令嬢13歳・パラディスコの日本人・後
不服そうなフィリップ王子をミルカ王女が宥めながら部屋の外に出してくれて。
ユウ君の研究室には、ユウ君とわたくしとマクシミリアンだけが残った。
研究室は几帳面な彼の性格が反映されており、器具はきちんと整頓され棚に収まり、書類は綺麗にファイリングされ付箋を付けられ書架に並んでいる。
……ユウ君らしいなぁ、なんて懐かしい気持ちになってしまう。
高校の頃、宿題をよく家に忘れたわたくしはユウ君にノートを借りて写させて貰っていた。
ユウ君は苦笑しながらもノートを見せてくれて、綺麗な文字で書かれた付箋で注釈が貼ってあるノートにはよくお世話になったものだ。
『みこちゃんは仕方ないね』……そんな時ユウ君はそう言って優しく笑ってくれた。
ユウ君の顔を見ているとそんな思い出が蘇って……すごく懐かしかった。
……とても優しい思い出だ。
「ユウ君は、いつこっちに来たの?」
向かい合って机を挟んで座り、ユウ君が淹れてくれた緑茶を口にする。
懐かしい味と香りに……心が解けていくのを感じた。
「みこちゃんが海で行方不明になったって聞いてから、5年後かな。スカウトされてモデルをしながら大学院に通ってたんだけど……家に帰ってる途中に突然こっちに転移しちゃって。焦ったよねぇ。食品開発の職に就きたくて勉強してたのが役に立って今に至るんだけどさ。芸は身を助くだね」
「ふふ、そうだったんだ。……やっぱり私、海で死んだのね。ダメね自分の力を過信しちゃうと」
「ほんとにね……。僕、すごく悲しかったんだよ?」
――――口調が自然と、前世のものになってしまう。
懐かしくて、胸がつんとしてなんだか泣きそうだ。
「みこちゃん……会いたかった。みこちゃんが居なくなって……寂しかったよ」
「ユウ君……ありがとう。寂しい思いをさせて、ごめんね?」
見つめ合って、えへへ、と笑い合う。
この空間が高校の頃の……休み時間の教室に戻った気がした。
「…………お嬢様。説明を求めても良いでしょうか?」
ほわほわしたその場の空気を……マクシミリアンの冷たい声が引き裂いた。
……で、ですよね。自分のところのお嬢様がよく分からない会話をしていたら気になりますよね、当然。
「みこちゃん、この人恋人??」
「っ……恋人じゃない!!」
突然のユウ君の言葉に思わず焦って大声で否定してしまい……マクシミリアンの放つ冷気で部屋の温度が下がった気がした。
「お嬢様。私はこんなにお嬢様を愛しているのに……」
マクシミリアンが切なげな溜息を吐きながら後ろから抱きしめてくる。
そして立て続けに頬を摺り寄せられる……ああ……これは怒っている……!!
「マクシミリアン!わたくしが悪かったわ!!」
真っ赤になってじたばたするけれどマクシミリアンは拘束を解いてくれない。
するとユウ君がつかつかと歩み寄り、マクシミリアンの腕を掴んだ。
「みこちゃん、嫌がってるだろ。恋人じゃないなら触るのを止めてくれない?」
ユウ君はその怜悧な瞳をきゅっと細くしてマクシミリアンを睨む。
マクシミリアンはそんなユウ君を小馬鹿にしたように見た。
「……お嬢様。言ってあげて下さい。私達は将来を考えている仲ですよね?」
「そ……それはそうなんだけど……」
恋人ではないけれど……将来の駆け落ちを検討している人ではある……。
間違っては、いないんだけど……マクシミリアンの言い方だと、もうマクシミリアンと駆け落ちする事が確定みたいですよね!?
「……ふーん。みこちゃん僕にも昔言ったよね?30歳まで互いに恋人が居なかったら結婚しようって」
――――確かに、言った気がする。
あまりに彼氏が出来ない絶望感に……前世でユウ君にそんな風に泣きついた覚えがありますね。
で……でも前世の話だし!!ノーカウントでしょう!?
「お嬢様……」
「マクシミリアン!それは前世の事だからノーカウントなのよ!!!」
マクシミリアンから冷たい視線を投げられて、わたくしは思わず絶叫した。
「……前世……?」
マクシミリアンがわたくしの絶叫を聞いてぽかんとした顔をした。
……うん、そうなりますよね。
「みこちゃん、ノーカウントなんて酷い。僕にとっては今世なのに」
「ユウ君、ちょっと黙ろう!?話をややこしくしないの!!」
……確かに転生者のわたくしにとってはあの世界は前世なんだけど……転移者のユウ君にとっては今世なのよね。
なんてややこしいの。
「……ひとまず、その『みこちゃん』という呼び名や前世云々の事などを……教えて頂いていいですか?お二人だけ通じ合っていて非常に不快なので」
マクシミリアンが……額に青筋を立てながら爽やかな笑顔でそう言った。