閑話4・僕の秘密(アルフォンス視点)
16歳…成人になった年。
父との約束であったので、僕は王都を離れ領地へと向かった。
アルフォンス・シュラット、それが僕の名前。
可愛い妹の側を離れるのはどうしても嫌だったけれど…この身に負った責はちゃんと果たさないとね。
しかしどうしてシュラット家の領地は辺境なんだろう…もっと王都に近ければ毎日でもビアンカに会いに帰るのに。
妹は、とても可愛くて、美しくて。天使のようで。
幼い頃の我儘ばかりで僕や父以外、誰も手を差し伸べないから独占出来る彼女もとてもとても可愛かったのだけど…。
今の誰からも愛される天使のような妹もとても可愛い。大好きだ。
血なんか繋がって無ければ、婚姻を結び二人で領地に籠もるのに。
いや、冗談だよ?僕はお兄様、だから。
ああ…本当に領地なんかに行きたくないなぁ…。
領地に着いてから1年がすぐに過ぎて。
僕はビアンカが居ない心の空虚を誤魔化しつつ、叔父に教えを請いながら領地経営に邁進していた。
叔父は聡明な人物だけれど、父と違って権威に興味が無いどちらかというと自由人だ。
名代自体も仕方なく…という感じでやっていた彼は、僕に『アルフォンスが来てくれたから花を育てる時間が増えるな』と笑った。
彼は貴族なのに土いじりが趣味なのだ。
……ビアンカも邸の隅でこっそり畑を作っていたよね。本人はバレていないと思ってたみたいだけど。
可愛くこそこそと何かしてるのが、気にならない訳ないでしょう?
後を付けたら畑の手入れをしていて、彼女の美しい肌が焼けると僕ははらはらしたのだけど…本当に楽しそうなビアンカの笑顔を見て止める気なんてすぐに失せた。
マクシミリアンに頼んでビアンカが作った野菜を分けて貰ったけれど、あれは美味しかったなぁ。
ビアンカは叔父に似たのかもしれない。
ある日僕は屋敷の、とある一室に足を踏み入れた。
「懐かしいな…」
思わず、そんな声が漏れる。
僕が8歳の時に母は病に倒れ、急速に衰え、病が発覚した半年後に亡くなった。
王都ではなく自然豊かな領地で過ごす事を望んだ母が最期までを過ごした場所…それがこの部屋だった。
母の記憶は、すでに遠く……朧気だ。
美しい人だった事は覚えている。そして父に深く愛されていた。
母が亡くなった頃の父の嘆きようは酷かった。
……それこそ、悲しみで母によく似た僕の顔が見れなくなるくらいに。
今では当然父もそんな態度を取る事は無いけれど…あの頃の僕は父に目を逸らされる度に子供なりに傷つきもした。
『お兄様、大丈夫?どこか痛い?ビアンカがいるから勿論平気でしょ?』
……落ち込んでいる僕を慰めてくれたのは、ビアンカだった。
慰めるというには不遜な態度で、だけどその瞳はしっかりと僕を射抜き、小さな手は僕の手を強く握っていた。
3歳の妹はその日から僕の天使になったんだ。
そんな事を思い出しながら亡き母が読んでいたのであろう本がそのままある書架をなんとなく探る。
すると、一冊の本からするりと、紙が滑り落ちた。
(なんだろう…?)
手に取ってそのままの流れで紙を開く。
それは、誰かに宛てようとした手紙のようだった。
――――馬車の事故。
――――亡くなった双子の妹とその夫。
――――生き残った赤ん坊。
――――その生まれたばかりの赤ん坊を自分の子として。
そんな、文字が僕の目に飛び込んで来る。
衝撃に、目が離せない。
これは恐らく……母からの僕への手紙だ。
渡そうとして……最後まで渡せなかった。
恐らく……優しい父は一生秘するつもりだった、僕の秘密。
――――――僕は、母の子ではなく。母の双子の妹の……子……?
母の妹はとある貴族の妻で、2人は馬車の事故で亡くなったとは聞いていたが。
頭の芯は熱くなって…だけど相反するかのように体は冷えて行く。
父と……血が繋がっていない。
それ自体とても……ショックだったのだけれど。
天使と僕は、従兄弟同士……?
知らなかっただけで……婚姻も結べる関係だったのか。
―――――今まで、ビアンカの前で。あくまでいい兄であろうとしていた僕は。なんだったんだ。
もっと早く知っていれば。
王子の婚約者候補になんてさせなかった。
男の侍従なんて側に置かせなかった。
男の友人なんて作らせなかった。
誰にも見せずに、僕の腕に閉じ込めた。
ああ…と深い息が、口から零れた。
知ってしまうには…もう、遅すぎたのだ。
ビアンカは僕の事を…信頼出来る兄としてしか見ていない。
今更ただの男の顔で……無理矢理彼女を手に入れたとしたら。
今までのような笑顔を、ビアンカは見せてくれなくなるだろう。
――――僕は、心の底にこの秘密を沈める。
僕が1番守りたいのは、彼女の笑顔なんだから。
僕は、アルフォンス・シュラット。
リチャード・シュラット侯爵の、息子だ。