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08.青年と少年



 目を覚ましたら見知らぬところ――ではなかった。

 ここは王城の広場だ。

 仰向けになった視線の先に広がる夜空には星が瞬いていた。


「ルナ! 目が覚めましたか」

「エミリオ」


 私の顔を覗き込んだエミリオが安心したような表情を浮かべる。


「あのあと、どうなった? ――そうだ、呪いは……!?」


 私はがばりと身を起こし、エミリオに詰め寄る。

 私が覚えているのは、リエトが何故か魔法を使えて、その力でエルヴィーラを眠らせたところまでだ。その後、私もまた力尽きたのか気絶してしまった。

 所々記憶が曖昧だが、二人が来てからのことは覚えている。それより前のことはあまり覚えていない。また魔法を暴走させていたことは想像に難くないが。

 エミリオは優しく微笑んで、私の頭を撫でた。


「な、なんだ? なんか、態度が変だぞ?」

「いえ、やはりそれでこそ『ルドヴィカ』だなぁと思いまして」

「ん? なんで私がルドヴィカだと――ああ、エルヴィーラが散々言ってたか。あと、リエトも――」


 待て。なんで、リエトも私がルドヴィカだと知ってたんだ? 当然のように叫んでいたが、リエトは私の本来の姿がこれだとは知らないはずだ。出会ったのはエルヴィーラの身体のときだったのだから。


「呼んだか、ルドヴィカ?」


 ひょこっとリエトが現れる。


「リエト。なんで私がルドヴィカだと思ったんだ? それに、あの魔法は」

「こんなとこで話すより中入ろーぜ。今、王城の生き残ってた部屋綺麗にしてきたんだ!」


 自慢げに言うリエトはいつも通りに見えた。

 ひとまず私たちはリエトが片付けたという部屋に向かうことにした。

 エルヴィーラがあれだけ派手に魔法を使ったせいで、王城はほとんど全壊に近かった。生き残ったという部屋は、王城広場から離れた場所にあるらしい。


「――あ、ルナ。陛下はご無事でしたよ。陛下が伏せっている部屋だけ綺麗に残っていました」

「そうか。一応魔除けしといて正解だったな」


 王の寝室を密閉空間にするとき、一緒に魔除けの紋も描いておいた。血で描いた簡易な魔法陣だ。吐いた血がもったいないと思ってやったことだったが、役に立ったようで良かった。

 魔除けと言っても確実性はない。少し魔法が当たりにくくなるぐらいだ。それで当たらなかったというのだから、王自身の運が良かったのだろう。


「ルドヴィカさー、俺にもその魔除けしただろ」

「ああ、お前には特に入念にした。王都に出かける前にな」


 もちろん血は使ってないが、リエトが持っていた鞄と靴には紋様をこっそり描いておいた。それから連絡用に渡した石にも似たような効果が付与されていたはずだ。


「役に立ったか?」

「大いにな! お、ここだ、俺が綺麗にした部屋」


 リエトがわくわくした顔で部屋の扉を開ける。


「王の部屋っつうの? すっげぇよな。こんなとこ入れるの一生に一度ないだろ!」


 興奮した声を上げるリエトに苦笑しつつ、部屋を見回す。

 確かに立派な調度品が並んでいて豪華絢爛だ。だが、窓は割れているし、部屋の隅には瓦礫が積み重なっていて、なんだかちぐはぐだ。


「ここに座って話せば、良い感じだろ?」


 リエトが指差したのは、明らかに一セットではないテーブルと椅子たちだった。使えそうな物を寄せ集めたのだろう。


「リエトにしてはよく働いたじゃないか」


 感心して言えば、リエトは自慢げな顔で無邪気に笑った。


「さて」


 私たちは机を挟んで向かい合って座る。


「リエトの話も聞きたいが、まずは事件の後始末からだ」


 真面目な顔で二人を見れば、二人ともこくりと頷いた。


「エルヴィーラ……あの魔女はどうなった?」

「まだ生きてるよ。拘束して指を折っておいた。俺じゃ殺せないからね」


 リエトが事も無げに答える。


「指って……リエト、お前……」

「仕方ないだろ。魔法を使われたら、俺たちじゃ勝てないんだから。使えないようにするのが一番だ。そうだろ?」


 リエトに似つかわしくない残酷な思考に、少しショックを受けた自分がいたが、まあ、悪くない判断だ。子供はときに残酷なものであると納得しておこう。

 エミリオに視線を移す。


「エミリオ、王は無事だと言ったな。呪いは消えたか?」

「はい。まだ体調は悪そうにしていましたが、胸の痣は消えていました」

「……まあ、あれだけ派手に魔法陣をぶち壊せば、そうなるよな」


 壊したのは、呪った本人なわけだが。

 魔法陣を壊して呪いが消えたとなれば、やはり呪いはまだ成就していなかったらしいな。


「呪いってさ、途中で邪魔されて失敗したら術者に跳ね返るんじゃないのか?」


 リエトが心配そうに私を見た。私は頷く。


「そうだ。だが呪いをするような奴は、きちんと準備しているさ。今頃身代わりの人形か何かが壊れているだろう」

「ルドヴィカも準備していたのか?」

「急ごしらえだがな。予言者の部屋にちょうど良い人形があったから正直助かったな」


 服を調達するために予言者エルに与えられていた部屋へ寄ったとき、衣装部屋で手足頭のない人形を見つけた。ちょうどいいことに、この身体が身に付けたことがあるだろう衣服も散らばっており、それらをまとめあげて即席身代わり人形とした。服の上に髪を一本置いて、魔法をかけるだけの簡単なものだったから、どこまで効果があったのかは分からない。

 そもそも呪いがどこに跳ね返ったのかが謎だ。

 肉体の私か、精神のエルヴィーラか。どちらにしても、対策はしてあったからダメージはなかったが。


「あのときそんなことをしていたんですか……」


 エミリオは感心した様子だった。


「ん? お前らエルヴィーラが私の身体で呪いをかけたってことを知っているのか?」


 知っている前提で話していたが、身体を入れ替えられていたなど普通の人間が思い至るのだろうか。


「確信はしていませんでしたが、それなら辻褄が合うと思っていました」

「俺は確信してたぞ! ルドヴィカがルドヴィカじゃないと気づいたときに」


 エミリオは頷き、リエトは注目を集めるかのように勢い良く手を上げた。構って欲しい子供だな。


「そうか。まあ、改めて話すとだな。私はルドヴィカ・エリアーナ・ヴィスコンティ。お前たちと初めて会った身体はエルヴィーラのもので、私の本来の身体はこれだ」

「ルドヴィカとルナは同一人物、ということですね」

「ルドヴィカって美人だったんだなぁ。あの魔女の姿よりこっちの方が断然いいな!」


 私は額を指で押さえる。


「そんなにもあっさり信じることか?」

「はい」

「ルドヴィカとあの魔女じゃ何もかも違いすぎるからなー」


 エミリオは深々と頷き、リエトは軽い調子で笑った。


「しかし、何故そんなことになっていたんですか? エルヴィーラという魔女はルナの身体で騒ぎを起こし、ルナを殺したかったのでしょうか?」


 エミリオの疑問に、私は頭をガシガシと掻いた。


「エルヴィーラは私の師匠なんだが、ずっと私の身体を奪うために私を育てていたんだ。だから、殺すためじゃないな。あれは、私の力を暴走させるためだ」


 いつもいつもそうだ。エルヴィーラは私を追い詰めて私の力を爆発させる。


「魔女はもともと迫害された女たちってことは知ってるか?」

「いえ……」


 エミリオは首を振ったが、リエトは退屈そうに頬杖をつくだけで特に反応しなかった。


「迫害に遭った女たちは復讐のために、人を超越した力を手に入れた。それが魔法で、彼女たちは魔女と呼ばれた。それが魔女の起源らしい」


 恐ろしい執念だと思うよ。原初の魔女たちは自分から人をやめたんだからな。


「だから魔女を強くするのは、復讐心に始まる負の感情だ。恐怖とか憎しみ、苦しみ、怒りだな。そんな感情に囚われたとき、魔女はより強い力を発揮する。しかも一時的じゃない。魔女の力の源は魔素とか魔力とか呼ばれるんだが、このはらの中に溜まるんだ」

「……」


 エミリオは真剣に聞いてくれているが、一方でリエトは顔を伏せて寝始めた。もう夜だから仕方ないとは思うが、生意気な態度だとも思う。リエトらしいとも思うが。


「胎の中に溜まる魔素の量は上限が決まっているんだが、復讐心に染まり力を暴走させる度に、それは拡大されるらしい。基本的には胎内に溜められる魔素の量が魔女の力量だ。胎が大きければ大きいほど魔女は強い」

「……つまり、エルヴィーラはルナを強くさせるために、行動していたということですか」


 わたしは頷く。


「ああ、強くなったこの身体を奪うためだ。エルヴィーラは私の身体に固執しているんだ。美しい容姿と若く健康な肉体が欲しいらしい。それでいて、強さも求めるのだから強欲だよな」


 狙われたこちらは堪ったものではない。人生狂わされっぱなしだ。


「……では、ルナはずっと辛い思いをしてきたわけですね」


 痛そうな表情をするエミリオ。

 辛い、か。

 私は首を振る。


「エルヴィーラと並べると私は奪われる側だが、人間と並べると途端に奪う側だ。辛いなどと嘆いていい立場じゃない。奪ってきた事実を棚には上げられない」


 辛いと思っていても頷くのは躊躇われた。私はそんなことを思っていい立場じゃない。誰かに辛いとこぼして楽になっていい立場じゃない。――だが。


「いえ、そうじゃありません」


 エミリオは悲しそうな色を瞳に滲ませて首を横に振った。


「ルナはずっと魔女を信じるなと、自分を信じるなと言っていました。それは、裏切ることが怖いからですね? 貴女が自分自身を信じられないからですね?」


 本当にエミリオは人をよく見ているな。それとも私が分かりやすいのだろうか。何にせよ、気づかれているというのなら強がる意味もないな。


「……そうだ。私はいつ人を殺すか分からない。暴走状態のとき、私の意識はないんだ。私はたくさんの人を殺したはずなのに、何も覚えていないんだ。それに、エルヴィーラもいつ私の身体を奪うか知れない。もしも私を信じてくれている人が、私の顔をしたエルヴィーラに殺されたらなんと詫びればいい? 私を信じなければ殺されなかったかもしれないんだ。私は被害者面などできない。どうあがいても加害者だ」


 だからこそ私は森での生活が気に入っていた。奪われることも裏切ることも心配する必要がなくなったから。もうエルヴィーラの玩具にされることはないと。

 だが、魔女は気紛れだ。エルヴィーラはさらに私の身体を強くしようと、再び私の身体を奪った。すっかり馴染んでいた老魔女『ルドヴィカ』の身体を。

 私ははっきり言って油断していた。若々しい身体を手に入れたエルヴィーラが再び私の前に現れるはずがないと。また奪われることはないと。だからルドヴィカを名乗っていたし、リエトを追い出すこともしなかった。

 老魔女の身体を奪われたとき、私は恐怖した。リエトやエミリオにとってはあの姿が『ルドヴィカ』だから。エルヴィーラが二人を襲っても二人にとっては『ルドヴィカ』だ。つまりそれはルドヴィカの裏切りになる。信頼を裏切ったことに。それは私が恐れていたことだ。


「大丈夫ですよ、ルナ。貴女が貴女でいる限り、私は貴女を間違えません」


 エミリオは優しく強い瞳で私を見た。


「馬鹿か……エミリオ」


 いや、馬鹿なのは、私だな。

 信じるなと言いつつ、信じていなかったのは私だ。自分自身も、誰も彼もを信じていなかった。だが、エミリオは確かに間違えなかった。この姿になって初めは疑われたが、私の言葉を信じると言い、最終的にはルドヴィカとルナが同一人物だと信じてくれた。

 氷が溶けるように、今まで恐怖し、怯えていた気持ちが小さくなっていくのを感じる。

 悔しいが、私は安堵していた。

 知らなかったな、私はそんな言葉をかけられたかったのか。

 そんなことを思ってうっすら口元に笑みを浮かべる。

 穏やかな気持ちで浮かべた私の笑みが珍しいのかエミリオは呆けた顔をしていた。

 すると突然、ガバリッと勢い良くリエトが顔を上げた。


「俺ももうルドヴィカを間違わねぇぜ。あとさ、ルドヴィカかなりすごいことになってるぞ、身体の中」


 リエトは私を指差し真面目な顔でそう言った。


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