令嬢13歳・魔法の授業とヒロイン・中
ゲーム内でのヒロインは真面目に勉強をしていたのにも関わらず、魔法が暴発した。
そして現在の転生ヒロイン……シュミナ嬢は、成績が全体的に、とても悪い。
ゲームならステータス上げをサボっていてもこうはならないだろう……と思うくらい、悪い。
なんて突然の辛口批評を始めたのは、彼女の暴発が内心、心配で仕方ないからだ。
フィリップ王子が居るから大丈夫だとは思うんだけど。
ゲーム以上に制御が出来ない彼女だから、それが原因で大暴発が起きたらどれくらいの被害が出るか……。
……わたくしも心の準備をしておこう。
水や土で壁を作って軽い衝撃を受け止めたりくらいは出来るだろう。
ペアを組んだ生徒達が、魔法で出来た破損してもすぐ再生する的に対して魔法を披露して行く。
実技が上手い生徒も、実技が下手な生徒も。
想定の範囲内、という感じの内容で平和に授業は進んでいる。
そしてわたくしとノエル様のペアの番になった。
「ノエル様は、火属性でしたわよね?」
「うん、そう。ろうそくの炎くらいの火か、大きい火の玉か……どっちが出るか分かんないから。すごく迷惑をかけちゃうかも……ごめんね」
ノエル様はそう言って申し訳なさそうに眉毛を下げた。
彼の話を聞きながら、ふむ……とわたくしは思案した。
ノエル様は魔力の量が多くて制御が下手……というこれまた暴発が怖いタイプだ。
ろうそくの炎の方ならいいのだけど……大きい火の玉だとどんな被害が出るかいささか心配だ。
「先生。わたくしがノエル様の補助を最初からしても、大丈夫ですか?ノエル様は……その。制御があまりお得意じゃないので……」
手を上げてアウル先生に訊ねると先生は少し考えて……。
「そうだな、焼野原になっても困る。シュラット君が手伝ってやってくれ」
もじゃもじゃの髪を掻きながら仕方なさそうに言った。
良かった……ひとまず安心ね。
「ノエル様、手を繋いでも宜しいかしら?」
昔マクシミリアンがやってくれたように、わたくしが彼の体内の魔力の流れを明確に彼に意識させ、制御しやすいようにしよう。そう考えたのだ。
「宜しくお願いします、ビアンカ嬢」
そう言ってノエル様は、剣だこだらけの逞しい手を差し出してきた。
わたくしはその手を自分の手と繋いで、ノエル様と的に向かい合った。
ノエル様と手を繋ぐなんて、あの夏祭り以来ね、となんだか懐かしい気持ちになる。
その手の感触は、あの頃と全く違うけれど。
「ノエル様、今から魔力の流れを感じるお手伝いを致しますので。もう片手の指先に魔力の流れを集めるイメージをして下さいまし。そして放出する時は……そうですわね……的に向かって直線で放つイメージをすると良いと思いますわ」
そう言いながら、ノエル様の体内の魔力を手繰った。
重く、膨大な量の魔力がノエル様の体内で渦巻いているのを感じる。
うわ……すごい量……使いこなせないのが本当に勿体ないわ。
「ノエル様、焦らないで下さいましね。ゆっくり……ゆっくり集めて下さい」
「うん、ありがとうビアンカ嬢。ビアンカ嬢と一緒なら、ちゃんと出来そう」
ノエル様はそう言って弾けるように笑って。
「火の矢よ。的を貫け」
朗々と呪文を詠唱しながら魔力を集中させた右手を的へと突き出した。
「ファイアーアロー!」
ノエル様の右手が発光した、と思った瞬間。
シュボッ!と音を立てて、的が欠片一つ残さず蒸発した。
す……すごい……。魔法の的が……全部溶けちゃった。これじゃ再生も出来ないわね……。
魔力が多い人がちゃんと魔法を使えた時の威力って本当にすごい。
「出来たよ!ビアンカ嬢!!」
魔法の成功に舞い上がったノエル様がぎゅうぎゅうと抱き締めてきたけど、く……苦しい!
ノエル様!タップ!タップですよー!!
興奮するのは分かりますけど!苦しいです!そして女性をみだりに抱き締めるものでは無いです!
わたくしがノエル様に絞殺されそうになっている間に、アウル先生が新しい的を用意してくれた。
「シュラット君の番だぞー」
アウル先生の呼び掛けのお陰で、ようやく我に返ったノエル様が済まなさそうにわたくしを解放してくれた。
ああ……体が痛い……痣になってたらどうしよう。
深呼吸を数回して呼吸を落ち着け、的を見る。
無難なのは水魔法かな……万が一暴発しても被害が1番少ないし。
……暴発させる気は、さらさら無いんだけど。
わたくしは指を空に滑らせると、無詠唱で人の頭程の水の球を数十個、周囲に浮かべた。
すると周囲から驚嘆の声が上がった。
呪文の詠唱は、あくまでイメージする為に唱えるものだ。
イメージさえ出来ていれば詠唱なんて必要無い。
何年も農作業の為に魔法を使っていたのだ。練度が違うのよ、練度が。
パチリ、とわたくしが指を鳴らすと水の球は的に向かってどんどんぶつかって行き的を砕く。
的が砕けた後、もう1度わたくしが指を鳴らすと、残っていた水の球は一気に霧散した。
キラキラと雫が弾ける中、わたくしがスカートを持ち上げにっこり笑うと、生徒達から喝采が上がった。
えへへ、たまにはいいところ見せないとね!
これを切っ掛けに話しかけて下さってもいいのよ!
上機嫌のわたくしは同じく上機嫌のノエル様と共に席に戻った。
「ビアンカ嬢はすごいね~!」
「ノエル様こそすごい魔力でしたわ!」
ニコニコと嬉しそうに言うノエル様につられてわたくしも笑顔になったのだけれど。
「じゃあ次はシュミナ・パピヨンとゼル・リカルドのペアだな」
取り巻きの1人と一緒に的の前に立ったシュミナ嬢を見て、笑顔はすっかり消えてしまった。