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令嬢13歳・わたくしは攫われかける

――――マクシミリアンから、逃げてしまった。

わたくしは乱れた息を深呼吸で整えて最後に大きく息を吐くと、周囲を見回した。


(うう……ここ、どこだろ……)


わたくしは、市場から少し離れたところまで走ってきてしまったらしい。

街並みの雰囲気は変わり、市場と違って人混みは周囲にはなく、ぽつぽつとたまに人が歩いている程度の人通りしかない。

その時、黒い子犬がどこからともなく現れてわたくしのスカートの裾を咥えて引っぱった。

微笑ましい気持ちになって抱き上げると子犬は抵抗するでもなく、すっぽりとわたくしの腕に収まった。


「お前も、迷子なの?」


子犬に話かけても、勿論返事はない。

しかし返事の代わりのようにぺろりと頬を舐められた。

黒い子犬はなんとなくマクシミリアンに似ているような気がして思わず頬を弛めてしまう。


『そのお言葉は……お嬢様が私との移住を想定して下さっていると……思ってもいいのでしょうか?』


マクシミリアンに言われた言葉が頭の中で蘇って、思わず子犬を抱きしめると少し不満げに『きゅうん』と鳴かれた。


(わたくし……マクシミリアンと、一緒に暮らしたいのかしら……?)


ああ、どうしよう……それってつまり……わたくし、マクシミリアンの事を……。

子犬を抱えたままふらふらとあてどなく足を動かしてしまう。

マクシミリアンはきっとわたくしを探している……人に道を聞いて市場の方へ戻るか、動かずに彼を待った方がいいのは分かっているのに。

今彼と顔を合わせたらまた逃げてしまいそうで……。

その時、胸に抱いた子犬がけたたましい吠え声を上げた。

気が付くと周囲を数人の柄の悪そうな男達に囲まれていてわたくしは驚愕し後ずさろうとする。

しかし彼らは無言でわたくしの口を塞ぎ腕を掴むと、路地に引き込んだ……無駄な口を一切叩かず手際がいい、きっとプロの犯罪者だ。

マクシミリアンと離れてしまった自分の迂闊さを呪い顔が青くなった。

どうにか魔法で撃退出来ないだろうか、でも下手に動いて逆上させてしまったら……。

どうしていいのか分からなくて、体が恐怖に震えてしまう。

その時……先程の子犬の体が大きく膨れ上がり、1匹の黒い狼に姿を変えて男の一人に襲い掛かりその胸に鋭い牙を立てた。


「なんだっ……!?」

「お前っ、何をした!!」


男達の間に動揺が走ったけれど……動揺しているのはわたくしもだ。

これは魔法なのだろうけど、こんな魔法が存在するなんて……!!

何かの気配を感じ足元を見ると……わたくしの影から次々と大きな黒い狼達が這い出し、男達から守るように唸り声を上げながらわたくしの周囲を囲んだ。


「……お嬢様に何をしているんです?」


路地の入口の方から聞きなれた涼やかな声が響いた。

そちらを見ると……見た者が凍り付きそうな程の冷たい表情のマクシミリアンが立っていた。


「マクシミリアン……!!」

「お嬢様、屑共は速やかに排除しますので少々お待ちを」


彼は冷たい怒りを瞳に宿し冷淡に言い放つと、手を横に軽く振る。

すると……そこら中の影から、ゆらりゆらりと黒い狼が姿を現し男達を何重にも取り囲んでいく。


「命までは取りません。ですが……お嬢様に手を出した報いは受けろ」


マクシミリアンの言葉を合図にして……黒い狼の群れは男達に襲いかかった。

悲鳴を上げる暇もなく、男達は狼に覆い尽くされていく……。

その光景をわたくしは、呆然とへたり込みながら眺めるしか出来なかった。

これは、マクシミリアンの魔法なんだ……。


「お嬢様、行きましょうか」


マクシミリアンはそう言うといつも通りの優しい笑顔を浮かべて、わたくしを抱え上げた。

彼の体温が温かくて、彼の香りにとても安心して……その途端に恐怖が蘇って体が震えた。

あのまま攫われていたら……わたくしはどうなっていたのだろう。


「マクシミリアン……怖かった……っ」


涙がポロポロ零れて頬を濡らす。

マクシミリアンはそんなわたくしをあやすように抱く力を強めて額に唇を落とした。


「ごめんなさい、離れたりして……」

「私こそ、手を離してしまって申し訳ありません。……お嬢様が無事で良かったです」


マクシミリアンの魔法の事とか、わたくしが彼を好きなんじゃないかって事とか。

色々な話を彼としなければいけない気がしたけれど。

今はただ安心する体温に包まれていたかった。

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