令嬢13歳・南国の王子からの贈り物・後
食堂に行くと、幸いな事に席はまだまばらに空いていた。
ホッとしながら取り合えずは席を確保する。
お腹を空かせながら午後の授業を受けるなんて真っ平だ。
食堂の職員がオーダーを取りに来たので、わたくしが日替わりランチを頼むとメイカ王子も同じ物を注文した。
ちなみにマクシミリアンはわたくしの授業の間に学園の使用人サロンで昼食を済ませている。
侍従と同席で食事は体面上取れないのよね…前世の経験のせいか、こういう感覚って未だに慣れない。
机に備え付けで置いてあるカトラリーをマクシミリアンが手慣れた仕草で並べ、わたくしの膝にサッとナプキンを引いた。
「ありがとう、マクシミリアン」
「いいえ、お嬢様」
にこにことわたくし達が微笑み合っているのを、メイカ王子が不思議そうな顔で見つめる。
「侍従と随分、仲がいいんだな。ビアンカ嬢は変わってるね」
食事前に運ばれてきた水に口を付けながらメイカ王子が言う。
まぁ…侍従と親し気にしている貴族は、あまり居ないわよね。
物扱いしてる貴族は良く見るけれど。
物扱いしてる人達の方が貴族らしくて、わたくしの方が貴族らしくない、というのは分かってるんだけど…21世紀の人間の記憶が『無理だわ~それ』って言うの。
バッドエンドのフラグの件が無くても無理だったと思うわ。
「6歳の頃から一緒に居ますもの。兄妹のような仲だと思って下さいまし」
わたくしは言いながら『あまり突っ込んで聞くな。面倒なのよ』という気持ちを込めた笑顔を王子に向けた。
メイカ王子が、ふぅん、とわたくしに興味深げな視線を隠さずに向けながら相槌を打った。
……この人、苦手だわ……。
わたくしは内心冷や汗を掻きながらその視線を受け止める。
彼はナンパキャラだけあって…先日はしくじったものの基本的には人の胸の内を想像するのが上手なんだと思う。
今日もわたくしの最も興味があるものを的確に持って来たしね!悔しい事に!
このやり取りの間にもメイカ王子は女生徒男子生徒双方に声を掛けられ、軽く手を振って笑顔で返したりしている。
……ず…ずるい…わたくしにも声をかけて!切実に!ギブミーフレンズ!!
この状況…正に彼はリア充で、わたくしは誰も近付いて来ないぼっちのコミュ障。
対比が本当に辛い…。
対人スキルがトラックとミニカーくらいの差があるから長期戦になると変な襤褸が出そうで嫌な汗が出る。
フィリップ王子でもいいから誰か来てアウェイな空気を変えて…!なんて思うけれど、今日に限ってフィリップ王子もノエル様も居ない…わたくしは絶望感に嘆息した。
目の前に運ばれてきたランチのお魚をマクシミリアンが骨を綺麗に剥がして切り分けてくれる。
ああ…マクシミリアンと2人きりの気楽なランチなら良かったのに…。
切り分けて貰ったお魚を口に運びながら心底そう思った。
「ビアンカ嬢はどうして農業に興味があるんだい?」
綺麗な所作でナイフとフォークを使いながらメイカ王子が尋ねて来る。
食事中に口を開くなんて無作法ね…なんて言うべきなのかもしれないけど。
彼と黙って気まずく食事なんて到底無理だからわたくしも口を開く。
「シュラット侯爵家の領地は、水場が多く土地も肥沃で農業に向いておりますの。しかもまだまだ使える土地はありますから、わたくしも勉強をして父と兄の役に立てればと思ったのですわ。パラディスコ王国特有の作物は我が国での普及はゼロと言っていい状態なので…他の領地に先んじた何かを…と思ったのです」
馬鹿正直に貴方の国に移住して農業をしたいのですわ、なんて言えないので当たり障りのない返答を返す。
侯爵家の令嬢が農業によるビジネスチャンスの開拓を語る時点で当たり障りが無いとは言えないんだけど。
「じゃあなんで、漁業にも興味があるの?シュラット侯爵家の領地に、海は無いよね?」
ぐっ…そう言えばわたくし、ミルカ王女に漁業にも興味があるって言っちゃったわね。
切羽詰まったわたくしはヤケクソで、ギロリ、とメイカ王子に鋭い視線を投げた。
「……詮索する為の場なのでしたら、わたくしお食事が済んだら教室に帰らせて頂きますわ」
言いながら食事のスピードを上げる。
トロナイモの種は惜しいけれど…この人には付き合っていられないわ。
「この前は儚げに泣いてたのに。案外気が強いんだね」
ぐっ…!!
喉にパンが詰まって咽せそうになったのを必死で堪える。
マクシミリアンが察して、背中をさすってくれた。
「まぁいいや。あんまり怒らせると良くないし…そもそもお詫びが目的だものね。はい、これ」
そう言ってメイカ王子は、いくつかの種が入っているらしい袋を並べる。
わたくしはそれに釘付けになった。
「こっちがさっき話したトロナイモ。食感はジャガイモと比べて、かなり粘りが強い。だから茹でたのを練って丸めて食べても美味しいね。それを乾燥させたら保存食にもなる。そしてこっちがマルウリ…こっちにマルウリに似た植物って無いよね?外側が緑で中身が真っ赤で種がいっぱい入っていて水分が多い。かなり大きな果物なんだけど」
ス…スイカ!スイカだぁ!!
夏にスイカが無いのって内心すごく寂しかったのよね!夏の風物詩だもの!
「マルウリ!いいですわね!ああ…魔法で冷やして食べたりしたいですわねぇ」
思わず目が輝き、にへっとだらしなく笑ってしまう。
だってスイカよ、スイカ!
「で、こっちがミルクナ。実ったら横に切ってスプーンでそのまま食べられる。果肉が柔らかくて味はちょっとバターっぽいかな」
アボカドみたいな植物だと想像していたらいいのかな。
ああ…アボカドサラダ食べたい…。
他にもメイカ王子は何種類かの種を見せてくれた。
「今パラディスコ王国ではトロナイモの産出量を増やし、輸出をしようとする取り組みがあってね」
「お芋はどこの国でも使いやすい食材ですものね。保存はききますの?」
「表面を天日で乾燥させた後に冷暗所に置いていればかなり持つね。温度を一定に保つ為に魔石を放り込んでおけばもっと持つ…半年は余裕かな。これは自宅消費が前提だけど、少し傷んでもいいんなら1年は持つかな」
「それだけ保存出来ると輸出しやすいですわね。普段使いとしても非常食としても優秀ですわ」
うん。スローライフを送る際には、いっぱい収穫して倉庫に常備しておきたい。
「トロナイモは他国では生産例が無いからシュラット侯爵家の領地で育てようとすると気候が合わない可能性はあるね」
「気温や土質かなり違うでしょうしね…。いやでも…魔法を上手く使えば…。ちなみに一株からの収穫量はどれくらいですの?」
「そうだね。10~20個くらいかな。費用対効果はかなりいいと思うよ」
ああ、ダメだ。意外に会話が弾んでしまう。
背後からマクシミリアンの視線が刺さっているする…だってこんな話出来る人他に居なくて飢えていたんですもの…!
「……ビアンカ嬢って、パラディスコの貴族への嫁入りは考えた事ないの?」
「へっ!?」
メイカ王子の突然の質問に思わず変な声が出る。
「だって農業の話、楽しそうにするし。うちは貴族でも手ずから農地経営をしてる家が多いんだ。それだけ興味があって畑に立つ気があるんなら…」
「メイカ王子。お嬢様はシュラット侯爵家のご令嬢ですよ?残念ながら、パラディスコ王国の貴族に嫁入りする利点はございません」
マクシミリアンが鋭く会話に切り込んで来る。
まぁ、そうなのよね。
パラディスコ王国は国力的には我が国にかなり…大幅に劣る。
その国の貴族と縁を結ぶよりも国内の有力貴族や王族と縁を結んだ方がいい。
シュラット侯爵家に利は無いのだ。
――――シュラット侯爵家には。
わたくしにはすんごいメリットのある話なのよね……。
「ふーん…君はそれだけの理由で反対なの?…個人的な理由が…あるんじゃない?」
メイカ王子がマクシミリアンに意地悪そうに口角を上げながら言う。
マクシミリアンは珍しく口籠り……悔しそうに押し黙った。
…マクシミリアンの個人的な理由?
「まぁ、うちの国に興味があるなら夏休暇にでも遊びにおいでよ。ミルカも喜ぶから。ささやかな宴もご用意するよ。そこで君が気に入る貴族との出会いもあるかもしれない」
うう…憧れの国でバカンス…!!しかも農地付き貴族男性との合コンもと来た。
でもメイカ王子のお誘いなんだよなぁ…腹に一物って感じで…彼はやはり苦手なのである。
初対面が初対面だし、リア充パリピみたいな人は苦手だからあまりお近づきになりたくないし。
この人に近付き過ぎると、ミルカ王女から殺されるフラグが立つかもしれないし。
お断りしよう、とわたくしが口を開きかけた時。
「いけません。お嬢様!」
必死に、マクシミリアンが言い募るのでわたくしは驚いて目を丸くしてしまう。
しばらく見つめていると、彼から目を逸らされた。
「……マクシミリアン?」
「いや…その…申し訳ありません」
マクシミリアンの様子が……変だわ。
わたくしが夏休暇にパラディスコ王国に行くのがそんなに嫌なのかしら?
大丈夫よ?今お断りするところだったもの。
「マクシミリアン。お誘いは受けないわ。夏休暇は自領にお兄様に会いに行きましょう?」
そう言ってマクシミリアンの手を取って微笑むと、彼はあからさまにホッとした顔をする。
人前でこんなに感情が表に出ている彼なんて…本当に珍しい。
そんなわたくし達の様子を、メイカ王子がまた興味深そうに見ていたけれど。
そんな事よりも今は…様子がおかしいマクシミリアンの方が心配だった。