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09.少年と魔法



「ルドヴィカかなりすごいことになってるぞ、身体の中」


 勢い良く起き上がったリエトの言葉に、私は目を丸くする。


「何の話だ、リエト?」


 身体の中と言われても特に不調も異常も感じられないが。


「俺さ、魔素ってやつが見えるんだけど、今ルドヴィカの身体中魔素だらけなんだよ、全身な」


 何でもないことのようにさらりと言ったが、それはおかしい、リエト。何もかもがおかしい。


「リエト、お前についても聞くんだったな。話せ、お前は何者だ?」


 魔素は目には見えない。それは魔女であれ人間であれ同じだ。魔素が濃ければ魔法の調子が良かったり、変異した動植物がたくさん見られたりするので間接的には判断できるが、目で見て直接判断することはできない。

 リエトは頬杖をついて、目を眇めた。


「端的に言って、魔女の被害者」


 雰囲気が、がらりと変わる。子供らしさが欠片もない。


「ルドヴィカ、前に言ってたよな? 男でも魔女になれるって」

「正確に言えば魔女に近い存在だが……そうか、だからお前は魔法が使えたのか」

「……魔女の行った何らかの実験で魔法が使えるようになった、ということですか?」


 私とエミリオの言葉にリエトは頷いた。


「そういうこと。まあ、体内に魔素を溜められる場所がないから、魔法の威力は魔女に劣るし、使える魔法もそんなに多くないけどな」

「魔素が見えるのも魔女に何かされた産物か?」

「そうだよ。ていうか、そっちが研究の目的。俺で実験してた魔女は男の魔法使いを作りたかったわけじゃない。魔素の可視化を研究していたんだ」


 なるほど。その方が納得できるな。弟子以外で魔女が新たに魔法を使える存在を生み出す意義はあまりないからな。


「魔素が見えるようになった俺は、気づいたら魔法も使えるようになってたんだ」

「魔素が見えると魔法が扱えるようになるのか……その魔女は大発見をしたな。で、お前はその魔女から逃げて私のところまで来たのか?」


 魔女から逃げて別の魔女のもとに転がり込むとはおかしな話だ。


「逃げる? 俺はちゃんと俺で遊んだ魔女を殺したさ。ルドヴィカのところに行ったのは、とにかく魔女を殺したかったからだ。まあ、相手にされなかったけど」


 確かにリエトは初め、『悪い魔女』を倒しに来たと言っていた。

 子供が童話か英雄譚に憧れ、勇気と無謀を履き違えてやって来たのかと思っていたが、違ったらしい。

 魔女の被害者が魔女に復讐に来ていたのか。


「お前……あの弱さで魔女に挑むとか、馬鹿か。私でなかったら塵一つ残らず消されていたぞ」

「しょうがないだろ。俺が知ってた魔女は俺で実験してた奴だけなんだ。あいつは倒せたからいけると思ったんだ」

「リエトに倒されるなど、虚弱な魔女もいたものだな。まあいい。リエトはまだ私を殺そうと思っているのか? 私はお前に殺されるなら別に構わんが」


 リエトはにやりと口の端を歪めて、目を細めた。獲物を狙う肉食獣のような表情だ。


「そっか、なら遠慮なく」


 席を立ったリエトは私のそばにやって来る。

 リエトの手が私の首へと伸び――ぐいっと引っ張られて、私の唇に何かが当たった。


「――なんて、言うとでも思ったか?」


 私を放したリエトは悪戯げに歯を見せて笑った。


「お、お前、今……!」


 自分の唇を指で触る。今、ここに当たったのは、もしや――。


「顔真っ赤だな、ルドヴィカ。さては初めてか?」

「いや、初めてはたぶん父親だ」

「それはノーカンだろ!」

「そんなことよりお前、クソガキだと思っていたが、エロガキでもあったんだな」


 一瞬、驚きと羞恥で頭が沸騰したが、冷静に考えて相手は子供だ。リエトだ。悪戯みたいなものだろう。


「残念だったな、ルドヴィカ。俺、見た目より子供じゃないんだよなー。いろいろ実験されて成長がさっさと止まったみたいでさ。年齢なんていちいち数えてないけど、たぶんルドヴィカとそう変わんねぇぞ?」

「はぁ!? お前、何でもありだな!?」

「魔女の実験体だからな」

「おい、やめろ、くっつくな、離れろ!」


 やたらとひっつこうとしてくるリエトの手を掴み押し戻す。こいつ、遊んでるな? 子供の姿で良かった。腕力はまだわたしの方が強い。

 いつの間にやら席を立ってこちらにやって来ていたエミリオが、ぐいとリエトの首根っこを掴んで引きはがしてくれた。


「エミリオ、悪い、助かった……エミリオ?」


 ほっと息を吐いたのも束の間、エミリオの眼差しは何故か怒っているように見えた。

 軽々リエトを放り投げたエミリオは、座っている私の前で膝をついた。


「――ルナ。私は貴女に三度助けられました。一度目は、貴女は覚えていないと思いますが、戦場で。二度目は窓から飛び降りたとき。三度目は先程、エルヴィーラに襲われたときです」

「あ、ああ」


 エミリオの気迫に呑まれた私はたじろぐ。何をそんなに怒っているんだ?


「貴女は『誰かを救えるはずがない』と言いました。ですが、私は三度も救われました。大きな力は理不尽に奪うこともしますが、守り、救うこともできます。救うこともできるんです。そして貴女は実際に救っているんです。そんな貴女が、誰かを殺せというようなことを、例え対象が自分自身であっても、言わないでください」

「……リエトに命を差し出したことを、怒っているのか?」


 リエトが魔女を憎み、殺したいと思っているのならそれもいいと思って言ったことだったが、エミリオは気に入らなかったらしい。殺せと言ったわけではないが、似たようなものか。


「はい、怒っています」


 淡々と言うところが恐ろしいな。

 ゆっくりと立ち上がったエミリオの手が私の手を取る。


「この手は、奪うことも救うことも知っている手です。命を奪う苦しみと恐怖を貴女は知っています。貴女はその恐怖と苦しみをリエト君や他の誰かに押しつける気ですか?」


 責めるような目。私は今、叱られているのか。子供のように。


「殺されることで、自分だけが楽になるつもりですか?」


 エミリオの両手が私の手を優しく包み込む。

 声音や言葉は責めるように厳しいのに、そこだけ優しい。


「……わ、悪かった。エミリオの言うとおりだな。私はどうやら身勝手だったようだ」


 俯き、か細い声で謝る。叱られてしょげ返る子供のように見えるのだろうな。


「謝る相手が、違いますよ」


 少し柔らかくなったエミリオの声に私は顔を上げ、放り投げられて恨めしげにエミリオを見ているリエトに視線をやった。

 席を立ち、リエトに手を差し出す。


「悪かった、リエト。お前を傷つけようと思ったわけじゃないんだ。もしも、そうだったらいいのにと私が勝手に思ってしまっただけなんだ」


 あれは、リエトを信じていない発言だった。いや、信じる気のない発言だったと言おうか。リエトが私を殺そうとしているなど微塵も思っていなかったのにな。あれだけ一緒に暮らしていれば分かることなのにな。私は意図せずリエトの信頼を裏切るような発言をしてしまったのだ。

 リエトが私の手を握る。


「いーよ、ルドヴィカの初めて奪ってやったし。それに、俺に殺されてもいいぐらい俺のこと好きってことだろ?」


 私の手を借りて立ち上がったリエトは、悪戯げに笑って顔を寄せた。私が距離を置こうとする前に、ぐいと腰のあたりが後ろから引っ張られた。


「ちぇっ」

「油断も隙もないですね、リエト君は」

「え、エミリオ?」


 腰を抱いたのはエミリオだった。助けてくれたのはいいが、恥ずかしい体勢だな。そう思ってすぐに離れようとしたが、エミリオは放してくれなかった。


「おい、エミリオ、何をふざけて――」

「ルナは、隙が多すぎですね」

「離れろ、顔が近い!」

「まあまあ」


 私の抗議など聞く耳がないような食えない笑みを浮かべたエミリオは、私の頭にポンと片手を乗せて撫でた。


「おま、何のつもりだ!?」

「きちんと謝れたのでご褒美です」

「嘘だぞ、そいつ絶対触りたいだけだぞ! ルドヴィカ!」


 リエトが私を捕まえて放さないエミリオの手を引きはがそうとし、私は頭に乗せられた手を引き離そうと掴む。


「このむっつりめ! ルドヴィカは俺のモンだからな!?」

「いつ誰がお前のものになったって!?」

「リエト君、ルナを見つけたのは私の方が先です」

「お前は何を張り合っている、エミリオ!?」

「へっ、一緒にいた時間は俺の方が長いし!」

「馬鹿、どこ触っている!? リエト!」

「想っていた時間は私の方が長いです」

「もう、お前ら、いい加減にしろ――!」


 私は指を振るった。



「――頭は冷えたか、二人とも」


 昼間の戦闘のせいで、ガラスのなくなった窓から魔法によって放り捨てられた二人が、再び部屋に戻ってきた。

 私は机に座り、足を組む。

 びしっと床を指差して二人を座らせた。


「さて、リエト」

「ごめん、ルドヴィカ。でもエロい体してるルドヴィカも悪いと思う」

「お前、全然反省してないな!?」

「いや、大事なことだって。ルドヴィカは全然気にしてないけど、その容姿にその身体はもう、それだけで男を誘ってるよ。今までは老婆姿だったからいいけどさぁ、危機感が足りないと思う」

「容姿をほめられたことはあれど、文句をつけられたのは初めてだな」

「とりあえず足組むのやめて。エロいから」


 すっと足を戻す。

 威圧感を出そうと思っただけなんだが、エロいって何だ? もう分からん。


「こほん。リエト。話が盛大に逸れたが、私の身体が魔素だらけっていうのはどういうことだ?」


 咳払いをして仕切り直す。

 子供らしい演技を放り投げたリエトはさらに生意気になった気がする。


「普通は腹の下あたりに魔素が溜まってるはずなんだけど、今のルドヴィカは身体中に巡ってるんだ。しかもすごい量」

「そんなこと聞いたことないな……。魔素を溜められる限界量が増えたと思えば悪いことじゃないが、身体にどんな影響があるか分からんな」

「力が暴走したせい、ではないのですか?」

「その可能性もあるな。魔素を見ることができる奴なんて普通はいない。胎以外に魔素が広がる事象があっても気づかなかっただけかもしれない」


 エミリオは不可解だと言いたげな顔をする。


「魔女も、魔素を見ることができないんですか?」

「言ってなかったか? 見ることができる魔女がいたという話は少なくとも私は聞いたことがない」

「では、どうして胎内に魔素があると分かっているのでしょう?」

「知らん。が、リエトは見えると言うし、見える奴が過去にいたのかもしれんな」


 エルヴィーラから与えられた知識はかなり偏ってるからな。私が知らない事実もたくさんあることだろう。


「ルドヴィカ。俺は見たことあるよ。ルドヴィカみたいに全身魔素だらけの奴」


 けろっとした顔でリエトは言う。結構大きな情報だと思うんだが、そういうことこそさらりと言うな、こいつは。


「本当か?」

「うん。森の中で、たまに」


 森の中、ということは魔女ではないな。なんとなく分かった。


「ルドヴィカもたまに材料だって獲ってくるよね。サラマンダーとか」

「やはり、魔素を吸って変異した動物か」

「そう。植物の方は溜める場所が決まってるみたいだけど、動物はずっとぐるぐる魔素が巡ってる。これは俺の推測だけど、ルドヴィカ。魔素を吸収したアレ、飲んだでしょ?」


 頷く。

 一瓶思い切り飲んだな。


「いつ飲んだ?」

「昼前ぐらいか?」

「やっぱり。身体を休める時間が足りてなかったんだよ。で、その状態で思い切り力を暴走させて、耐えきれないと思った身体がそれに対応しようとして変異したんじゃないか?」


 理屈は、まあ分からなくもないが。


「……リエト、これ、直ると思うか?」

「思わない。トカゲだってサラマンダーに変異したらずっとサラマンダーだし」

「だよなぁ……」


 なんでこうも人間からかけ離れていくのか。


「良かったですね、ルナ」

「何が良いって、エミリオ?」


 全然嬉しそうにしていない私を見てよくそんなこと言えたな、とじろりとエミリオを睨む。


「貴女はもう、普通の魔女ではなくなったということでしょう? 貴女は魔女であることを厭っているように見えましたから。魔女とは違う存在になれたことを喜んでもいいのではないですか?」

「ふむ……」


 そういう見方もあるか。

 人間ではないが、魔女とも少し違う存在になれたと。


「そう思えば、なかなか悪いものでもないな。魔素の量も増えたということは、エルヴィーラにも勝てるかもしれんしな」

「――駄目だ!」


 明るい顔になった私が唇の片端をつり上げて笑うと、リエトが立ち上がって叫んだ。



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