令嬢13歳・パラディスコ王国への到着・前
「ビアンカ!陸地が見えてきたぞ!」
フィリップ王子の明るい声に呼ばれて、わたくしは船室から甲板に出た。
楽しくて仕方が無いといった様子のフィリップ王子は海の向こうを片手を顔の前に翳し目を眇めて見ていた。
彼はこの航海中色々なしがらみから解き放たれたかのようにはしゃいでいる。
マリア様とゾフィー様がそんな王子を見ると拝みながら今にも昇天しそう顔をするから多少控えて!?とは思うけれど……彼は常々色々な重圧に晒されているのだろうし旅行中くらいただの少年に戻るのも仕方ないのかもしれない。
「もうすぐ到着ですのね」
わたくしも海風に髪を弄られそれを手で押さえながら王子の横に立って海の向こうに目をやる。
するとキラキラとした海の遠くに、王子の言う通り陸地の影が見えていた。
――――あれがパラディスコ王国……。
(わたくしが……いずれ。誰かと暮らすかもしれない、南国の島)
誰かと、という部分でマクシミリアンの顔が思い浮かんで少し頬が熱くなった。
覚悟を決める為と、自分の気持ちの確認の為に彼との未来を想像しようと何度もしてみたのだけれど。
きちんと恋愛をした事が無いわたくしには、マクシミリアンと南国に行った後……つまりは付き合った先の事が未知の世界すぎて……想像しようとしても思考が空転してしまう。
だってマクシミリアンと駆け落ちするって事は……恋人らしい事も沢山、するって事でしょう……?
――――想像しようとすると、恥ずかしくなって……やはり思考が途中で止まった。
レールにある程度沿える王子との結婚生活の方がまだ容易に想像出来るくらいなのよね……。
隣に居る王子を横目でちらり、と見てしまう。
すると王子も視線に気付き、「ん?」と可愛く小首を傾げてこちらを見つめてきた。
「どうした?ビアンカ」
彼は金色の瞳でこちらを見つめたまま美しい指先をこちらに伸ばし、わたくしの髪をさらりと弄んだ。
綺麗な指だな……と思っているうちに彼の手は髪から頬に滑り、更に唇に触れる。
「……!?」
予想外の場所を触れられ、先程までマクシミリアンとの恋人らしい事……を想像しようとしていた余韻もあって、顔が茹で上げられたかのように真っ赤になってしまう。
フィリップ王子の恐ろしいくらいに美しい顔が近付いて来て……あれ、これって……キスをされそうなんじゃ?とぼんやりとした頭が知覚していく。
「殿下。お嬢様にいかがわしい行為はお止め下さい」
グイッと、腰を抱かれる形でマクシミリアンに体を引かれ、わたくしとフィリップ王子の距離は一気に遠くなった。
……び……びっくりした……!!マクシミリアンいつの間に側に居たの!?
た……助かったけど……!
「マクシミリアン。俺は婚約者候補と親交を深めようとしていただけだ。いかがわしい行為などでは無い」
不機嫌な顔のマクシミリアンを、これもまた不機嫌な顔のフィリップ王子が睨みつけながら言う。
……以前なら、仲が悪いなぁ……ってただひたすら思っていた場面なんだろうけど。
マクシミリアンには想われており、フィリップ王子には婚約者になれと迫られている現状を鑑みるに……。
二人の不仲の原因はもしやわたくし……?いや、そんなまさかね……。
……ああ……お空が綺麗ね……南国の青に近付いている感じがするわ。
というかマクシミリアン、貴方わたくしの腰を抱きっぱなしなんだけど。
「上陸の準備がございますので、お嬢様とわたくしは一旦船室に失礼致しますね」
マクシミリアンはフィリップ王子にそう告げると返事を待たずに、わたくしを腰で抱いたまま持ち上げ……つまりは乱雑な抱っこのような状態で持ち上げて船室へと連れて行った。
腕が食い込んでお腹が痛いわよ、マクシミリアン!
「準備って、荷物はもうジョアンナが纏めていると思うんだけど……」
船室のソファーにぽふり、と座らされマクシミリアンの方を見上げると……。
彼はとても、怖い顔でこちらを見ていた。
「マ……マクシミリアン?」
「お嬢様は私にはお許しにならない唇を……殿下にはお許しになられるのですか?」
許した訳じゃないのよ、勝手にされそうになったのよ……!!
反論したいけれど彼の目が怖くて言葉が出ず思わず涙目になってしまう。
「ビアンカ様」
「ひゃいっ!?」
マクシミリアンに急に名前で呼ばれ、驚いて思わず上擦った声で返事をしてしまった。
……彼に想いを伝えられてからは……なんだか主導権を握られっぱなしだ。
「怖がらせようとしている訳ではないのです。ただ貴女が無防備で……心配なんです」
そう言って彼はソファーの隣に腰掛けて……わたくしをふわりと、抱き締めた。
小さい頃から嗅ぎ慣れた、マクシミリアンの香りに包まれる。
……ああやっぱり、この香り……安心するなぁ……。
心地良さに逆らえず思わず彼の胸に力を抜いて身を預けてしまう。
「あのね、マクシミリアン。フィリップ様に許した訳じゃ……ないのよ?」
「はい、分かっております。ですが妬けますので、お気を付け下さい」
そう言いながらマクシミリアンは、わたくしの頬に唇を落とし、続けて唇の端にも……キスをした。
ん……?端っことはいえ……唇なんじゃないですかね!?
「マクシミリアン!そこはダメなんじゃない!?」
慌てて彼から身を引こうとすると、俊敏な猫のような動作で反対側の唇の端にもキスをされた。
乙女の唇を気軽に奪おうとしないで下さい!!
「……ほら、簡単に奪えそうじゃないですか」
そう言って笑う彼は、妖艶でしなやかで……思わず胸が高鳴ってしまう。
このままじゃまずい……!と本能が訴えるので、慌ててソファーから降りようとしたら足を縺れさせてしまい、ごろりと無様に地面に転がってしまった。
「お嬢様。なーにしてるんですかぁ」
船室のドアを開けたジョアンナに転がった姿を見られてしまい呆れたような声で言われたけど……。
わ……わたくしは悪くない!!
マクシミリアン、笑いを堪えて他人事みたいな顔をしてるんじゃないわよ!!
結局諸悪の根源のマクシミリアンに助け起こされて腑に落ちない気持ちで憮然としていたら、
「お嬢様が、私との接触に慣れてしまえばいいんですよ」
なんて彼が言うから私はまた足を縺れさせてまた地面に……ではなく、今度はマクシミリアンの腕の中に倒れ込んでしまった。