妹は好感度に何故か聡い(メイカ視点)
ビアンカ嬢と図書室でひと悶着あった日……というか僕が出だしを間違えてしまったんだが。
その日の夜、僕は妹のミルカに彼女の寮の部屋で叱られていた。
僕らの執事のハウンドが淹れてくれた珈琲に口を付けたいけれど、ミルカの剣幕は凄まじくそれを許さなかった。
「メイカ!あんたなんであんな馬鹿な事したの!ビアンカ嬢はこの国の大貴族の娘なんだよ?国際問題に発展したらどうすんの!しかも私、あの子と折角仲良くなれるとこだったのに!」
双子の妹は珍しく激高して僕に食ってかかる。
なんで……って言われてもなぁ。
あんな綺麗な子、口説かない方が失礼でしょう?あんなに美しい女性は国中探してもなかなか見ないだろう。
自身の好みなんてあの美貌の前には最早どうでもよくなるような、男なら誰でも見惚れてしまう美貌だ。
しかし妹のこの怒りっぷり……ビアンカ嬢の事をかなり気に入っているようだ。
ミルカは普段はふわふわしているくせに、怒るととても怖いのだ。しかも手が出る。
ミルカはパラディスコ王国の貴族が嗜み程度に習う武術に傾倒し……極めてしまった。
そんな妹の拳や蹴りは、冗談じゃなくやばい。
……今度ビアンカ嬢にフォローを入れておこう。
何故かパラディスコ王国の農業に興味があるようだし……いくつか持って来ている作物の種をあげたら喜ぶかな。
こちらには無い珍しい品だ。
「そもそも、メイカが口説いたって脈なんか無いと思うしねぇ」
ふん、と鼻で笑いながらミルカが言う。
……それは、聞き捨てならない。これでも僕は、女性受けは悪くないと自負をしているから。
しかしミルカは人の気持ちの機微に聡いから……ミルカがそう言うのであれば現状そうなのだろう。
ミルカのこういう勘が外れた事は無いんだよなぁ……昔から。
「どうしてそう思う?彼女、好きな人でもいるとか?」
「それ以前にメイカが、好かれてない。第一印象悪すぎ。メイカチャラいし彼女のお好みじゃないと思う。真面目そうな子にあれは無い。私まで巻き添えで嫌われたらどうするのよ」
真顔で立て続けにきっぱりと言われて、流石に少し傷ついた。
あの綺麗な涙を流す傷付きやすそうな少女の事が……僕は気になっていたから。
「……脈、完全に無いかな?」
「フィリップ王子とケンカをする気があるんなら、頑張ってみれば?フィリップ王子も友好関係……ってところから恋愛関係に持って行こうと必死みたいだし」
ああ。あのずば抜けて美しい男が彼女に惚れているのか。
あの容姿の彼が真剣に彼女を口説いているのであれば……勝ち目は確かに薄そうだ。
「ノエルも、本人にあまり自覚が無いみたいだけど彼女の事が好きなんじゃないかな。守りたい気持ちの方が勝ってるみたいだけど」
へぇ、ダウストリア家の息子がね。
あの一見良い人風のどこか掴みどころが無い男が彼女の騎士を務めているのか。
それはまた骨が折れる話だね。
あの男は抜けているようで結構人を見ている食えないヤツだし。
「後はあの綺麗な顔の侍従……マクシミリアン。彼が1番、彼女への執着が根深いわね」
「ああ……あの怖い男」
小国とはいえ、他国の王子からだとしても懸命に自分の主人を守る男。
……あれは、怖い。
立場なんか関係無く、彼女を傷付ければ殺される……そんな確信を持てる殺気を放っていた。
敵に回したく無いけれど、もう手遅れだろうなぁ。
「……面倒だね」
「そう、だからメイカに出る幕なんて無いの」
ミルカが、ざまぁみろ、と言わんばかりの笑顔で言った。
残念だなぁ……とかなり本気でそう思う。
僕の事を、怖がって泣いてしまった彼女……あの子が僕に笑いかけたらどんな顔をするんだろうって興味があったのに。
しかし彼らのガードを交わしながらビアンカ嬢を口説くのはなかなか難しいだろう。
僕も馬鹿じゃないから、それくらいは分かる。
「ビアンカ嬢と同じくらい見た目だけは可愛いくて遊びやすそうな子、いるじゃない。あっちで我慢しておけば?メイカに最近付き纏ってるでしょ?」
「シュミナ・パピヨンの事?」
シュミナ・パピヨン。
あの綺麗な顔の、ピンク色の髪の男爵令嬢か。
彼女は何故か僕のところへよく訪ねて来る。しかし……。
「あの子は綺麗だけど面倒そうだから無理。僕は面倒事は嫌いなんだ」
そう、シュミナ嬢は見た目はとても美しい。でもあれはダメだ。
自分本位で他人を見下していて。思う通りにならないと癇癪を起すのが目に見えている。
一晩の相手ならとも思ったけれど……その後付き纏われて、捨てただなんだと悪評を喚き散らす予感しかしない。
「あはは!確かにあの子はダメね。色々な人からのヘイトを溜めてすっかり存在が爆弾だもの」
ミルカが赤い髪を揺らしながら楽しそうに笑い声を立てた。
……ほんと、いい性格をした妹だね。そんな物件を兄に薦めるなんて。
「シュミナ・パピヨンは見た目だけならミルカも好みだろ?」
「そうね、中身も伴っていたら是非お友達になりたかったわね」
僕ら兄妹は、面食いなのだ。
シュミナ・パピヨン、ね。
あの子を好きになりそうな趣味が悪いヤツに……心当たりがあるんだけど。
彼……面倒な事に巻き込まれないといいねぇ。それとも面倒事に巻き込まれるのはシュミナ嬢の方なのか。
そんな事を思いながら、僕はすっかり冷えた珈琲に口を付けた。
ミルカの好感度チェック。