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00.魔女の紅茶

魔法の設定が結構ふわふわしています。



 ――人が魔女になるには、いくつか定められた儀礼を通過しなければいけない。

 人智を越えた力を扱うには、相応の精神力が必要とされるからだ。


「さあ、見てご覧。素晴らしい眺めだ。これでお前はまた一歩、魔女へと近付いたわけだ」


 顔に少ししわのある女性は眼下の景色を指差し、隣で箒に跨がっている小柄な少女に笑いかける。


「……」


 少女はにこりともせず、無表情で眼下に広がる小さな村を見下ろす。少女の生まれ故郷だ。

 女性と少女は特別製の箒に跨がり夜の空を飛んでいた。

 少女は箒を操り自在に飛び、女性から距離を置く。視線は上を向いていた。


「お前は筋がいい。箒の扱いもこんなに早く習得してしまうとはね」

「黙って」


 すいすいと空を泳ぐ少女は鋭い声を出す。


「私は、お前を許さない」


 射殺さんばかりの視線を受けて、女性は愉しそうに笑い声を上げた。


「いいねぇ――それでこそ魔女のする目だ」


 その夜、小さな村の上空で、魔女の不気味な笑い声が響き渡った。

 それを聞いたのは、まだ幼い魔女の弟子ただ一人だった――。



 *



 この世には、魔法と呼ばれる魔女にしか使えない特別な力がある。

 魔法は使い方次第で、殺戮の道具にもなり、日常生活の助けにもなる。

 魔法を使う方法は実に簡単。起こって欲しい事象を念じて指を一振りするだけ。

 できること、できないことは、魔女の力量によって様々だが、日常生活を助ける魔法なんかはたいていの魔女が使えるだろう。例えば――


「お湯よ、沸け」


 指を振ると、特製キッチンに置かれたヤカンがふわりと浮き、流し台へと飛んでいく。そこに設置されたパイプからヤカンの中へと適量の水が注がれる。水はレバーをくいと回すだけで、出てくる仕組みになっている。近くの川から引いている新鮮で綺麗な水だ。それから蓋をされたヤカンは竈の上へ。水を汲んでいる間に火はついている。

 これでしばらく待てば、お湯が沸く。


「――相変わらず魔女ってしょぼいよなぁ。魔法でお湯沸かすって一瞬でお湯が出てくるもんだと思ってたのにな、俺」


 私に向かい合って座り、朝食の手作りパンを頬張りながら文句を言ってくるのは、リエト・パンタレオーネ・アルベルティーニ。いつの間にか私の城に住み着いていた少年だ。


「充分一瞬じゃないか。この華麗なコンビネーションを生み出すのに五日は費やした自信作だ。私の家でお湯が沸いて欲しいと念じただけで、お湯が沸くんだ。この魔法の簡略化がどれだけ素晴らしいか所詮小僧のお前には分からんのだろうな」


 サラダに手をつけていた私はちょうど手に持っていたフォークをビシリ、とリエトに向ける。ここまで効率化された魔法の素晴らしさが分からんとは損な奴め。


「分かんねぇなあ。だって普通に人の手でもできることじゃんか。魔法ってもっとさぁ、どーんってすごいことができると思ってたんだけどなぁ。期待外れだ!」

「私はこの通り年老いた身体だ。普通に動くよりも魔法を使った方が楽なのは一目瞭然だろう」


 私は老婆と言っても差し支えないほどに年老いた身だ。動き回るなど億劫でならない。その点魔法を使えば、ほとんど動かずとも日々の生活が成り立つ。


「それからなぁ、リエト。『すごいこと』にはそれなりの代償を支払うものだ。そんな魔法が見てみたいのなら戦場にでも出るんだな」

「募兵があればそうするさ。俺の夢は騎士になることだからな! 戦場で名を上げて成り上がってやる! 見てろよ、ルドヴィカ。強くなって、いつかおまえを成敗しに来てやるからな!」


 リエトの宣言に私は目を眇める。


「やれるもんならやってみな。私の寿命が尽きる方が早いかもしれないけどねぇ」


 もともとリエトが私のもとに来たのは、『悪い魔女』を退治するためだった。悪い魔女というのは、言うまでもないだろうが私のことだ。何とも名誉なことである。

 私を倒しに来たリエトはあっさり私に負けて、何がどうしてそうなったのかそのまま居着いたのだ。このままでは帰れないと思ったのかもしれないし、単純に帰る家がないだけかもしれない。興味はない。


「ルドヴィカならまだまだ長生きするだろ。殺しても死にそうにねぇし」

「どうだろうね。死なんて案外簡単に訪れるもんだ」

「はぁ? 何弱気になってんだよ。ルドヴィカには魔法があるだろ! 長寿になる魔法とかねぇの?」


 長寿になる魔法か。研究している魔女の多そうな魔法だ。だが、生憎と私はそんな魔法は知らない。興味もない。


「――あったとしても、途轍もない代償を支払うだろうよ。私はそこまでして生きたいとは思わないな」

「ちぇっ、やっぱ魔女ってしょぼいな」


 つまらなそうに唇を尖らすリエト。

 フォークを置いた私は、パンに特製の野いちごジャムをつけて口に放り込む。


「リエト。私を基準にしてあまり魔女のことを舐めてかかるなよ。私は魔女の中でも平和主義な方だ。この森にいる魔女が私でなかったらお前はとっくに死んでいただろう。――おっと、湯が沸いたようだ」


 指を一振り。

 茶葉の入ったティーポットにお湯が注がれる。食器棚が開き、ふわふわとティーカップが出てきて、私とリエトの前に並ぶ。ティーポットも食卓の上にふわりとやって来る。


「分かってるよ。ルドヴィカが悪い奴じゃないってことは」

「いいや、分かってないね。私は、悪い魔女――」


 コンコン。

 我が家の扉が叩かれる音に、私たちは会話を止める。

 こんな森の奥に人が来るとは珍しい。リエトが来たときも随分驚いたものだが、さて、一体誰がどんな目的で『悪い魔女』を訪ねて来たか――。


「俺が出る! ルドヴィカは座ってろ!」

「待て、リエト――」


 私相手の客人などまともな人間のはずがない。のこのこ開けるなど馬鹿がすることだ。

 だが私の制止など聞かず、リエトは扉に駆け寄って無防備に開けた。


「う、うわああぁぁ!」


 途端、リエトの叫び声が聞こえ、私は反射的に指を振るって、リエトを家の中に引き戻した。どこに動かすかまでは考えていなかったので、リエトの身体は派手にテーブルにぶつかってしまった。


「――ってぇー……おい、ルドヴィカ! ふざけんなよ! 何の恨みがあって――」


 強く打ったらしい背中のあたりを擦るリエトを背に庇い前へ出る。


「客人。用があるのは私だろう? こいつは私の実験体だ。あまりいじめないで欲しいね」


 開いた扉の前で呆然と立ち尽くしている男をぎろりと睨む。


「ルドヴィカ、待て、違う! 誤解してる!」


 慌てた様子のリエトが私のローブを掴んで引っ張る。


「止めろ、リエト。伸びるだろうが! というか、誤解とはどういうことだ」


 服はほとんど持っていないのだから、よれよれになっては困る。リエトの手を引きはがして、見知らぬ男に警戒しつつリエトの話を聞くことにする。


「あーいや、さっき俺が叫んだのは、危ない目にあったからじゃなくて、興奮したからなんだよ。あの兄ちゃん立派な騎士連れててさ、つい」

「ふむ……」


 なるほど。リエトは騎士に憧れている。実際に目にして嬉しくなってしまったのだろう。まだ十二歳の少年だ。興奮して叫び声をあげるのも無理はない。

 つまり、私の早とちりだったらしい。


「――では、客人の目的を訊こうか。何のためにここを訪ねて来た? 私を殺すためか?」

「おい、ルドヴィカ謝れよ! おまえが誤解したせいで俺無駄に背中打って痛いんだけど!?」

「もしも曲者だったら私が動かなければ、おまえは死んでたがなぁ? 良かったな、それだけで済んで」

「……ふ、フン! 俺が曲者なんかに殺される訳ないだろ!」


 意地っ張りな奴だ。これがいい薬になればいいが。些か危機管理が甘いところがあるからな、リエトは。

 客人の男に視線を戻せば、綺麗な身なりをしたその男は口を開いた。


「私はエミリオ・コルラード・カヴァリエリと申します。貴女が森に住んでいるという魔女でしょうか」

「そうだが。わざわざこんなところまで何の用だ?」


 ここは近くに小さな村しかない深い森の奥だ。来るのが難しいところだとは言わないが、面倒なのは確かだ。広い森の中ちっぽけな家屋を探すのは、相当骨が折れるだろう。丁寧に私の家までの看板を立てているわけでもあるまいし。


「――どうか、魔女の知恵をお貸しください」


 エミリオと名乗った青年は深く腰を折って、頭を下げた。

 私はそれを冷めた目で見下ろす。


「……知恵、か。いいだろう、話を聞いてやる。適当に座れ」

「ルドヴィカ、俺外行くな! 騎士の人と話してぇ!」


 言うなり、リエトはエミリオの横をすり抜けて外へ駆け出していく。

 リエトは特に気を利かせたわけでもないだろうが、私とエミリオの二人が室内に残されることとなった。話をするにはちょうどいいだろう。向こうはどうやらはぐれの魔女に縋るほど追い詰められている状況のようだから。

 向かい合って席に着くと、空のティーカップに目が行った。


「しまった。紅茶を淹れかけていたのを忘れていた……」


 深々と溜息を吐き、指を振る。

 ティーカップに透き通った飴色の液体が満たされていく。いつもより色味が濃い。

 これからは適度なタイミングでカップに注がれるように魔法を使うことにしよう。今回は残念だが。

 エミリオは勝手にカップに紅茶が注がれる光景をまじまじと物珍しそうに見つめている。


「すごいですね。これが魔法ですか」

「魔法を見たことがないのか? じゃあ、お前は軍人ではないわけか。外の騎士は護衛といったところか?」

「はい」


 一口飲んだ紅茶はやはり少し渋くて、パンにも塗った野いちごジャムをひとすくい溶かし入れる。指を振って新しくティースプーンを食器棚から取り出し、エミリオの前のティーカップのそばに置く。野いちごジャムの入った瓶をずいと差し出す。


「口に合わなかったら使うといい」

「ありがとうございます。ですが、苦いのは得意なので結構です」


 そう言いつつもカップに手を伸ばす気配はなく、エミリオは真面目な顔で私から視線を逸らさなかった。私を警戒しているのだろう。


「それで。知恵を借りたいと言っていたが一体何を知りたいんだ?」


 エミリオは喉を湿らすようにごくりと唾を呑み込んだ。緊張がありありと見て取れる。


「――呪いを、解く方法を」


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