令嬢13歳・楽園への航海・後
船旅は快適だった。
ジョアンナの言う通り魔石を推進力にした船は前世の客船に匹敵する速さ…20ノット以上のスピードはあるんじゃないかしら…でスムーズに運行していた。
大航海時代の帆船が5~6ノットという話を聞いた事があるけれどそれを考えると本当に破格の速さだ。
船には数人の魔法師も乗り込んでいて、毎時の速度に揺れが出ないように風魔法で風の流れを調整したりと至れり尽くせりだ。
……流石王家の船……航行コストもすごいんだろうなぁ。
『この速さに追いつける海賊なんていないから安心なのよ!』とミルカ王女が笑っていたけど、そうよね……4倍の速さの差が付いてる船に追いすがれる海賊なんていないわよね。
ジョアンナが白木の美しい甲板に白い上品なパラソルを数本立て折り畳み式のテーブルと椅子を設置した時には驚いた。
出航前にミルカ王女に相談して持ち込んでいたらしい。
「ストラタス商会の新製品、折り畳み式のバカンスセットです!」
とジョアンナが胸を張り、それをミルカ王女が興味深そうに見ている。
……ジョアンナの首根っこをミルカ王女が引いて甲板の隅に連れて行き……。
2人でこそこそ何か話してるけど……多分あれは商談が纏まったわね。
マクシミリアンが教えてくれたけど、こうやってジョアンナは実家を売り込み、取引が成立したら実家からパーセンテージでマージンを貰っているそうだ。
あの子うちの給与だけにしては羽振りがいいと思ってはいたのよね……先日、旦那様のラヨシュと暮らす家も購入していたし。
あれはきっと学園への食材納品ルートを確立したマージンで購入したのね。
フィリップ王子経由で王家にも色々納品しているようだし。
ジョアンナって……むしろ、うちの仕事が趣味、なんじゃないかしら。
ジョアンナが用意してくれたパラソルの下で皆でのんびりと紅茶を飲んでいると、パシャン!と水が大きく跳ねる音がした。
そちらに目を向けると海面に近い場所に沢山の銀色の背中が……イルカの群れと遭遇したのだ。
「すごい数の群れですわね!」
まさかイルカウォッチングが楽しめるなんて……!
フィリップ王子と甲板から身の乗り出し、イルカの群れに見入ってしまう。
イルカ達は白いお腹を見せ付けながら、飛沫を上げて波間を駆けて行く。
それは自然の雄大さを感じさせる、見ていて飽きない美しさだった。
「すごいな!こんなものを見たのは初めてだ!」
金髪を海風に靡かせながら、無邪気にフィリップ王子が言う。
フィリップ王子、貴方王位継承者なんですからそんなに夢中で身を乗り出さないで下さいよ。
魔法師が乗り込んでるからいざとなったら助けて貰えるんだろうけど……。
心配になってぎゅっとフィリップ王子の服を裾を掴むと、一瞬驚いた顔をされ、華やぐように微笑まれて……軽く手を繋がれた。
「フィリップ様!そうじゃありませんの!」
……別にイチャイチャしたいからお洋服を掴んだ訳では……!
ぶんぶんと繋がれた手を振って振り払うと、残念そうなお顔をされて罪悪感を覚えてしまう……私が悪いんですかね……?
「尊みがすごいわ……」
「記録魔石って庶民の家一軒分くらいの価格でしたわよね。ジョアンナ、記録魔石……もう少しお値引き出来ないのかしら?」
マリア様とゾフィー様が顔を赤くしながらわたくし達に見入った後、ジョアンナを連れて甲板の隅っこで密談を始めた。
記録魔石は近頃ストラタス商会……ジョアンナのご実家が開発した新商品だ。
娘の姿を記録したいという、うちの父様のアレな願いを受けて開発したらしい。
父様、何をやっているの……。
光魔法を使って前世でいう撮像素子のようなもの??何か別の言葉だったわね……を云々みたいなややこしい事をジョアンナが言っていたけど……わたくしには何がなんだかさっぱり……だった。
つまりは、ビデオカメラである。
ストラタス商会と父様の協力関係でこの国の映像技術の水準は数世紀を跨ぐレベルで発展しそうね……と思わず遠い目になった。
「お買い上げありがとうございまぁす!今後ともお引き立てのほどを!」
甲板の隅っこから、ジョアンナの楽しそうな声が響いた。また契約成立らしい。
あの子、この旅行で何件の契約を取るつもりなんだろうか。
ふと、マクシミリアンとハウンドが何かを話し込んでいる姿が目に留まった。
真剣な顔で話し込んでいるので、気になって耳を澄ませてみたけれど……。
「うちのお嬢様は……で……で。天使のようで可憐で……」
「うちのミルカだって、太陽なんスよ。あの健康美は……」
――――禄でもない感じの主人馬鹿トークが聞こえてきたので、ソッと意識を逸らした。
止めて、恥ずかしい。
それにしてもハウンドって……かなりミルカ王女に惚れ込んでるのね。
へーあのハウンドがねー。ほーん……。執事になった理由ってもしかして……。
……他人の恋愛事情は楽しい。
いつもマクシミリアンやわたくしを揶揄うジョアンナの気持ちが少し分かってしまった。
「ビアンカ嬢、楽しそうだね」
フィリップ王子とイルカの群れを見送ってそのままキラキラと輝く海を眺めていると、ノエル様が風で煽られる緑の髪を片手で押さえて話しかけて来た。
風のせいで普段はかっちりと上げている前髪が降りていて、彼の幼少期を思い出しなんだか懐かしい気持ちになった。
その後ろからミルカ王女も走り寄り、わたくしの腰に勢い良く抱き着くので思わずたたらを踏む。
「ええ、楽しんでおりますの。船旅っていいですわね」
ミルカ王女の頭を撫でながら目を細めてわたくしが笑うとノエル様も楽しそうに笑顔を返す。
そして自然な動作でわたくしの肩に薄手のショールをふわり、と掛けた。
「海風、少し冷たいから。風邪をひくと着いてから楽しめないから、ね?」
言いながら更にショールが外れないように前を合わせてから、可愛らしい鳥のブローチで止めてくれる。
……ノエル様、本当に最近彼氏力高いですねぇ……。
「ノエル、たらし力上がってない~?」
「……前々から思ってたんだが。ノエルは何か……ずるいよな」
ミルカ王女がわたくしの腰に巻き付いたまま少し呆れたような声でノエル様に言う。
フィリップ王子も口を尖らせ、不服そうな声を上げた。
ノエル様はなんのことやら、という無邪気な顔できょとんと首を傾げた。
……まぁ、ノエル様は警戒心を抱かせないから、いつの間にか懐に入ってる感はあるわよね。
そんな感じで皆と楽しく過ごしながら。
2日間の航海はあっという間に過ぎて行った。