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06.呪う者と解く者



 魔女は女にしかなれない。だが、魔女は女にはなれない。

 その理由は、女にしかない器官が、魔法を使うために大事な役割を果たすものへと変貌してしまうからだ。

 普通の人間は魔素を身体に取り入れて溜めることはできないが、魔女はその胎に魔素を溜め込むのだ。

 胎の大きさによって溜め込むことのできる魔素の量は違う。通常、胎より多くの魔素を溜め込むことはできない。魔素は勝手に溜まっていくものなのだが、上限以上には溜まらないようにできているらしい。

 何故か。

 身体に負荷がかかるからだ。最悪、魔素を溜め込む袋である胎が破れてしまうかもしれない。

 つまり、魔素の塊のようなものを飲み込んだ私の身体には、今、相当の負荷がかかっている。


「――……っ、はぁ……」

「ルナ、本当に大丈夫ですか? ふらふらに見えますが……」


 よろけて壁に手をついた私の背をエミリオは擦った。振り払う気力はない。

 エミリオの案内でいくつかの場所を見て回ったが儀式の痕跡は見当たらなかった。

 このままでは私の身体が限界を迎える方が先だ。


「くそっ、どこだ? どこでエルヴィーラは儀式をやったんだ!?」


 気持ちがはやるばかりで思考はまともに巡らない。


「落ち着いてください、ルナ。一度休みましょう」


 エミリオは軽々と私を持ち上げ、適当な部屋に入り、寝台に横たわらせた。今の王城はほとんど人がいない。どの部屋にも入りたい放題だった。

 横になると少し身体が楽になる。このまま寝てしまいたいが、そうすればしばらく目を覚ませなくなるだろう。負荷のかかった身体は休眠を欲しているのだ。身体を正常な状態に戻すために。

 エミリオは私が横たわる寝台のそばに膝をつき、私と視線を合わせた。


「――ルナ。貴女を疑って申し訳ありませんでした」


 眉を下げた情けない表情だ。

 私は目を丸くする。


「どうした……突然」

「貴女は魔女ですが、誰かを呪うような魔女ではありません」


 きっぱりと言い切るエミリオ。

 私は唇の端を歪め、嘲るような表情を作る。誰を嘲ったのかは、自分でもよく分からない。


「馬鹿か……。私は、魔女だぞ。簡単に信用するな。人を呪うことだって……ある」

「嘘です」

「……」


 ああ、嘘だよ。私は呪いなんてやったことがない。基本的な知識は教わった。だが、具体的なことはほとんど知らない。呪いは入念に準備し、儀式を遂げれば、未熟な魔女であっても強大な力を発揮する。それこそ格上の魔女を倒せる程に。だから、エルヴィーラは私に詳しいことを教えなかったのだろう。


「貴女は人の命を軽々しく奪えるような残忍な人ではないはずです」

「知ったような口を、利くんだな。何も……何も知らないくせに」


 不快感に顔を歪める。

 この短時間で何が分かる? 分かって堪るか。


「何も知らないということはありません。出会って、話をして、触れたのですから分かることはあります。……私が目にする貴女は、いつも誰かを救おうとしています。自身が傷つくことも厭わずに」


 鼻で笑う。自分が見たものを信じるなとは言わない。だが、簡単に何もかもを見せる者などそういない。ほんの僅かな部分だけを見て知った気になるのは頂けない。


「フン、そんなものは、魔女の気紛れだ……私が、誰かを救えるはずがない」


 自分自身も救えないのに。

 魔女である私の手は奪うばかりだ。そして、エルヴィーラには奪われるばかり。

 エミリオは静かに首を振った。


「いいえ。私は、救われましたよ。ルナ、貴女に。二度も」

「二度……?」


 確かに一度は窓から落ちてきたエミリオを助けたが。それ以外でエミリオを助けた記憶などない。眉をひそめれば、エミリオは複雑そうな表情をした。どこか落胆にも似た表情だった。


「ともかく、ルナが呪いをかけたわけではないことは分かりました。解呪の方法を知らないという言葉も信じます。その上で訊きます」


 私は矛盾している。

 信じるなと言いながら、信じてもらえることが嬉しいのだ。だが、真っ直ぐに信じられるのはやはり苦しくて、いっそ憎んでくれればいいとさえ思う。


「貴女が同じ呪いを王都にかけるとしたら、どうしますか?」

「呪いをかける、だと……?」


 目を見開く。どくり、と心臓が鳴った。

 エミリオは頷いて続ける。


「発想を変えるのです。呪いを解こうとするのではなく、呪いをかけようと。呪う側の気持ちになれば見えてくるものもあると思いませんか?」


 考えもしなかった。解くことの方にばかり意識が向いていた。

 呪う側に回ったことなどなかったからか。

 どくどくと速まる鼓動が血液を身体に巡らせていく。ゆっくりと身を起こす。


「……私が、呪うなら――」


 唇が震えた。

 私は、何を思いついた?

 何を言おうとしている?

 呪う方法をこんなにも簡単に思いついてしまうとは。


「――王城全体を、儀式の場にする」


 私はやはり、救えない程に魔女なのだ。



 *



 ふわりと浮かび上がった身体は小刻みに震えていた。

 残された時間は多くない。

 上空から王城を見下ろす。

 呪いに魔法陣は欠かせない。

 魔法陣とは、紋様や文字の描かれた円形の図だ。

 その魔法陣はここにあったのだ。

 王城の敷地全体が大きな大きな魔法陣。

 王城のまわりには少々歪ではあるが円形の堀がある。円の中央部分には天を突くように尖った屋根をいくつも持つ大きな城。他にも堀の中には点々と建物が存在している。それら全てを紋様に見立てることは不可能ではないだろう。あとは文字を書き込めば、魔法陣は完成する。その文字をどこにどうやって書き込んだかが問題だが――。


「――クェーロ=ルビッシュ……」


 石版がいくつか置かれた場所に目が吸い寄せられる。王城の裏手と呼べばいいだろうか。そこは墓場になっていた。


「墓……なるほど。墓を暴けば、呪いの材料だらけだな」


 呟きながら墓場に降り立つ。

 一つ一つ墓を調べれば、魔女が使う文字がどの石にも小さく書かれていた。


「なんだ……? 意味の無さそうな文字ばかり……」


 火や水、土など元素を表す文字ばかりだ。魔法陣にこういった文字を刻まないとは言わないが、こうもいくつも混ぜ合わせて使うものではないはずだ。


「フェイクか?」


 エルヴィーラに張られた頑丈な障壁を思い出す。森の中の見つけられた石版を全て浄化し尽くしても消えなかった障壁。あの石版もフェイクだった可能性が高い。本体はもっと別の場所に――例えば、連れて行かれたあの秘密基地もとい枯井戸の広げられた空間。あの空間こそが障壁を張る魔法の要だったのではないか。

 身体が変わったために森の外に出られるようになったのかと思っていたが、あの場所を一瞬だが、私が燃やしたために、障壁が壊れたのだとしたら。


「……当たり前だ。見えるところに大事なものを置くわけがない。隠すのなら、地下――ぐっ!」


 がくりと膝から力が抜け、地面に手をついた。

 呪いの症状は、植物模様の痣が胸に浮かぶもの。そこに何か手がかりはないだろうか。墓石に刻まれた文字は本当に何の意味もないのだろうか。


「……植物を育てるのは、土だな……」


 指を振って、土と書かれていた墓石をふわりと動かす。

 ただの思いつきだ。だが、もう思いつきでも何でもいいから片端から試すしかない。私が動ける時間は残り僅かであり、私が意識を失った時点で国王の部屋にかけた魔法は解除される。

 王の寿命がいつまで持つのかは分からない。が、何となくあの黒い痣がはっきり蔦模様になった時と、王の命が果てる時は同時な気がするのだ。王の呪いは他の者よりも進行が早い。だからきっとそう遠くない内に、王は呪いに蝕まれ息を引き取るだろう。このままでは。


「あとは、光、水……」


 指を振るう。墓石が動く。

 重要なのは墓石ではない。その下の地面に眠る棺桶だろう。


「……土が、邪魔だな。棺が、見たい」


 そう言葉にすると、土を破って棺が勢い良く飛び出して来た。


「これは……」


 どういうことだ、と呟く。

 私は今、指を振るっていない。言葉にするだけで魔法を使った。そんなこと有り得るのか。

 しかし疲弊しきった身体のする思考は散漫で、どうだっていいかと考えることを放り出す。

 飛び出して来た棺は全て血に染まり、ぎゅうぎゅうに蔦が巻き付いていた。


「あぁ、見つけた……」


 これが、呪いをする儀式に使われた道具。それから贄。魔法陣の文字は見つけられていないが、呪いには道具が必要不可欠。これを壊してしまえば、まだ成就しきっていない呪いは失敗だ。解呪できる。


 ほっと息を吐くと、腕の力すら抜けて、どさりと地に倒れた。嘘みたいに体が動かなかった。瞼が重くなっていき、頭がぼうっとしてきた。


 ――あと、少しなのに。

 あの棺を燃やし尽くせば、呪いの儀式は破壊できる。呪いは消え去る。


「く、そ……」


 抗えない眠気に私の意識は深いところへ落ちていった。



 *



 金髪の若い娘が倒れる墓の前にローブ姿の老婆が降り立つ。

 箒を持った老婆は娘を見下ろし、荒らされた墓を見て不気味に笑った。


「いいねぇ……ルドヴィカ。実にいい……」


 ヒヒヒと笑う老婆は、軽く指を振るった。


「もっとあたしを憎むといい……人間も、何もかも憎むといい……!」


 ふらふらと足下の覚束ない兵士が墓地に向かって歩いてくる。

 老婆は箒に跨がった。

 すぅと肺いっぱいに空気を吸い込むと、思いっきり叫ぶ。


「墓荒らしだ――!」


 同時に、地を蹴り遥か上空へ飛んだ。


「な、なんだ!? なんで俺はこんなところに――墓荒らし!?」


 眼下では、一人の兵士が墓地の惨状に目を白黒させ、倒れている娘に近寄った。


「だ、大丈夫ですか……って、こいつ――魔女じゃないか!?」


 介抱するように娘を抱き起こした兵士が慌てて離れたために、娘の体がどさりと落ちる。しかし、娘は目を覚まさない。


「なんだ? 寝ているのか? 何にせよ捕まえる好機か……!」


 兵士は恐る恐るながら娘に再度近づき、担ぎ上げて城の中へと連れ去っていった。


「ヒヒ……」


 箒に乗った老婆はそれを愉快そうに眺めて、ひとりごとを言うように宙に話しかけた。


「エミリオ、聞こえるか?」


 少しして、青年の声が返ってくる。


『はい、どうしました? ルドヴィカさん』


 老婆は獲物を狙うように目を細めた。


「リエトがまだ帰らないんだ。何か知らないか?」

『いえ……王都の門前で薬を受け取ってそれからすぐに別れたので……。心配ですね……』

「いや、それなら単に寄り道しているだけだろう。薬は多少は効果が出たか?」

『今朝も伝えたとおり、微妙ですね。瓶の中身の色は変わってましたが――ルドヴィカさん、あの薬って、飲んでも大丈夫なんですか?』

「飲んだのか? まあ、問題ないぞ。人間が飲んでもせいぜい腹を下すぐらいなはずだ」

『……魔女が飲んだら、どうなるんですか?』

「死ぬ」

『えっ!?』

「――ことはない。時間制限付きで魔法が強力になるな。ただ、時間が来たら動けなくなる。魔素の影響を魔女の身体は受けやすいんだ」

『それ、本当ですか!?』

「なんだ、随分慌てた様子だな。飲んだ魔女がいるのか? ――ああ、予言者が飲んだのか?」

『……』


 沈黙が返ってきて、老婆は首を傾げる。


「おい、エミリオ? もし予言者の魔女に接触したんだったら気をつけろよ。魔女だって繕うことぐらいする。変に騙されて、乱されるなよ」

『はい、そうですね。気をつけます』


 何が面白かったのか、青年の声には少し笑いが混じっていた。


「私はまだそちらに行けそうにない。だから言っておく。魔女の弱点は火だ。もし術者の魔女を捕まえたら、燃やして殺せ。術者が死ねば呪いは消える。魔女だからと怯える必要はない。手の指を使えなければ魔女は魔法が使えないからな」

『はい、分かりました――』


 話を終えた老婆はさらに空高く飛び上がり、街を、国を見下ろした。


「楽しみだねぇ……もうすぐだ。ルドヴィカ、あたしのために――死んどくれ」


 年老いた魔女は唇を引きつらせ、不気味に嗤った。


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