令嬢13歳・シュミナ嬢とミルカ王女・後
シュミナ嬢の取り巻きに、引っ張られている髪が痛い。
通りすがりの女生徒が小さく悲鳴を上げながらこちらを見た。
……教員を呼ばれたら困るわね。フィリップ王子の耳に入ると面倒だから、あまり騒ぎは大きくしたくない。
「この手をお放しなさい。無礼にも程がありましてよ!」
この男子生徒の家は確か……子爵家ね。
シュラット侯爵家の娘に手を出したのが知れたら、貴方の家は無事では済まされませんよ。
わたくし、騒ぎが大きくなって貴方のお家が無くなるのは望んでいないんだからね?
……そんな思いを込めて彼の目を強く見つめた。伝わってこの気持ち!
「このっ……!権威を振りかざしシュミナ嬢に無礼を働いている分際で!」
彼は……わたくしの髪を離さなかった。ああ……想いってなかなか伝わらない。
ギリギリ、と更に髪を引っ張られる痛みに思わず顔を顰めてしまう。
前世含めて男性に暴力を振るわれるのは初めてで、その圧倒的な力の差に体が自然と竦んだ。
「いい加減にしなよ!!」
ミルカ王女の声が凛と響いたかと思うと、その男子生徒が……横っ飛びに吹っ飛んで土埃を上げ地面を転がった。
……ミルカ王女が……飛び蹴りした!?
彼女は飛び蹴りを喰らい地面に倒れ伏した男子の肩を、更に軽く跳躍してストンピングで踏みつけた。
ゴキリ、と肩が外れる音がして男子生徒が低く呻いた。
ああ…ハイヒールの踵が肩に食い込んでとても痛そう。
ミルカ王女、貴女戦い慣れていらっしゃるのね……!?一国の王女が何故……。
「この子が優しいから、あんたらの家に類が及んでいない事になんで気付かないかなぁ?下位貴族が高位貴族の娘に手を出すなんて普通取り潰しもんだよ?」
ミルカ王女の言葉に、踏み付けられた男子生徒もその他の取り巻きも怯んだ顔をした。
どうして今までその可能性に思い至らなかったのかな……と思うのだけれど、彼らの脳内にはお花が咲き誇っているのだろう。
シュミナ嬢だけが意味が分からないとでもいうような表情でミルカ王女を見つめている。
かと思ったら、その大きな目に涙を浮かべてぽろぽろと零し始めた。
「酷い……貴女達どうしてそんなひどい事が出来るの……?ミルカ王女もその悪役令嬢に騙されているのね?だって貴女は私の親友になる人だもの。私が救ってあげるから、こっちへ来て!」
今度はシュミナ嬢に手を差し出されたミルカ王女がポカン、とした顔をする番だった。
そして冷めた、氷のような視線でシュミナ嬢を睥睨した。
さ……流石、殺害ルート(わたくしの)があるお方……視線で人が貫けそうな迫力だ。
「馬鹿なの?頭が空っぽなの?そんなだからメイカに相手にされていないのに近付いて来れるのねぇ。物事が見えていない人って嫌いよ。メイカにも近付くの止めてくんないかなぁ?万が一その馬鹿なところにメイカが影響されても困るし?流石にメイカもそこまで馬鹿じゃないと思うけどさぁ」
赤い髪を片手でかき上げ苛烈に言葉を並べ立てながら、ミルカ王女は倒れている男子生徒をシュミナ嬢の方へ強く蹴って転がした。
彼は地面と強く摩擦しながら、シュミナ嬢の方へと飛んで行く。
うっ……うわぁ……どんな力で蹴ったらあんな風に転がるの……?
「シュミナ嬢、今日の所は引き下がりましょう」
「彼も怪我をしておりますし…!」
取り巻き達が、転がされた男子生徒を抱え起こしながらシュミナ嬢に撤退を促す。
うん、わたくしもそれがいいと思うわ。
ノーモア国際問題、ノーモア取り潰し、よ。
日和見?だって日本人だもの。波風立てず平和が1番。
これで今日は決着、と思って彼女達に背を向けた時……。
「どうしてなのっ……!!」
シュミナ嬢の甲高い声が、その場に響いた。
振り返ると、彼女はその瞳から美しい雫を次から次へと零し、形の良い唇を噛みしめ。
緩く頭を振ってピンクの髪を揺らしながら、ヒロイン然とした姿でそこに立っていた。
わたくしが何も知らなければ『正義に燃えるヒロインだ』とその姿を見た感想を漏らしただろう。
「ビアンカ様が権力を振りかざして皆を騙しているのね!!私が……きっと皆を正気に戻してみせるからっ……!!」
血を吐くような彼女の叫び。
それはこれからも何かが起きる事を予感させる……わたくしにとっては嫌な叫びだった。
背筋に思わず悪寒が走り、震えてしまう。
「ビアンカ嬢、行こ~?」
震えるわたくしの腕を取って、ミルカ王女が促した。
鉛のように重い足を一歩一歩、無理矢理踏み出し歩く。
……後ろから、シュミナ嬢の鋭い視線が刺さっているのが感じられた。
「ミルカ王女、先程はありがとうございました」
そう、助けて頂いたお礼を言わないと。
……先ほどのミルカ王女……すごかったわね。
もしもあんな事がこれからもあるのなら、わたくしも誰かに護身術を教えて貰いたい。
「ううん、私は鍛えてるからビアンカ嬢を守って当然なの。だからお礼なんていいよ~。それにしても……あの子、思ってた以上にやばい子ね。メイカにも忠告しないとなぁ……」
深い溜め息を吐きながら言うミルカ王女に、わたくしは苦笑いで応えるしか出来なかった。