令嬢13歳・彼に前世のお話を
「マクシミリアンは……わたくしには前世の記憶があるの……って言ったら信じてくれる?」
わたくしは、マクシミリアンに恐る恐る切り出した。
――――実は、口にするのはとても勇気が必要だった。
彼が……信じてくれても信じてくれなくても引かれて距離を置かれたりしたらかなり傷つく。
わたくしには『日本』という場所で暮らしていた前世があって、それを泉に落ちた日に思い出した事。
前世は『春原みこと』という18歳の女で、『みこと』が前世でしていた自給自足生活の記憶に影響されて今世でも自給自足がしたい事、そして前世を思い出した事で元のビアンカの性格にも影響があった事……その辺りをかいつまんでマクシミリアンに話した。
乙女ゲーム云々という話はとりあえず置いておいた……だって、可能性だけだとしてもシュミナ嬢とくっつく上にわたくしがマクシミリアンにボコボコにされて娼館に送られるルートもあったんですよ……なんて現在わたくしの事を好いてくれている本人にとても言えない。
乙女ゲームの事も……必要があれば追々話そう。
「――――気持ち悪いかしら?わたくしの事……嫌いになる?」
それらを話してマクシミリアンの方を見ると……彼は何か納得したような顔をしていた。
「なるほど……だからあの日以来性格が変わられたのですね」
うんうん、と頷きながらマクシミリアンはわたくしの手を握った。
そして優しく微笑みながらわたくしの額にそっと唇を落とした。
「嫌いになるなんてとんでもない。気持ち悪いとも思いませんよ?むしろお嬢様が私に嫌われる心配をして下さったなんて、私にはとても嬉しいです。……お嬢様の言う事、ちゃんと信じておりますよ?」
「マクシミリアン……ありがとう、信じてくれて嬉しい!」
良かった、気持ち悪いとか……嫌いだとか彼に思われなくて。
ほっとして思わずマクシミリアンに抱きつくと彼は優しく抱き返してくれた。
それが嬉しくてぐりぐりと彼の胸に頭を押し付けてしまう。
ふふ……こうしてるとまるで子供の頃みたいね。
「サイトーサン様はその……お嬢様が前世で住んでいらした世界から来た……そういう事ですね?」
「そう、みこちゃんの学校の同級生だったの。……というかさ、みこちゃんそれ本当に付き合ってないの?」
ユウ君に言われてハッとマクシミリアンから身を離す。
人前で抱きついてしまうなんて気が緩みすぎね……!ユウ君だから大丈夫だとは思うけど。
「付き合っては……いないのよ?」
「お嬢様に気持ちは伝えております」
わたくしが照れながらユウ君に向き直ると、マクシミリアンは離れたわたくしをまた後ろから引き戻して腕に包み込んでから言った。
「……みこちゃんが、幸せそうだから別にいいけど。そっかぁ、残念だなぁ」
ユウ君は目を細めて少し寂しそうに微笑んだ。
わたくし、幸せそう……なのかしら?
「せっかく再会出来たし、みこちゃんとこっちで一緒に暮らせたらなって思ったんだけど。みこちゃん、自給自足生活こっちでもしたいんでしょ?僕そういう意味ではすごく条件がいいと思うんだよね」
「……条件?」
こてり、と首を傾げるとユウ君は頷いてみせた。
「まず僕はみこちゃんの事が前世の頃から大好きでしょ?だからすごくすごく大事にするし」
「……待って、そんなの知らない」
「うん。自分に自信を持てたら告白するって決めてたから。そしたらみこちゃん……いなくなっちゃったし。悲しかった」
ユウ君は悲しそうに目を伏せた。
――――罪悪感で、心がちくりと痛む。
お父さん、お母さん、島の人々。
彼らもユウ君のように悲しんでくれたのだろう。
しかしユウ君がわたくしの事を好きだったなんて思わなかった……真っ赤になった頬を両手で押さえていたらマクシミリアンが拗ねたように抱く腕の力を強めた。
「僕ね、功績を称えられてパラディスコの爵位貰ってるし、結構お金持ちだし」
彼はなんと……サイトーサン伯爵、らしい。
なんだかシュールである……。
「みこちゃんの自給自足の邪魔なんかしないし。むしろ一緒に畑に立つよ?前世でもそうしてたでしょ?」
――――そう。
ユウ君は東京の大学へ行くまでは、本島から離島に時々足を運んでわたくしの手伝いをしてくれていたのだ。
しかもかなり手際が良かった。
「みこちゃんは料理が出来ないでしょ?僕がご飯は作ってあげるし」
ユウ君は料理上手なのである……前世では収穫した野菜でよく料理を作ってくれた。
……彼が作ってくれた夏野菜のパスタと冷製スープ、すごく美味しかったなぁ……。
「優良物件だと思わない?」
「うん、ユウ君優良物件だね」
聞き返されて思わず、すごい勢いで頷いてしまった。
前世からの友人で、好きでいてくれて、自給自足を許容してくれるどころかお手伝いしてくれて、爵位持ちでお金持ちで、料理もしてくれて、モデルさんするくらいのイケメンで……ユウ君、本当に優良物件すぎる。
何故、乙女ゲームのキャラじゃないんだろう。
「お嬢様!料理くらい私も頑張ります……」
じっとりと拗ねた声のマクシミリアンが旋毛にキスをしてくる。
ああ……マクシミリアン拗ねないで。
「その男に飽きたらいつでも声をかけて?ビアンカ嬢」
そう言ってユウ君は……大人の男の魅力全開で余裕たっぷりにニコッと笑った。