令嬢13歳・星祭りへ行きましょう・後
「ミルカ様、星祭り……ですの?」
「そうよビアンカ、今晩あるの。屋台がいっぱい出るんだよー。あとね、花火なんかも上がってすごく綺麗なの!」
「まぁ!花火!素敵ですわね!」
ミルカ王女がキラキラした目で語ってくれる。
わたくしも『花火』という懐かしい響きに思わず目が輝いた。
「楽しそうですね、興味があります」
「屋台も花火も見た事ありませんわ!どのような催しなんでしょう!楽しみですわ!」
先程までフィリップ王子の美しさに打たれて倒れ伏していたマリア様とゾフィー様も無事復活したようで、会話に加わってきた。
ゾフィー様はちゃっかりノエル様の横に腰を掛けている……!積極的……!
「屋台!いいね。端から端まで食べたいね!」
ノエル様は、何か目的がおかしい。
情緒ある夏のイベントが大食い大会のようになってしまいそうだ。
ゾフィー様はノエル様に『私も沢山食べますのよ!!』とアピールしている。
するとノエル様も『じゃあいっぱい一緒に食べようね!』と輝く笑顔で返していた。
この2人……お似合いなのかもしれない。
食い気で繫がるご縁もあるのかも、うん。
「ビアンカと2人きりじゃないのか……」
フィリップ王子はまだ拗ねているようで、ぶつくさと何かを言っている。
……ちょっと可哀想になってきたなぁ……。
公務を頑張って帰ってきたら、皆はバカンスを堪能してて楽しそうで……自分だけ仲間外れ感があるわよね。
ううむ……でも王子と2人きりはなぁ……。
下手を打って言質を取られたりしたり、既成事実を作られたりで王妃ルートは困るもの……!
……別邸の側の浜辺の散歩くらいなら、大丈夫かしら。
先程から王子に捨て犬みたいな耳と尻尾が付いてる気がして心が痛いのよね。
念の為にジョアンナにも付いてきて貰って……マクシミリアンを連れて行くと王子、拗そうだし。
「フィリップ様。少し浜辺をお散歩しません?」
わたくしがそう声をかけるとフィリップ王子は一瞬ぽかんとした顔をした後に、華やぐような笑顔を見せて頷いた。
ごねるマクシミリアンを説得して別邸に居て貰って、ジョアンナを連れてフィリップ王子と浜辺に出た。
眩しい太陽と白い砂浜。そして真っ青な海……これはいつまで見ていても飽きそうにない。
昼の日差しはとても強く気温は高いのだけど湿度が低いせいか空気は肌に心地良い。
わたくしは麦わら帽子と白のワンピース、そして白いサンダルを履いている。
コルセットなんて窮屈なものは付けず、スカートも王都の基準で言うとかなり短めなパラディスコ仕様の恰好だ。短いといっても膝下まではあるんだけどね。
ここには『令嬢らしくない恰好をして』なんて咎める人の目なんてものはない。
旅先ではいつもよりも自由になれる……これも旅の醍醐味よね。
「今日会った時から思ってたんだが。いつもと雰囲気が違って……それも似合っているな」
「ふふ、少しお転婆な感じがするでしょう?」
スカートの裾を持ち上げて笑ってみせると、王子がなんだか眩しいものを見るような目をした。
海岸線を歩くわたくし達の、少し後ろから離れてジョアンナが付いて来る。
「フィリップ様、パラディスコの海は綺麗でしょう?」
「ああ、そうだな。とても綺麗だ……」
海はキラキラと太陽を反射して、美しくコバルトブルーに輝いている。
そんな海を二人で眺めていると、ふと視線を感じ……そちらに目を向けるとフィリップ王子と目が合った。
……掛け値なしに、美しい瞳だな、なんてそんな事を思いながらわたくしも見つめ返してしまった。
「なぁ、ビアンカ」
「なんです?フィリップ様」
「……婚約の件……お前はどう思っているんだ?」
「以前お話したままの事を、思っておりますが……。卒業までに何事も無ければ、お受けしますわ」
……2人で会話をする機会があるといつか聞かれてしまうと思ったけれど……。
ぎゅっと心臓を掴まれた気がした。
こんな事を言いながらも、わたくしはパラディスコに逃げる機会を伺っている。
それがなんだか……卑怯な行いのようで辛かった。
王子がお断りできるような身分の方ならば……お話が来た時点で誠意をもって断っていたんだけどなぁ……。
「俺が嫌いだから、乗り気じゃないのか?」
「そ……そういう訳ではっ……」
本当にそういう訳ではないのだ。王子自身の事は友人として大事に思っている。
ただ王妃になりたくない……パラディスコでのんびりと、わたくしは暮らしたいのだ。
「じゃあ王妃になるのが、嫌なのか?」
「――――!?」
今日の王子は随分と……切り込んで来る。
どう返そうかと一瞬悩んでいると……。
「俺には弟もいる。ビアンカ……お前が望むなら俺は身分なんか捨てて……」
なんだか王子が……とんでもない事を言おうとしている。
彼の金色の髪が風で弄られて、きらきらと光を放つのを呆然と眺めていると彼が次の言葉を紡ごうとしたのだけれど……。
「おおっと!あぶなぁい!!!」
その瞬間。
わざとらしい声を上げながらジョアンナが、わたくしにジュースを引っかけた。
冷たい、すごく冷たい!!わたくしが困ってるのを見て助けてくれたんだろうけどっ。
ジョアンナ、助け船はありがたいけどもっといい方法があったんじゃないかしら!?
フィリップ王子はジュースでびしょびしょのわたくしを見て呆気に取られていたけれど。
「また、話そう。風邪をひくといけないから別邸に戻るぞ」
と言ってわたくしの手を取って歩き出した。
「星祭り、楽しみだな」
わたくしの方を見て微笑みながらフィリップ王子にそう言われたけれど……。
先程の彼の言葉の先を想像してしまい、それどころではなくて曖昧に頷いてしまった。
――――マクシミリアンの事もあるし、荷が重すぎるにも程がある。