シュミナ・パピヨンの夏休み(シュミナ視点)
太陽が眩しい……私の気持ちは暗澹としているのに、なんであんなに眩しく輝けるのよ。
なんでだろう、何も上手くいかないにも程があるの。
学園での……フィリップ王子が助けてくれるはずの魔法の実技授業のイベント。
そのイベントで私は……盛大な失敗をやらかした。
だってビアンカ・シュラットが……あんな派手な事をするから悔しかったの。
失敗してフィリップ王子にカバーして貰う前提のイベントなのだし、失敗するにしてもレベルが高い事をして『本当は出来るヤツ』だと一目置いて欲しい……なんてそんな欲を出してしまった。
だって使う魔法のレベルが高いほど暴発がやばい事になるなんて知らなかった。
その結果が、二か月間の停学だった。
あの日……一緒に授業に出ていた男の子は大怪我を負って……血だらけで教室の隅に転がっていた。
薄い胸を上下させながら、苦しそうに呻いていた彼が忘れられない。
私は流れる血を呆然と眺めるしか出来なくて……。
その傷と赤がなんだか生々しすぎて、今も頭を離れない。
あんなのまるで……ゲームじゃなくて、現実じゃないの……。
学園を停学になってしまったからイベントは全く進まない。
イベントを進めなきゃいけないから学園にこっそり顔を出したら……苦々しい顔の教師に捕まって屋敷に帰された。
なによ、追い返すなんて!
そんな事されたら夏休暇中の約束が取り付けられないじゃない!!
ノエル様と夏祭りに行ったり、フィリップ王子とお忍びデートしたりしなくちゃいけないの!
夏のイベントは好感度がすごく上がるのよ!!邪魔しないで!!
学園から追い返されて屋敷に帰ると、両親には『もうこれ以上人に迷惑をかけないで』と両肩に手を置き泣かれてしまった。
……昔はいつも笑って可愛いと言ってくれた両親も、最近は辛そうな顔や疲れた顔しか見せない。
どうして私の事可愛いってもう言ってくれないの?
取り巻き達には夏休みにどこかに行こうと沢山のお誘いを受けたけれど。
彼らの目に……生々しい欲望を感じてしまって正直怖くなって断ってしまった。
リアルな感情を向けられるのは、正直怖い。
乙女ゲームの中のような綺麗な感情だけ欲しいの。
だから……攻略キャラとしか恋愛なんてしたくない。
ビアンカ・シュラットはゲーム内とは全く違う人間関係を築き、ゲーム内のイベントと関係が無い毎日を楽しそうに過ごしているように見える。
取り巻きからの手紙には、彼女が夏に友人達と旅行に行くらしい……なんて事が書いてあった。
……なんで。そんなイベント、全学年通しても……ヒロインにも悪役令嬢にも無いはずでしょう?
それに誘われるとしてもヒロインの私が、なんじゃないの?
メンバーにはノエル様もフィリップ王子もマクシミリアンもいるそうだ。
何それ、夏休暇イベントを私が起こせない間に貴女がまた持って行ってしまうの?
ビアンカを見ていると前世のクラスの中心にいた、陽キャな子達を思い出して胸がぎゅっとなる。
前世の私が近付く事が許されなかった、教室の隅でじめじめしていた私とは違う生き物。
キラキラと輝く選ばれた者達。
そして……私はヒロインに転生をしてもあのクラスの隅っこにいる暗い女のままなんじゃないかと不安になる。
もしかするとここは、ゲームに似ているだけの現実で。
私は美しい皮を纏っているだけの、前世と同じ地味な私でしかなくて。
私は世界の中心なんかじゃないのかもしれない……なんて考えが頭を過る。
そんな事は、認めたくない、考えたくない。
ああ、いやいやいやいやいや。
私はヒロインよ。……ヒロインなんだから。
この世界の中心なの。だから、きっと私を皆愛してくれる。
そうよ、全部ビアンカのせいで上手くいっていないだけ。
あの女をどうにかすれば、世界の歯車は元に戻るの。
コツリ、と部屋の窓に何かがぶつかる音がした。
なんだろう……気になって窓に近寄ると『彼』が窓の下に立っていた。
ああ、私にはまだ彼がいる。そうよ、私はヒロインなんだからちゃんと攻略キャラと仲良く出来るの。
ふらふらと彼がいる階下に足を運び庭に出る。
彼は私を見つけると、優しく笑ってくれた。