閑話10・気になるあの子・後(ノエル視点)
目的の街まで連れて来て貰うと俺とゾフィーは馬車を別邸に返した。
『4時間後に迎えに来ますね』と御者は言い、馬車は轍を作りながら別邸へ戻って行く。
別邸から徒歩でも恐らく20分はかからないから俺だけだったら歩いて帰るのだけど、ゾフィーも居るしお言葉に甘える事にした。
今日のゾフィーは薄紫色の丈が膝下までのワンピースを着ていて、彼女の白い肌に映えてとても良く似合っている。
普段の彼女が好んで着ているらしいピンクなどの甘めの色も良いけれど、こういう落ち着いた色も似合うんだな。
薄手の生地は彼女が動く毎に紫がかった銀色のツインテールと共に軽やかにひらひらと翻ってまるで蝶のようだった。
この丈の短さはきっとパラディスコ産のワンピースだろう。ミルカ王女が用意してくれたのかな?へぇ……前と後ろでスカートの丈が違うんだ、なんて眺めていてふと気付く。
…………ゾフィーの胸が大き過ぎて布が上がって前側の部分だけ短く見えているんだ。
その事実に気付いてしまうとなんとも目のやり場に困る。
俺はね、健全な青少年なんですよ。俺を責めないで欲しい。
「ノエル様?どうしましたの?」
きょとん、と無邪気な顔で見られて俺は罪悪感で胸がチクチクした。
ゾフィーは俺よりもだいぶ身長が低い……というか平均よりもかなり下なんじゃないかな。
なのでくりくりした目に下から見上げられる形になってなんだかそわそわと落ち着かない気持ちになる。
「ワンピース……ゾフィーの髪と目の色と同じだ」
「そうなんですの!ミルカ王女が下さったもので……。リーベッヘの服と比べると生地も薄いし丈も短いので、その……ビアンカ様のようにスタイルが良い方じゃないと似合わないんじゃないかしら、なんて思ったのですけど。せっかくなので着てみたのですわ」
ゾフィーは自分の体型に随分とコンプレックスがあるらしく発言を聞いているといつも誰かと比べて気にしている。
確かにビアンカ嬢はとても素敵だけれど……ゾフィーの女性らしくて柔らかい曲線のスタイルも素敵だと俺は思うのだけど。
「可愛い、似合ってるよ。とても素敵」
「ふぇ!?」
思った事をそのまま口にするとゾフィーの顔が真っ赤に染まった。
…………そんな顔をされると、俺まで照れる。
紫色の瞳が大きく見開かれるのを見ていると顔に血が昇り胸を打つ鼓動が早くなって、なんだか動揺してしまう。
立ち止ったまま俺達はしばらく見つめ合っていた。
「お……お世辞が上手ですのね?」
最初に目を逸らしたのはゾフィーで素っ気なくそう言われてしまった。
「……本当に思ってるから、そう言ったんだよ?」
素直に言葉を受け取って貰えない事が少し寂しくて、こちらを見て欲しくてゾフィーの手を取ってその甲に軽くキスをしながら言う。
するとゾフィーは吃驚したように顔をこちらに向けてくれたけれど、先程よりも真っ赤になってしまった。
「のえるしゃまっ……!」
ゾフィーは俺の顔を見つめて口をパクパクと開け閉めし、その目はどんどん潤んでいく。
どうしよう……この子、とんでもなく反応が可愛いなぁ。
そんな彼女を見ていると温かい気持ちになる。うん、やっぱりゾフィーは『湯たんぽ』だね。
「ゾフィーが誘ってくれたフルーツサンドのお店、楽しみだね?」
「……胸がいっぱいすぎて、食べられないかもしれませんわ……!」
エスコートするために手を引くと、顔を赤くしたままゾフィーは俺の手を握ってくれた。
その手はとてもぽかぽかしていて柔らかかった。
彼女は、俺に好意を持ってくれているんだろうなぁ。
……じゃあ、俺は?
お店に着くとゾフィーは大量のフルーツサンドを注文して、満面の笑みで美味しそうにそれを頬張り可愛い声で『美味しいですわ!』と歓声を上げる。
先程の『胸がいっぱいすぎて、食べられない』はなんだったんだろう?
……彼女のご飯を食べている時の笑顔を見てると幸せな気分になるから、いいんだけどね。
俺もフルーツサンドを頬張る……うん、かなり美味しい。
「美味しいですわね!ノエル様!」
「本当に嬉しそうに食べるね。ゾフィーと毎日食卓を囲めたら、素敵だろうね」
彼女の笑顔を見ていたらゾフィーと毎日ご飯が食べたいなぁ、なんて気持ちになって……口が勝手に動いた。
「でしたら学園でも一緒に時々ご飯を食べませんこと……?ノエル様が、宜しければ、なんですけど」
彼女は少し照れてそわそわしながらそう答える。
思わず口にしてしまった俺のプロポーズ紛いの言葉に、彼女には気付かなかったみたい。
良かった……口から勝手に出て自分でも驚いたから。
……初恋は多分、月だった。
でも今俺はこの『湯たんぽ』みたいに温かい雰囲気の、嬉しそうにご飯を頬張る女の子の事が、気になっているようだ。