令嬢13歳・ユウ君のお菓子教室・前
ユウ君との再会を劇的な再会を果たしまだまだ話したりないわたくしは、翌日またユウ君の研究室に来ていた。
……勿論一人ではなく、フィリップ王子とマクシミリアンが付いてきておりわたくしの両横を固めてユウ君に睨みをきかせている。
なんというか……とても暑苦しい。
研究室のソファーは大きいとは言い難い……そこに3人敷き詰まって座っているのだ。
密着度はすごいし互いの体温で温まってじっとりと暑い……。
そしてフィリップ王子もマクシミリアンも良い香りがしますね。
わたくしだけ汗臭かったらショックだわ。
「ビーちゃん、ジュース飲む??グレープフルーツジュース好きだったよね。ビーちゃんの好きなクレープも作ったから良かったら食べてね」
「食べますわ!」
わたくしはユウ君の提案に勢いよく頷いた。
色々な手作りジャムが挟まったユウ君のクレープは絶品なのだ……!
ユウ君はこの世界でのわたくしを『ビーちゃん』と呼ぶ事にしたらしい。
今日のユウ君は長い髪をポニーテールにしている。
黒髪が艶々とした光沢を持っていてちょっと羨ましいくらいに綺麗だ。
「ビアンカ……サイトーサンは何故そんなにお前と馴れ馴れしくしているんだ?」
「お知り合いですの、昔の。事情はあまり訊かないで下さいまし?理由がございますの……」
じっとりと横目で見てくるフィリップ王子からそっと目を逸らす。
流石に王子にまで前世の話をするのは遠慮したいのだ。
南国行きの事を勘付かれて『王位継承権を捨ててついていく』なんて言われても本当に困るし。
「ビーちゃん、この試作品も食べる?どら焼きと水羊羹を作ってみたんだけど」
「食べたい!ユウ君大好き!!」
思わず前世のテンションで叫んでしまって、しまった……と真っ青になった。
「大好き……?俺は言われてないぞ!?」
「お嬢様。私の目を見てその言葉を言って下さいませ?」
案の定2人は『大好き』の部分に食いついてくる。
両サイドから美形二人がにじり寄ってくる光景にくらくらとして汗が噴き出した。
「ビーちゃんの大好きは美味しいものを作ればすぐに聞けるよ?フィリップ王子、マクシミリアンさん」
そう言いながらユウ君が机にお菓子を並べていく。
クレープ、どら焼き、水羊羹……あっ、練り切り菓子まで出てきた。
練り切りは色々な花の形をしており、色とりどりでとても可愛らしい。
フィリップ王子もマクシミリアンもユウ君のお菓子を興味津々という様子で見つめている。
「お二人も宜しければ。少し作りすぎてしまったんで」
「ああ……」
ユウ君は二人に人好きのする笑顔で微笑みながら言う。
彼はシャープな見た目なのだけれど内面はとても優しくて柔らかいのだ。
その雰囲気にフィリップ王子とマクシミリアンの警戒心も少し解けたようだった。
それを見てわたくしは内心ほっとする。
知人の仲は良いに越したことはない。
「……美味しいですね」
「それはインゲン豆を使ったお菓子だよ。お茶に合う事は勿論だけど見た目も華やかだからお茶会の場を楽しく彩ってくれるんだ」
練り切り菓子を口にしたマクシミリアンが驚いたように目を見開く。
ユウ君はマクシミリアンに緑茶を差し出しながら説明を加えた。
「変わった風味だな。このスポンジの中に入っているのはなんだ?」
「それはどら焼きという食べ物で中に入っているのは餡子というものです。こちらも小豆という豆を砂糖で煮たものなんですよ」
フィリップ王子には紅茶を出しつつユウ君が質問に答える。
……人を見て好みに合うものを出そうとするのよね、ユウ君は。
わたくしも手搾りらしいグレープフルーツジュースを飲みつつクレープを頂いた。
んっ……相変わらず美味しい!これは梅のジャムが挟まっているのね。
こっちは生クリームと苺が挟まっててオレンジのソースがかかってる……後味が爽やかだわ。
「ユウ君美味しい!あ~ユウ君がお嫁さんに来てくれればいいのに!」
「ビーちゃん。口の周りクリームだらけ」
ユウ君がごしごしとクリームを拭ってくれる……うう、申し訳ありません。
だらしなく笑み崩れながらクレープを頬張るわたくしを、フィリップ王子が目を丸くして見ている……おっといけない、令嬢の仮面が……。
「俺も菓子が作れればビアンカのところに嫁に行けるのか……?」
ぶつぶつと王子が何かを言っているけど……うちにはお兄様という跡取りがいますのよ?
「サイトーサン伯爵。こちらの作り方を教えて頂けませんか?お嬢様のお茶うけに私も作りたいので」
「大丈夫だよ。午後から予定が空いてるから良ければ今日なんてどう?」
マクシミリアンはユウ君に練り切り菓子の作り方を学ぶらしい。
マクシミリアンは手先が器用そうだし素敵なお菓子が作れそうね。
……わたくしも作ってみたいなぁ。
「ユウ君……」
「僕が生地を作るから、ビーちゃんは成型をしてね。粘土遊びみたいで楽しいと思うよ?」
……ユウ君に先制攻撃ででっかい釘を刺されてしまった。
前世でユウ君と台所に立った時……わたくしは大きな失敗を色々してしまったのだ。
うん、成型だけでも楽しいわよね、きっと。
「俺も、やる」
フィリップ王子まで名乗りを上げる……王太子様が台所に立つなんていいのかな。
そんなこんなで急遽……ユウ君のお菓子教室が始まったのだ。