令嬢13歳・星祭りの夜・後
皆と楽しく星祭りの屋台を楽しんでいたら、風魔法を使ったアナウンスが流れた。
『まもなく花火開始の時間となります――――』
「おっもうすぐ始まるんだね~」
ノエル様がかき氷を食べながらのんびり言う。
その横でゾフィー様は大判焼きをらしきもの……を食べていた。
……本当に……前世で暮らした日本みたいだなぁ……南国なのに。
いや、どう考えてもおかしいでしょう。
絶対にパラディスコ王国に日本人が転生して影響を与えてると思うの!!
ミルカ王女に変な知識を広めてる人に心当たりがないか聞いてみなきゃ。
「とっておきの場所を用意してるから、移動しよ?」
ミルカ王女はそう言ってウインクすると、わたくし達を馬車の中に押し込んだ。
貴賓席みたいな悪目立ちする場所をミルカ王女が用意する訳ないし……どこに連れて行かれるんだろう。
連れて行かれたのは、パラディスコ王家のもう1つの別邸でここから花火がよく見えるのだそうだ。
そのバルコニーから皆で見ようとミルカ王女は提案して下さった。
なんて素敵なの……!人ごみを気にせず皆でのんびり花火を鑑賞出来るなんて。
ジョアンナがテキパキとバルコニーにテーブルを置いたり、飲み物と摘めるものを置いたりと皆がくつろげるようにセッティングしていく。
……この子、たまの奇抜な行動さえ無ければ本当に出来るメイドなのよね。
「お嬢様、楽しみですね」
「本当に楽しみ!綺麗なんでしょうね!この星空が花火の明るさで見えなくなるのは勿体ない気もするけれど」
ジョアンナが用意してくれたジュースを頂きながら、うっとりと夜空を眺める。
ミルカ王女から、星祭りの由来はパラディスコではこの時期が1番星が見えるからだと聞いた。
確かに見上げる空は世界中の星々を集めたと錯覚してしまうかのような満天の星空で目を瞠る美しさだ。
……ミルカ様に、星祭りの由来以外に聞いた事がもう一つ。
星祭りの夜にキスをした恋人同士は……一生幸せになれるんだって。
喪女にそんな情報頂きましても活用する場が……。
マクシミリアンとフィリップ王子にはなんだかモテておりますけど、か……彼氏じゃございませんしね?
チラッと横のマクシミリアンの方を見ると彼もこちらを見つめていてドキッとしてしまう。
「どうしました?お嬢様」
小首を傾げて黒髪を揺らしながらマクシミリアンが訊ねてくる。
全身に夜の色を身に纏った彼は、しなやかな夜の生き物みたいで。
……夜空がよく似合うな、なんて思ってしまった。
「あっ……」
誰かが声を上げたかと思うと、次の瞬間激しい音と共に夜空に大輪の花が散った。
光が弾け、広がり、キラキラと輝きながら下に落ちていく。
花火はかなりの数を用意してあるらしく、夜空に次々と光の花が咲いていく。
皆で夢中になって空を見上げた。
「綺麗ですわね!マリアさん、ノエル様!!」
ゾフィー様がはしゃぎながらバルコニーの手すりから身を乗り出して花火を見ようとする。
「ゾフィー嬢、危ないよ?」
ノエル様がその肩を両手で持って軽く力を入れて、バルコニーの方へと引き戻すと……。
ゾフィー様の体がころりと傾げて、後ろ向きにノエル様の胸に収まった。
「ひ……ひゃあ!!」
ゾフィー様がツインテールを振り乱しながら何やら叫んでいるけど、花火の轟音にかき消されてしまう。
ノエル様はそんな様子のゾフィー様を見て少し笑うと、頭を撫でてからきちんと立たせてあげていた。
「恋……走り出してるわね……!」
ミルカ王女は小さく呟きながらガッツポーズをしていて楽しそうだ。
フィリップ王子も『へぇ……』なんて呟きながら2人を見ている。
マリア様は……巣立つ子供を見守る母親のような表情で涙を拭いていた。
うん、わたくしもなんだか微笑ましくてにやにやしちゃうわ。
青春って感じでいいよね、爽やかで……。
「いいなぁ……」
思わず口からそんな言葉が零れてしまう。
制服デート、放課後の自転車二人乗り……初めてのデート……。
2人での花火大会。彼氏に『浴衣似合ってる』なんてぶっきらぼうに言われたりして。
前世で果たせなかった甘酸っぱい妄想が頭の中を駆け抜けて行く。
「……羨ましいのですか?お嬢様。私も何か……して差し上げましょうか?」
色っぽく微笑みながら耳元で……マクシミリアンが囁いてきた。
違う、違うこれは。
甘酸っぱくない!!なんか危険な感じしかしない……!
「あくまで青春!って感じなのが羨ましいのであって……。マクシミリアンの何か違うからダメ……」
「おやお嬢様。どこが違うというのです?」
「……なんか、やらしい」
思わずジト目で見てしまう……するとマクシミリアンは妖艶に笑ってわたくしの視線を受け止めた。
……やっぱりやらしい感じがしますよ……。
「あっ、見て!!」
ミルカ王女の声が上がって。
一際大きな花火が夜空を染め上げた。
それは立て続けに何発も上がり、まるで昼間のように周囲は明るくなる。
皆で歓声を上げながら空をに釘付けになっていると……。
ふと頬に、柔らかい感触が落ちた。
「!?」
そちらの方向を見るとマクシミリアンが、しーっと人差し指を口に当てて微笑んでいて。
「…………!!!」
わたくしは、そういうのがやらしいのよ!!!という言葉を飲み込んで、真っ赤になってしまった。
……ミルカ王女から聞いた星祭りのジンクスが頭を過って、なんだか喉が酷く乾く。
わたくしは……ジョアンナからジュースを受け取って一気に飲み干した。