我儘令嬢の父と兄・後
父兄後編です。
慌ただしく雪崩れ込んで来た父様とお兄様は、取りすがるようにわたくしのベッドに駆け寄ってきた。
その勢いに押されたマクシミリアンが取り澄ました顔…いや、2人の勢いに冷や汗かいてるね…で後ろに下がる。
「父様、お兄様。わたくしもう平気ですから…そのように慌てないで?」
滂沱のごとく涙を流しながらわたくしに掴みかからんばかりの美形2人に思わず苦笑いしてしまう。
(ああ…2人共鼻水まで…)
折角の素敵なお顔が台無しだな…と少し、いや、それなりに引いた。
父、リチャード・シュラット侯爵は身長190cmはあろう長身の美形だ。
黒味が強い銀髪を後ろに撫でつけ、青い瞳はわたくしと同じように鋭く吊り上がっている。
顔の造作は彫像のように整っており、我が父ながらこんなに人間離れした美貌があるんだな、と感心してしまう(蒼月の美公なんてあだ名も付いている)
今は涙と鼻水でどろどろだけど。
黙っていると一見強面に見えるのだが喋り始めると案外気さくでよく笑う。
そのギャップが…!と悶えながら後妻の座を狙う社交界の禿鷹達は結構な数…いや、かなりの数居る。
わたくしの父様はあげませんわよ?なんて言いたくなってしまうわ。
だってカッコいいんだもの。
父様は亡くなった母上を異常なくらい愛しているので再婚する気は無いそうなのだけど。
それはそれで心配になってしまうのだから、娘と言うのも勝手なものである。
兄、アルフォンス・シュラットは母に似ており柔らかな雰囲気の貴公子然とした少年だ。
淡い金色の髪に緑色の瞳。
父や私と違って少し垂れたアーモンド形の優しい目をしている。
白い肌に紅い唇はまるで陶磁の人形のよう。
その微笑みは社交界デビューもまだなのに女性達をもうとろかせているとか…。
まだ12歳なのに空恐ろしいものである。
そしてこの2人は、わたくしを溺愛している。
中身が大人になったわたくしは人に責任を押し付ける行為はいけない、と思っている。
思っているんだけど。
わたくしが我儘になった原因は、この2人の影響が大きいと思うの!
何をやっても『うちのビアンカは可愛いなぁ~我儘な君も魅力的だよ』と2人の美形が常時ちゅっちゅしながら頬ずりし褒め殺しして来るのだ。
『わたくしの天下よ!』と思い込んでしまっても仕方がないと言うものであろう。
ぽっちゃりで禿げ上がった父と年寄り達にしか甘やかされた事が無い前世とは大違いだ。
美形に全肯定される空間はそりゃあ居心地がいいんだろうけど、
もう、大人だから!引きずられないんだからね!
「もう体が大丈夫なのか?ああ…寝間着が血だらけに!?」
そう言えば、鼻血を噴いて汚した後、着替えをしていなかった。
「ちょっと興奮…いえ、体調が悪くて鼻血が出ただけですの。平気です」
にこっと微笑んでみせると、
「ああ…エンジェルちゃんの鼻血…飲み干してしまいたい」
と言うお兄様のあまりにも気持ち悪い発言が耳に入ったので、全力で聞こえない振りをした。
うちのお兄様怖い。
精神が幼女の時は気付かなかったけど。
こんな新発見要らなかった。
「泉に落ちたのだろう?風邪はひかなかったかい?」
「平気ですわ、父様」
しゅん、と太目の眉を下げて顔を覗き込んで来る父様に思わず胸がキュンとする。
うちの父様はカッコいいから仕方ない。
そしてとっても良いお声。声優誰なんだろう。
「父様」
居住まいを正しキリリと父様に声をかけると、父様も何か感じたのか真剣な顔で続きを促すように頷き返して来た。
締まった表情をすると流石の宰相の貫禄である。カッコいい。
「わたくし泉に落ちた後、色々と反省しましたの…。下手をしたら命を落としていたかもしれない。そう思ったら…もっと清廉に、そして一生懸命に生きないとって」
こんなに口の回る6歳児は嫌だな、と我ながら思うのだけれど6歳児の口調が中身が大人になってしまったわたくしにはよく分からない。
わたくしの言を聞いて父様とお兄様はまた目から涙を噴き出した。
体中の水分が無くなりそうな勢いね…。
「ビアンカ~!」
「天使!!!」
父様とお兄様ががばっと抱き着いて来る。
あっ…鼻水が…鼻水がついちゃう…!!
お兄様はわたくしの事を『天使』と呼ぶの止めて欲しい、切実に。
「お勉強、頑張りたいのです。魔法もちゃんと習いたいですわ」
2人はそう言ったわたくしを更にもみくちゃにすると、家庭教師の時間を増やす事、図書室への自由な出入りを許可する事、魔法の先生を週1で呼んでくれる事、を約束してくれた。
教師代も馬鹿にならないだろうに甘いってこんな時は助かる。
それにしても2人共、いつまで抱き着いてるんだろう…そろそろ解放して欲しい。
「お嬢様もまだお疲れかと思いますので…」
見かねたマクシミリアンに言われ渋々2人はわたくしから身を離した。
流石わたくしの執事!(まだ見習いだけど)察しがいい!
父兄からようやく解放され、寝間着も新しい物に着替えたわたくしはこれからのお勉強の事を思いながらにこにこ顔で眠りについた…。