閑話9・気になるあの子・前(ノエル視点)
俺はノエル・ダウストリア。ダウストリア伯爵家の長男で騎士見習いだ。
……俺には、幼い頃から守りたいと思っている少女がいる。
銀糸の髪に、透明感のある青の瞳、白い肌にピンク色の頬……月のお姫様のような美しい少女。
ビアンカ・シュラット侯爵家令嬢の騎士になりたい、それが幼い頃からの俺の望みだった。
……でも最近、なんだか危なっかしすぎて守りたい子がもう一人増えた。
ゾフィー・カロリーネ子爵家令嬢。
紫に近い銀の髪に、紫色のアメジストのような瞳。白い肌に薄く浮いたそばかす。
ご飯を美味しそうに頬張りながらよく笑う、少しふくよかな可愛い女の子。
このパラディスコへの旅行でお友達になったご令嬢だ。
彼女は、なんだかとても危なっかしい。
海で一緒に遊んでいた時には手を繋いでいたのにも関わらず浅瀬で転んで溺れるし……急いで助けて抱え上げたら『ぽっちゃりですのよ!』なんて叫んで何故か暴れ出してもう一回海に沈んだ。
時々顔を赤くして具合が悪そうにしているから風邪かなって思っておでこで熱を測ると、2回程気絶した。
星祭りの花火の時もバルコニーから落ちんばかりに身を乗り出して花火を見る彼女が危なっかしくて心配になってこちらに引き寄せたら転んで俺の胸の中に落ちてきた。
真っ赤になって『死んじゃいますわ!!』なんてゾフィー嬢は叫んでいたけど……うん、バルコニーから落ちてたら死んじゃうと思うよ?
また何かするんじゃないかとついつい気になってしまって目で追うと、表情が豊かでいつも夢見るように何かにうっとりしていて可愛らしい子だな……と眺めていて微笑ましい気持ちになってしまった。
ゾフィー嬢のよく変わる表情は、何故か俺の心をあったかくする。
ビアンカ嬢が清廉で美しい月だとすると、ゾフィー嬢は……本人が聞いたら怒るかもしれないけど『湯たんぽ』って感じなのだ。
令嬢に『湯たんぽ』なんて言うのは失礼だって俺だって思ってるよ?
でも温かくて思わず抱きしめたくなるって素敵だと思うんだけどなぁ。
……………抱きしめたく?
「ノエル様、今日は……お暇でしょうか?あの、あの、あの」
今日は何をしようかな、なんて考えながらパラディスコ王家別邸の廊下を歩いているとゾフィー嬢に声をかけられた。
ふっくらした白い指をもじもじと擦り合わせて、何か言いたげにこちらを見ている。
「どうしたの?」
先を促すと彼女は、その桜貝のような色の唇をゆっくり開いて……。
「ノエル様と、デートがしたいですわ!!」
と可愛らしい声で叫ぶものだから、俺の目は丸くなってしまった。
デート……俺とゾフィー嬢が?俺なんかを誘ってくれるの?
俺が黙ってしまうと彼女は真っ赤になってもじもじとして泣きそうになってしまって……ああ可愛いな、なんて思ってしまう。
胸の奥にじんわりと、暖かい気持ちが広がった。
「すごい。ご令嬢にデートに誘われたのなんて初めてだよ」
これは、本当。騎士訓練ばかりしてるから、女の子と親しくなる機会って無いんだよね。
学園でも俺はフィリップ王子とばかりいるから大抵の女の子は目をハートにして王子を見てるしね?
初めてデートに誘われたのがこの『湯たんぽ』みたいに温かい可愛い女の子で良かったなって思う。
俺が手を差し出すとゾフィー嬢は最初は目をぱちくりさせていたけど、俺が促すと微笑んでその柔らかい手を乗せてくれた。
「あっ、あの……。ゾフィー嬢じゃなくて、ゾフィーと呼んで下さいまし!」
「……じゃあゾフィーって呼ぶね?」
ゾフィー嬢……、いやゾフィーがあまりに必死な顔でそう言うものだから。
婚約者でもない女性を呼び捨てにしていいものだろうかという葛藤はあったものの、俺はゾフィーを呼び捨てにする事を選んだ。
『ゾフィー』と呼ぶと彼女はとても嬉しそうに笑うから、多分これが正解なんだ。
彼女も食べる事が大好きという事はこの旅で良く知っていたけれど、デート先の提案はどれも魅力的な食べ物屋ばかりで、この子とは趣味が合うなって嬉しくなってしまう。
ゾフィーは食べ物を食べる時本当に嬉しそうに笑う。
あの可愛い彼女の笑顔を今日は側でずっと見られるんだなと思うと……不思議と心が浮き立った。
…………どうしてだろうね?