より馬を無駄に使う。すなわち行軍の邪魔だ。

 馬車を返却しようとしたわたしに、ディゾルドは「あなたにとっては、姫君の身分なんて、落ち葉ほどの価値もないことはわかってますけどね……。敵国の姫君を我が国まで歩かせたら、俺はたちまちのうちに残虐非道な王として有名になりますので、勘弁してください」と訴えた。

 わたしは反省した。

 イアスは、いずれはオーランドの領地となって消えるのだろうが、今はまだ、わたしはイアス国の姫なのだ。……長い幽閉生活のおかげで、一般的な姫がどういう存在なのかを忘れ去ってしまっていたようだ。たしかに姫君は、長距離は歩かないだろう。貴婦人のドレスは、舗装されていない道を歩くには向いていないからだ。

 そこでわたしは、兵士たちの服を一着譲ってもらえないかと頼み込んだ。

 しかし、半眼になったディゾルドに、けんもほろろに拒否された。

 それでもわたしは、粘り強く頼み込み、最終的には条件付きで譲ってもらうことに成功した。


 馬車はからからと進み、門を通り抜けて、大きな屋敷の前で停まった。

 馬車の戸が外から開けられ、ディゾルドに手を取られて石畳の上へ降りる。

「ここは?」

「俺の従兄妹姫の家です。今日からこちらへ滞在していただくことになります。あなたの屋敷を用意することも考えたんですけど、あなたを一人にするのは俺が不安でしてね」

「問題ない」

「すみませんが、あなたのその言葉は鵜呑みにしてはいけないということを、俺はこの短い旅路で十分に学びました……。従兄妹は信頼のおける人物ですよ。少し変わってますけど」

 案内された応接室で待っていると、ぱたぱたと軽い足音が聞こえて、勢いよくドアが開いた。

「お待たせしてごめんなさい!!」

 まだ少女といっていい、幼さの残る、可憐な面立ちだ。

 まずは真っ先に国王であるディゾルドへ挨拶するのだろうと、悠長に構えていたら、彼女はわたしへ突進してきた。

 そして、がばっとわたしに抱きついた。

「会えて嬉しいわ! お会いできるのをずっと楽しみにしていたのよ!!」

 羽のように軽い少女だったが、いかんせん勢いがあった。

 わたしが軽くよろめくと、いつの間にかディゾルドが背後にいた。まるで予期していたかのように、彼に抱きとめられる。

 少女と青年にぎゅうと挟まれる格好になって、困惑するわたしに、ディゾルドは呆れた声でいった。

「ラピス、姫が驚いてる」

「わたしは大丈夫だが ─── 」

「ああ! ごめんなさい!! わたしったら、自己紹介もまだだったわね」

 少女はパッと身体を離すと、綺麗に一礼してみせた。

「初めまして、リジエラ姫。わたくしはラピスラズリ。ディゾルド陛下の従兄妹でございます。……とはいっても、母方の従兄妹だから、王族ではないし、身分も大して高くないの」

 そこまでいって、ラピスラズリ姫は不意に表情を曇らせると、おずおずとわたしを見た。

「陛下はわたくしの屋敷でいいとおっしゃいましたけど、リジエラ姫は本当によろしいのでしょうか? もし、ほかになにか希望があれば、わたくしのことはお気になさらず、何でもおっしゃってくださいね?」

 わたしは緩く首を横に振り、姫へ礼を返した。

「とんでもございません。わたくしのような立場の者を受け入れてくださって、誠に感謝しております。ただ、敵国の王族であるわたくしのせいで、ラピスラズリ姫にご迷惑をかけてしまわないかという一点のみが、不安ではございます」

「大丈夫ですよ」

 わたしたちのやり取りに、軽い口調で割って入ったのはディゾルドですよ。

 首をひねって後ろを見上げると、彼は安心させるように笑った。

「立場云々は考えないでください。それは俺の仕事ですから。それに、ラピスは今、珍しく猫を被りましたが、基本的には突進してきて抱きしめる人間です。気楽にしてください」

「ええ! 自分の家だと思ってくつろいでちょうだい!」

 少女が満面の笑みで両手を広げる。

 わたしは、困惑を残しつつ頷いた。

「よろしくお願いいたします」


 ※


 遅れてしまったのは、スコーンを焼いていたからなのよ。

 そう、ラピスラズリ姫は、にこにことわたしたちにお手製のスコーンを勧めてくれた。

「上流の貴婦人は台所に入らないというけど、わたしは料理が好きなの。特にお菓子作りが好きなのよ」

 涼やかな茶葉の香りと、甘い焼き菓子の香りが、広い室内にふわふわと漂う。

 自己紹介を兼ねてと、姫は家系図から説明してくれた。

「陛下のお母様は、わたしのお母様のお姉様なの。わたしにとっては伯母様ね。伯母様が先代国王陛下に嫁がれたので、わたしのお母様が婿を取って後を継いだの」

 わたしの黒髪は、東の騎士だったお父様譲りなのよと、ラピスラズリ姫は悪戯な瞳で付け加えた。

「伯母様は、とても魅力的な方で、夜会で偶然、先代陛下に見初められたのだけど、実家は、首都から遠く離れたラクシュ領なのね。だから、わたし、子供の頃は従兄弟に会ったこともなかったわ。王子様だったんだから、仕方ないんでしょうけど」

「名ばかりの王子でしたけどねえ」

 ディゾルドが、遠い目で合いの手を入れる。

「だけど、今から9年前ね。わたしの両親が事故で亡くなってしまって……、途方に暮れたわ。子供だったし、どうしていいかわからなかった。毎日泣いて過ごしていたら、悪い親戚がいてね」

「あれもなかなかの屑でしたね」

「わたしの縁談を勝手に決めてきてしまったの。相手はお金持ちだったけれど、50歳を過ぎていて、さすがに歳の差がありすぎたわ」

 酷い話だ。

 わたしが眉間にしわを寄せると、姫は安心させるように微笑んだ。

「でもね、そこに伯母様が駆けつけてくれたのよ!」

「あの母親にも、他人を思いやる感情があったんだなと、俺は初めて知りましたね」

「縁談を破棄して、後見人になってくださったの。そして、次期領主としての教育のために、わたしを首都まで連れてきてくださったのよ」

「まあ、その後はろくに世話はしなかったんですけどね。使用人にまかせっきりで」

「首都に来たら、わたし、どうしても一度、従兄弟に会いたくなって、伯母様に頼み込んだの」

「俺の宮まで乗り込んできたんですよ。例によって突進してきました」

 その光景が目に浮かぶようで、わたしはかすかに唇を緩めた。

 すると、ラピスラズリ姫は、ひどく嬉しそうな顔をした。

「 ─── ええ、ええ。そのときから、わたしは、陛下の協力者なのよ。伯母様への恩もあるし、何より陛下の友人として、愛する人と幸せになって」

「ラピス」

 強い口調で、ディゾルドが姫の言葉を遮った。

 わたしとラピスラズリ姫の四つの瞳が、いっせいに彼を向く。

 ディゾルドは、気まずそうな顔をして、ぼそぼそといった。

「あの、紅茶のおかわりをください……」

「……陛下?」

「紅茶のおかわりを……」

 ラピスラズリ姫がディゾルドを凝視する。

 なぜだかわからないが、妙な緊張感が生まれた。

 わたしがハラハラしながら見守っていると、ラピスラズリ姫はにっこりと笑った。

「かしこまりましたわ、陛下。紅茶のおかわりを、用意させますね。それから、あとで少しお話がございます」

 ディゾルドの薄緑色の瞳が、あらぬ方向へさまよう。

 わたしが首をかしげると、ラピスラズリ姫は軽く手を打って、話を変えるようにわたしへ向き直った。

「リジエラ姫。よければわたしのことは、ラヴィと呼んでくださいね」

「……ラピスではなく?」

 不思議に思って尋ねれば、従兄妹姫は大きく頷いた。

「ええ、どうかラヴィと。それで、よろしければ、姫のことをリジィとお呼びしたいんです。そうしたら、お揃いでしょう?」

 とっても素敵な考えだと思いません?

 そう、心から嬉しそうにいわれて、わたしの顔も自然とほころぶ。

「わかりました。では、ラヴィ姫」

「姫はいりません。敬語も抜き。できれば、わたしもあなたにそうしたいわ」

「……わかった。ラヴィ」

 ラヴィは、きゃあと歓声を上げて立ち上がり、再びわたしに突進してきた。


 ディゾルドが、妙に恨めしげな顔で、ラヴィをわたしからばりばりと引きはがす。

「リージェ、ラピスのこのふわふわした雰囲気に騙されないでくださいね。ラピスの一番の恐ろしい趣味は『夜の墓場でお茶会をすること』ですからね」

「まぁ、ひどいわ陛下。勝手にしゃべってしまうなんて」

 ラヴィが、今、微笑みながら、ディゾルドの手の甲をつねった気がする。

 錯覚だろうか。うん、きっと錯覚だな。

  ─── しかし、なんだって? 夜の墓場?

「わたし、もっとリジィと親しくなってから誘うつもりだったのに」

「誘われる予定だったのか」

 思わず呟いてしまう。

 ラヴィが、瞳を悲しげに潤ませて、わたしを見上げた。

「リジィは、墓地でのお茶会は、嫌いかしら……?」

「まあ普通は嫌ですよね」

「嫌ではないが……、考えたことがなかったな」

「まあ! ではどうか、一度、想像してみてちょうだい。夜空に瞬く美しい星々 ── 、どこからともなく聞こえる鈴虫の音色 ── 、首筋を通り抜けていく涼やかな風 ── 、そして荘厳にして静謐な墓場 ── あぁ、素晴らしいわよね!?」

「怖いですよね。何度聞いても素晴らしく怪談です。リージェ、耳を貸さなくていいですからね」

 わたしは迷っていた。

 別に怖くはない。墓場にあるのは亡骸だけだ。生きている人間のほうがよほど恐ろしい。

 しかし、わたしは、自分が口数があまり多くないことも、お喋りしていて楽しい相手ではないことも、自覚している。今はディゾルドがいるからいいが、ラヴィと二人きりでは、彼女のほうが嫌になってしまうのではないだろうか。

 躊躇するわたしに、ラヴィはにじりよってきて、愛らしい瞳でじっと見つめてきた。

「いいの。気にしないで。はっきりいってちょうだい。墓場が嫌ならほかの場所を探すわ。だって、わたし、あなたとならどこでだって楽しいと思うの」

 わたしは思わず微笑んでいた。

 従兄妹だからだろうか。ディゾルドとの血のつながりを感じる言葉だ。温かくて、優しい。

 当のディゾルドは、なぜか、地団駄を踏みたげな顔をしているけれど。

「わたしでよければ、ぜひ、墓場でのお茶会へ参加したい」

「リジィ!! 嬉しいわ、大好きよ、リジィ!!」






「いや本当に俺は負けたわけじゃないっていうか、そもそも勝負なんかしてないしな? リージェが俺と二人のときより笑顔が多かった気がするなんて、どう考えても気のせい。これは完全に錯覚だ。それに、ラピスはああいう性格だから好きだとか大好きだとか簡単にいうけどな? 俺は男だし立場もあるし、なによりそう、誠実で慎重な人柄だから!! 慎重派だから!! ちくしょう、いえないんだよ、そんな簡単には!!」

「陛下、ぶつぶつ独り言をいってないで、さっさと書類を片付けてください。夜は墓場のお茶会に行くんでしょう」

「そうだ、今夜はデートだ。俺はリージェと二人で星空を眺めるんだ……」

「ハハッ、墓地ですけどね。それにラピスもいます」

「黙れ。永遠に黙ってろ」


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