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04.魔女と王城



 この顔が、全ての始まりだった。

 幼少の頃から「美しい」「可愛い」といった類の言葉は全て私のものだった。両親も親戚も、村の大人たちも子供たちもこぞって私を褒めそやし可愛がった。


 そんな私に魔女が近付いてきた。

 見目の良い私を魔女にして、その身体を乗っ取ろうと企んだ魔女が。

 魔女は私をさらった。

 私を無理矢理魔女にした。魔法が使える体にした。

 本物の魔女になるためには、いくつか定まった儀礼を乗り越えなくてはならない。

 初めは箒を作ること。箒で空を飛ぶこと。その次は、肉親を殺すこと。さらにその次は、街を一つ滅ぼすこと。他にもいろいろ残虐な行為をしなくては魔女に認められる魔女にはなれない。

 私は全てこなした。魔女からは逃げられなかったから。死ぬことすら許されなかったから。


 そうして私が十八になったとき、魔女は私の身体を奪った。

 たくさんのものを殺し壊した私の身体はそれなりに強力な魔法が使えるようになっていた。魔女は若さと美貌と力を手に入れた。

 突然老婆の身体となった私は驚き、両親に遺してもらった唯一の私の身体さえ失ったことを嘆き、森に引きこもった。


 森で過ごす内に落ち着いた私は、若さも美貌も力も全て無用なものだったと気づき、老婆の身体を受け入れた。憎い魔女のものなのは気に入らなかったが、鏡に映った顔さえ見なければ我慢できた。

 森での生活は充実していた。そのまま老衰して死んでしまってもいいくらいに。


「――それなのにっ」


 口からもれる声は、どこまでも聞き馴染んだもの。『私』の声だ。

 今の私はルドヴィカだ。本物のルドヴィカ・エリアーナ・ヴィスコンティ。金髪碧眼の若々しい魔女。

 悔しげに唇を噛んだところで事態は改善しない。

 エルヴィーラに私は勝てない。それは事実だ。

 ならば、私が今やるべきことはエルヴィーラに憎しみを募らせることではない。

 ――王都を救う。

 散々街を壊滅させてきた私が今更何をしたところで救われるとは思わない。自己満足の贖罪だ。


 エルヴィーラから逃げたあと、森の中をさまよい、適当な場所で一夜を明かした私はそう考えた。身体が変わったためか、森の外へは出られるようになっていた。


 眼下に広がる街を見下ろし、堀に囲まれた王城と思しき建物の屋根に着地する。


「静かだな」


 王城はがらんとした静寂に包まれていた。

 たまたま開いていた窓から王城内に侵入するが、誰ともすれ違わない。身を隠す必要がないのは楽でいい。エミリオから聞いてはいたが、王城内にいた人の多くは避難したようだ。

 カツン、と背後から足音がした。

 全員が全員避難したわけではない。頑なに王城に残った家臣たちもいるとエミリオも言っていた。もちろんエミリオもその一人だ。ぎりぎりまで儀式が行われている場所を探すと言っていた。


「貴様――のこのこと戻ってきたのか!」

「!?」


 振り返った先にいた見知らぬ男が剣を抜き、私に迫る。王城で剣を振り回せるということは兵士だろうか。

 指を振ろうとして、躊躇する。今、魔女だと知れるのはまずいのではないか。呪いによる混乱の最中に突然現れた魔女など怪しまれるに決まっている。そうでなくとも、人に対して魔法を使うのは気が引ける。

 私は慌てて背を向けて走る。が、すぐに捕まり、剣の刃を首もとに突きつけられた。


「捕まえたぞ――魔女め!」

「な、なぜ――」


 何故魔女だとバレている?

 男の目はギラギラと血走っていた。殺気立っている。このままでは、殺される。まだ、殺されるわけにはいかない。王都を救い、エルヴィーラを殺すまでは。


「予言者などと(うそぶ)きよって! もうお前の正体は判ってるんだ!」

「予言者だと……!? くそっ、あの女、そういうことか!」


 何故その可能性に思い至らなかったのかと歯噛みする。

 エルヴィーラへの怒りで、思っていたより冷静ではなかったらしい。


 予言者は、エルヴィーラだったのだ。

 私の身体を乗っ取ったエルヴィーラがこの国を引っかき回していたのだ。

 ――ならば、今殺されないためには、こう言ってやればいい。


「……バレたのなら仕方ないな。殺すなら殺せ。そんなことで呪いは止まらんがな」


 男の剣が動揺したように揺れ、刃の当たっていた首の薄皮が切れる。


「呪いを解く方法を知っているのは私だけだ。知っているぞ、森の魔女に助けを請うたらしいな。だが、無駄だ。あの女に私の呪いは解けない。――さあ、それでも私を殺すか?」


 男は悔しそうな呻き声を上げ、剣を私から離した。


「――この魔女め!」


 その後、私は拷問部屋に連れて来られた。

 磔のように壁に鎖で手足を固定され、動かすことができるのは頭だけだ。指までは固定されていないから、実は魔法は使える。だが使う気はない。

 今の精神状態では魔法を制御できる自信がないから。


「どうやったら呪いは消える? いい加減吐け、魔女!」


 しなやかな鞭が振るわれる。


「――っ」


 痛みに耐えながらも、私は必死に打開策を考えていた。

 私が生き残るための策ではない。王都を救うための策だ。つまり、呪いを解く方法。

 今思いつく解呪方法は、肉体は術者である私が死ぬこと、精神が術者であるエルヴィーラが死ぬこと、儀式の場を清める、もしくは破壊することの四つだ。

 だが前二つは確実ではないし、後ろ二つは儀式の場を見つけないことには始まらない。


「吐け!」


 鋭い声と共にピシリと鞭が打ち付けられる。痛みに顔を歪める。


「この魔女!」

「――っう」


 歯を食いしばる。

 痛みと恐怖に取り憑かれ、怒りに支配されないように。


「――おい、やり方を変えた方がいいんじゃねぇか?」


 誰かがそんなことを言う。


「魔女って言っても」


 一歩、私に近付いた男は、下卑た笑みを浮かべながら、私の服に手をかけ。


「結局、女なんだろ――!?」


 手に持ったナイフで私の服を縦に切り裂いた。


「……」


 服を切り裂かれ、露わになったなまめかしい女の身体を、私は冷めた目で見下ろす。

 辱めようというわけか。――それは、大分屈辱だな。

 唇の端を歪め、指を振るう。


「魔女が女だと……?」


 エルヴィーラはどうあがいてもやはり私の師なのだろう。

 私を拷問にかけていた男どもは皆、床に倒れた。私がエルヴィーラにやられた麻痺の魔法だ。見よう見まねなので、加減はできていない。全身がビリビリ痺れていることだろう。丈夫そうな男どもだ。死にはしないだろう。


「馬鹿だな、お前ら」


 指を振るって、手足を固定していた鎖を壊す。魔法で引っ張るように力をかけたら簡単に壊れた。

 低い声で、言う。男どもに聞こえているかは知らない。


「――魔女は、女にはなれないんだよ」


 私はその場を立ち去った。



 *



 予言者の正体が分かった以上、このまま王城を歩き回るのは危険だ。

 縦に切り裂かれた服を前で合わせてなんとか身体を隠しながら、箒を探して歩く。早く箒を見つけて脱出すべきだ。

 だが、わたしはとことんついてないようだ。

 会いたくなかった人物と鉢合わせる。


「貴女は……」

「チッ」


 目の前に立つのはエミリオだ。

 私の家まで呪いを解く方法を聞きに来た男。首に提げているのは私が渡した月長石ルナーリアだ。今、あの石と繋がっている石は、エルヴィーラの腰のベルトについていることだろう。

 私の振りをしたエルヴィーラに余計なことを吹き込まれていれば、こいつは私の敵となる。

 私は逃げるために近くの窓に手をかける。この際、箒がなくとも飛んでやる。


「あ、待ってください!」

「……待てと言われて待つ奴がいるか!」


 窓を開けて、飛び降りる。

 箒なしで飛ぶことなど考えたこともなかったので、上手く行くかは分からない。

 指を振る。

 身体がふわりと浮く。よし成功だ。

 ほっと息を吐いた目の前で、ひゅうっと何かが落ちていく。


「……嘘だろ」


 慌てて、指を振る。

 ふわりとそれが浮く代わりに、私の身体はまた落下する。


「なんでお前も落ちて来てるんだよ、エミリオ!?」


 落ちていく私の身体を、目を丸くしたエミリオが思わずといった具合に抱きとめる。


「今追いかけないと、捕まえられない気がしまして」


 私の重さが加わって、二人でゆっくりと下降する。

 なんで平然としてるんだ、こいつは。


「それでお前が死んだら世話ないだろ! だいたいな、予言者を名乗る魔女には近付くなと言っただろう!?」


 エミリオは不思議そうに首を傾げる。


「貴女にではありませんが、言われました。何故貴女が知ってるんですか? それも予知していたのでしょうか」

「――っ! ど、どうでもいいだろ、そんなこと!」


 ああ、そうだった。エミリオの知っているルドヴィカはエルヴィーラの姿だ。あれは、私が言ったけれど私が言った言葉ではない。今の私が言うと、矛盾だらけの発言だ。

 もっと冷静にならなければ。今の発言はリエト並みに頭が悪い。誤魔化すにしてももう少しマシな言い様があったはずだ。


「では、貴女が予言者エルというのはあっていますか?」


 エルヴィーラだからエルか。安直な偽名だな。

 合っていると言えば合っているし、間違っていると言えば間違っているが、さて。どう答えたものか。


「予言者ではない。私は魔女だ」


 凄みを利かして笑ったつもりだが、この顔では大して迫力は出ない。エミリオは全く表情を変えなかった。


「呪いをかけたのは貴女ですか?」


 拷問のあとは尋問か。普通逆だと思うがな。


「無実を訴えたところで納得しやしないんだろう?」


 エミリオの足が地面に着く。


「そうですね。貴女は怪しまれる行動をし過ぎた。貴女の言葉を鵜呑みにして信じることはできません。魔女だって繕うことをする、と魔女に言われましたしね」


 ああ、言ったな。

 何だろうか、この裏切られた気分は。

 エミリオは正しいことを言っているだけなのだがな。

 私は自嘲する。たぶんやけくそ気味だった。


「お前たちは、私を殺せば満足か?」


 それは自白に近しい発言だ。

 エミリオは厳しい目を向けてくる。憎しみをぶつけてくるような、嫌悪するような。

 それから唇の端をもたげて笑う。馬鹿にしたように。嘲るように。


「そんなわけないでしょう。貴女が死んだくらいで満足するはずがない。呪いを解いて、その上で貴女がむごたらしく死ねば皆満足するかもしれませんが」

「結局私は死ぬのか。――なら呪いを解いて死んだ方がよっぽどマシだな」


 エルヴィーラをこの手で殺したかったが、王都の人々の手によってこの身体が痛めつけられて殺されれば、それはそれでエルヴィーラへの復讐になる。エルヴィーラはやたらと私の容姿と身体にこだわっていたから。


「は? 今なんと言いました?」


 不可解と言いたげな顔だ。

 私の言葉は事情を知らなければ確かに不可解に聞こえるだろう。


「聞こえなかったのか? 呪いを解くのに協力してやる。そう言ったんだ」


 だが、魔女とは大概そんなものだ。

 気紛れで身勝手で、残虐で、ほんの少し寂しがり屋。魔女とはそんなものなのだ。




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