令嬢13歳・終わる夏と新学期
パラディスコの旅も、今日を含めて残り2日となった。
マクシミリアンの子犬達と遊んだ後、もうすぐ学園へ帰るんだなぁ……なんて感慨深い気持ちで夕方皆とダイニングルームでのんびりとしているとユウ君が手作りのお菓子を持って訪ねてきた。
皆といってもノエル様とゾフィー様はお昼過ぎくらいに甘味を食べに街へ行かれたそうでいらっしゃらない。
フルーツサンドを食べるんですって、美味しそうだわ。
旅行で進展する二人の恋……! 素敵ね! いいわね! と思わず顔が緩んでしまう。
わ……わたくしもちょこっと進展した気がするわね。
マクシミリアンの事が好きだと自覚出来ただけでも、大きな進展だと思うの。
横目でマクシミリアンを見ると微笑みながら優しい視線を投げられる……うう、素敵。
「もうすぐ帰っちゃうんだね。寂しくなるなぁ」
ユウ君はテーブルの上のチーズケーキを置きながらそう言った。
わたくしも……ユウ君に会えなくなるのは寂しい。
だけどお別れがちゃんと言えて同じ世界で生きていて、数年後には多分……また会える事が嬉しい。
……前世ではお別れも言えないままだったから。
んっ……このチーズケーキ美味しいわ……!
「ユウ君とは、次はいつ会えるのかしら……」
「……ふふ、いつだろうねぇ?」
「いつだろーねぇ」
わたくしの言葉に対するユウ君とミルカ王女の含みのある言い方に首を傾げた。
ハウンドもミルカ王女の後ろでなんだかニヤニヤしている。
ミルカ王女とユウ君、何か企んでるのかしら……??
ハウンドは執事の癖に色々顔に出すぎよ?
「――夏が、終わるな」
フィリップ王子がぽつり、と呟く。
彼はソファーの上で足を組み少しアンニュイな感じで寛いでいる。
うーん……絵になりますね。
「終わるのですね……寂しいです」
マリア様も湯気の立つ紅茶を手で包みながら寂しげに言った。
そう……もうすぐ夏が終わる。
わたくし達はリーベッヘに帰り新学期が始まるのだ。
(つまり、シュミナ嬢も停学が解けて学園へ帰ってくるのね……)
その事を考えると頭がとても痛くなる。
うん……今は考えないぞ。新学期になったらどうやっても考えなければならないんだから。
前のわたくしとは違うのよ、わたくしには沢山のお友達がいるんだから何があっても平気よ。
見てなさいヒロイン! そんな気持ちを込めて拳を握っているとマクシミリアンとジョアンナが不思議なものを見る目でこちらを見ていた。
「ただいまぁ~」
「ただいまですわ!」
玄関の方からノエル様とゾフィー様の声がして二人もリビングルームに集合した。
手には何か色々持っている……全部お菓子なんだろうか。
二人がリビングに入ってくると甘い香りが漂った。
「お土産ですわ! 美味しかった物を色々チョイスしましたの!」
「俺とゾフィーが選んだ自信作だからね、沢山食べて?」
ノエル様がゾフィー様を呼び捨てに……お二人はかなり親しくなられたのね。
あまり突くと良くない時期だろうし詳細を訊きたい気持ちを堪えて気付かない振りをする。
……マクシミリアンもいつか、わたくしを『ビアンカ』と呼んでくれるのかしら?
それは想像するだけでとてもむず痒くて、だけど幸せな気持ちになる想像だった。
「秋になったら、学園の行事も色々あるでしょう? わたくしとても楽しみですわ!」
わたくしがそう言うとミルカ王女がぱっと顔を輝かせる。
「そうなのよ! 学園祭! それと一泊の課外実習もあるんだったかしら?」
学園祭は前世と同じく色々な出店や出し物を生徒が出すものだ。
流石に貴族の学校なので外部からのお客様を入れたりはしないのだけれど、その代わり他の貴族の学校の生徒さん達がいらっしゃるみたい。
この国以外の学校からも招待の方が来るそうなので緊張しちゃう。
それに剣術が得意な生徒達の騎士祭というトーナメント式の試合も同時開催されるのよね。
ノエル様も参加されるのかしら? 楽しみだわ。
一泊の課外実習はそろそろ生徒達の親交も深まった頃だろうし更に交流を……という学園の思惑らしい。
学園には婚活で来られてる子息子女も多いのでそれも狙いよね。
まぁ、婚活はわたくしには関係無いか……うん。
「なんだかんだで、楽しみな事が多いねぇ。それにしてもサイトーサン伯爵のチーズケーキ美味しいね!」
ノエル様はニコニコと言いながらユウ君のチーズケーキを頬張っている。
ユウ君は柔らかく笑いながら『おかわりならありますので』と優しく言いつつもう一つ箱を取り出した。
「じゃあもう一つ……!」
「わ……私も、おかわりいいですの?」
ノエル様がキラキラした笑顔でユウ君にお替りを催促すると、ゾフィー様も申し訳なさげに空になったお皿をユウ君に差し出した。
お二人とも、相変わらずよく食べるなぁ……そして仲睦まじい。
……お二人が親しくしているのを見たら……シュミナ嬢がお怒りになりそう。
『なんでモブが攻略キャラと親しくしてるのよ!!』なんてゾフィー様に食ってかかる彼女の姿を想像してじんわりと嫌な予感が広がる。
マクシミリアンに『犬』でゾフィー様の警護をお願いしたいけれど、あの魔法は見られたら面倒だという意味では警護に向いていないのよね。
……ノエル様に頑張って頂くしかないかしら。
「サイトーサン、マックス。ちょっと貴方達は別室に呼び出しです」
職員室に呼ぶ先生みたいな口調で、チーズケーキを食べ終わったミルカ王女が二人を呼ぶ。
……三十分くらいして互いになんだか緊張感のある視線を投げつつマクシミリアンとユウ君が戻ってきたけど……ミルカ王女、貴女何をしたの!?
楽しい予感と、嫌な予感を孕みつつ……。
新学期が、始まります!