閑話3・麗しき令嬢の観察(モブ視点)
その日僕…しがない子爵家の次男である…は、図書室で勉学に励んでいた。
僕は、この学園で良い成績を残し、実力を認められ王宮で魔法師として仕官したいと考えている。
だから実力テストも終わったばかりで次のテストまでは遠く、皆が気を抜いてる今の時期こそ勉学に励み皆を出し抜いてやるのだ。
――それにしても、実力テストの結果には驚いた。
シュラット侯爵家のご令嬢がオール満点に近い点数でトップを取ったのだ。
しかも減点はケアレスミス…どれだけの才女なんだよ…。
初めて彼女の姿を見たのは、実力テストの順位を見に行った時だ。
『あれが1位のビアンカ・シュラット様だ。美しい上に才女だなんて…』という周囲のこそこそ話につられてその噂をされている主に目をやると。
透き通るような白い肌、キラキラと陽光を弾いて輝く銀糸の髪。
つり上がってはいるものの、目の奥に宿る柔らかい光が優しさを感じさせる湖面の色の美しい瞳。
絶世の美少女が、掲示板を見ながら嬉しそうに頬を染めて微笑んでいた。
……一瞬で、僕の心は彼女に囚われた。
しかしその彼女の傍らにはフィリップ王子が居て、慈しむような笑顔で何かを言って彼女の頭を柔らかく撫でた。
……絵画みたいなと言うか。夢の世界の住人みたいな2人だよな……本当に僕と同じ人間なのか?
ビアンカ様に見惚れながらそんな事を思ってしまう。
彼女は、王子と親しそうだけど…婚約者なんだろうか…あの気心が知れた雰囲気だとそうなんだろうなぁ…。
その後…学園ですれ違うビアンカ様を目で追う時、自分だけじゃなくて色々な男が彼女を目で追っている事に気付いた。
彼女に憧れている男は当然ながら、とても多かったのだ。
しかし……気高く凛として、だけど触れると壊れそうな雰囲気を持った美しき月下の花に声を掛ける事が出来る勇気のある人間はなかなか居ない。
彼女にはいつも怖い護衛が付いてるしね。
数年前に歴代トップの成績を修め魔法学園を卒業したという彼女の侍従…セルバンデス男爵家令息と、騎士の拝命がもうすでに近いと言われているダウストリア伯爵家令息。
あの双璧が睨みをきかせていなければ、僕だって少しくらい話しかけたい。
身分が違う事なんて分かってるんだけど…勝手に想っているだけなら別にいいよな。
ビアンカ様が手の届かない高嶺の花として確固たる人気があるとすると、パピヨン男爵家令嬢のシュミナ・パピヨン嬢は手の届く可愛らしい花として近頃一部の下位貴族の子息達に人気らしい。
……だけど彼女、なんだか胡散臭いんだよなぁ……。
ビアンカ様に虐められてる、とか言いながら涙目で同情を引いて男達を虜にしてるらしいけど。
遠くから見ている感じビアンカ様が彼女達に絡まれてるようにしか見えないし、ビアンカ様が彼女に自発的に近付く所なんて1度も見た事が無い。
その一部の熱狂的な子息達以外はシュミナ嬢の実態に薄々気付いていて、ビアンカ様に同情的だ。
と言うかさ、シュラット侯爵家の令嬢にケンカを売るとか…あいつら死ぬ気なの?
それに多分だけど王子の婚約者でしょ?マジで死ぬ気なの????
家を取り潰しどころか跡かたなく磨り潰されちゃうよ???
……まぁ、話は冒頭に戻るんだけど。その日僕は図書室で、勉強をしていた。
すると…図書室の扉が開いて、清廉な空気と共にビアンカ様が入室して来たんだ。
当然、机にかじりついていたヤツらの目線はビアンカ様へ集中した。
皆、堂々と見る勇気なんて無いから視界の端で見る、って感じだったけど。
彼女の恐ろしい侍従も、側に居たし…。
ビアンカ様は侍従と楽しそうに何か話しながら、何冊かの本を手に取っていた。
あそこの棚は海外の文化や歴史に関する書籍がある棚か…学園の授業ではやらない範疇まで手を付けようとしているなんて、流石ビアンカ様だなぁ…。
彼女は誰かを待っているみたいで、席に着いてそわそわとしている。
そわそわしている様子が可愛い…。誰だろう、彼女が待っているのは。彼女に待って貰えるなんて羨ましいなぁ。
しばらくすると、彼女と待ち合わせていたらしい男女が彼女に近付いて行く。
あれって…パラディスコ王国の王子と王女?ビアンカ様の交友関係はなんというか…華やかだ。
ビアンカ様が美しいカーテシーと微笑みを披露すると、それを見た連中から吐息が漏れた。
まぁ、その連中の1人は僕なんだが。
……でもそこからが、なんだか雲行きが怪しかった。
メイカ王子が、ビアンカ様を口説き始めたんだ。
「…お戯れは…お止めになって下さいまし」
ビアンカ様の震える、小さな鈴のような声が図書室に響いた。
ああ、月下の花が怖がっている。
助けられたら…なんて思うけれど、たかだか子爵家の子息が他国の王太子に盾突くなんて出来ない…。
もどかしい気持ちで観察していると、ビアンカ様の美しい両目からはらはらと涙が零れ落ちるのが見えた。
……助けないと。後の事なんて考えてられない。
そう思って僕が席を立とうとした時。
「お嬢様!!!」
凄みのある、声が図書室を震わせて…彼女の侍従が彼女を抱き締めていた。
「マ…マクシミリアンっ…怖い…ふぅうっ…」
彼に縋って泣く彼女の姿は……小さくて儚げで……。
どうしてもっと早く、メイカ王子を止めてあげなかったんだろうと、自分の意気地の無さを後悔した。
「……無礼を承知で申しますが。うちのお嬢様は繊細な淑女なのです。このような行為は今後一切謹んで頂けますか」
彼女の侍従は、凛とした目で王子を見据えて言う。
彼…マクシミリアン・セルバンデスの家は男爵家で、本来ならば他国のとはいえ王族にこんな口を利ける立場では無い。
だけど彼は、我が身を顧みず自分の主人を堂々と守ろうとする。
……彼は、すごいな。
一歩も動けなかった自分は、一生敵わない。
ミルカ王女が心底済まなそうに、セルバンデス男爵家子息とビアンカ様に兄の失態を詫びていた。
「わたくし…こそ、申し訳ありません。醜態を晒しまして…っ」
震える声を響かせながら、ビアンカ様が顔を上げた。
涙に濡れた目はしっとりとした銀色の睫毛で彩られ、泣いた事で目の端が赤く色付いているのが…普段の透き通るような美しさに加え、壮絶な妖艶さを演出している。
見つめていた者達は皆、彼女の美しさに打たれ間抜け面を晒していたと思う。
誇り高さを感じる堂々とした佇まいで、彼女は王女と王子の謝罪を受け入れた。
美しく、眩く花開くような、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて。
その微笑みを見ながら僕は悟る。
……やはり彼女は高嶺の……いや、天上の花だ。
僕なんかが、想う事すらおこがましい。
僕はひっそりと、初恋を胸の奥にしまい、永遠の崇拝に変えた。
周囲が勝手に諦めて行くのでビアンカはモテないのです。