令嬢13歳・パラディスコの日本人・中
馬車に揺られて、わたくし達はパラディスコの王宮に辿り着いた。
パラディスコの王宮はマハラジャが住んでいそうな……エキゾチックな雰囲気のあるお城だ。
その王宮の横にある魔法師の塔の一角を間借りしてサイトーサンは住んでいるらしい。
魔法師の塔は高く聳え立つ白い塔で沢山の魔法師達がここで働いているそうだ。
サイトーサンのお部屋は、魔法師の塔の三階の長い廊下の奥にあった。
……良かった、高層階じゃなくて。
令嬢の体力とヒールの靴で高層階まで階段はちょっとしんどい。
辛いなんて言ったらマクシミリアンが嬉々として運びそうだし。
サイトーサンのお部屋の前に着くと、ミルカ王女が軽くノックをした。
「サイトーサン、ミルカだよ。入っていい?」
「どうぞ」
しっとりとした艶かしい声が、入室を促した。
扉を開けると……。
そこには、一人の青年が立っていた。
背中までの黒髪を1本に束ね、狐目という言葉を思い出す形の黒い瞳は涼やかだ。銀の細いフレームの眼鏡を、綺麗な形の指が押し上げている。
整った顔立ちはどちらかというと神経質で冷たい印象を与える。
長身でとてもスタイルが良く、流石元ファッションモデルという感じだ。
そして身に着けた白衣がとてもよく似合っている……インテリ系イケメンって感じですね。
ん……この人、どこかで見た事があるような。
わたくしは彼に既視感を覚えた。
ファッションモデルをしている彼を見た事があるのかしら……でも自慢じゃないけどそんな雑誌読んでなかったしなぁ。
「ビアンカ・シュラットと申しますわ。サイトーサン様」
そんな事を思いながら首を少し捻りつつも、わたくしは彼に挨拶した。
そして様を付けるところは合っているのだろうか……サイトーサンのみで良かったのかもしれない。
「……みこちゃん?」
サイトーサンの口から、前世のわたくしの名前が飛び出した。
その口調が、高校の時のとある同級生のイメージと重なって……。
「斉藤、優吾……?ユウ君?」
思わず呟くと、ユウ君はくしゃりと嬉しそうに笑ってこちらへ駆け寄り……。
わたくしを強く抱きしめた。
マリアさんとゾフィーさんの黄色い悲鳴が上がり、フィリップ王子の怒声が飛ぶ。
ノエル様は目を丸くしてあっけに取られていた。
ミルカ王女は『あれ?知り合いだったの?』とのんびりした声で言っている。
マクシミリアンがユウ君を引き剥がそうとしているけれど、ユウ君は意外と力持ちらしくなかなか離れない。
「みことちゃん、会いたかった……姿は違ってもひと目で分かった」
ユウ君がうっとりとした声音でわたくしの耳元に、皆に聞こえないボリュームで囁く。
同級生だった頃のユウ君は、顔立ちはあの頃から整っていたもののひょろりとした教室の隅のもやしっこという印象が強かった。
あの子がこんな素敵な大人の男性になるなんてなぁ。
呑気にそんな事を思ってしまったのは、周囲の阿鼻叫喚からの現実逃避かもしれない。
「えっと、昔ちょっとご縁がありまして……。ユウ君、離して」
ポンポン、とユウ君の腕を叩くと彼は渋々離れてくれた。
「えっと、サイトーサンです。宜しくお願いします」
ユウ君は皆に向き直って挨拶したけれど、一部の雰囲気はすでに険悪だ。
というか貴方普通にサイトーサンって名乗ってるのね。
とにかく、二人で話がしたい。まさか元同級生だなんて!
積もる話と沢山の疑問があるのだ。
それと皆に前世の事を漏らさないように口裏を合わせて欲しい……。
「あの……ユウ君……いえ、サイトーサン様と二人でお話がしたいのですが……」
「駄目に決まっているだろう!」
「何を言っているのですかお嬢様!そしてこんな虫をどこで引っ掛けてきたのですか!」
わたくしがお願いをしようとすると、フィリップ王子とマクシミリアンの荒ぶった声が上がる。
マクシミリアン、貴方初対面の人の事を虫呼ばわりなんて……失礼にも程があるわ。
しかしこれはどうしたものか……。
「何か事情があるみたいだし、二人にしてあげたら?」
ミルカ王女が鶴の一声を発した事で、わたくしとユウ君は二人で話が出来る事になった。
……マクシミリアンが、自分は従僕だから離れる訳にはと駄々をこねて付いてきて来てしまったけど。
……そろそろ彼に前世の事を知ってもらう……これもいい機会なのかもしれないとわたくしは思い直した。