令嬢13歳・南国の双子
ああ…これはどうしたらいいんだろう。
頭の奥が痛み、心臓が少しずつ冷えて、胃の腑がずしりと重くなる。
先程まであんなに気持ちが浮き立っていたのに……正に天国から地獄。
お友達が出来る!と喜んでいたのに、攻略対象と死亡フラグがセットでやって来るなんて、悪い冗談か何かかしら。
ミルカ王女、わたくし悪い悪役令嬢じゃないんです。
だから、だから。殺さないで。
…と思うのだけど、現在のところわたくしとシュミナ嬢とは最悪の仲で、彼女を虐めていると一部に吹聴もされている。
ああ…もしかして死亡へのカウントダウンが始まってる…?
「ミルカ王女、ごきげんよう。メイカ王子…お初お目にかかります、ビアンカ・シュラットと申します」
震えそうになる体を無理矢理動かし、カーテシーを披露した後にっこりと微笑んでみせた。
よーし、よく動いた体と表情筋!失礼な事はせずに済んだわ!
昔、ノエル様と出会った時を思い出すなぁ…。あの件があったから耐性が少しでもあって良かった。
じゃなければまた、マクシミリアンに縋りついていたかもしれない。
と言うか、ビアンカ意外と死ぬわね?攻略対象4人のうち2人のルートで死ぬってどういう事?
「ビアンカ嬢、今日は無理に同席してしまって済まないね。それにしても…ミルカに聞いた以上に美しい方だな…」
いきなり、メイカ王子の手が伸びてきて、顎を捉えられ顔を上へと向けられる。
すると彼の精悍な美貌が眼前に広がり、その新緑の瞳に視線が絡めとられた。
あ…顎クイってヤツじゃないですか…!流石ナンパキャラ…最初っから飛ばして来るなぁ。
でもね、今はそれに照れた反応したりとか出来る精神状態じゃないの…!!
「…お戯れは…お止めになって下さいまし」
ぐちゃぐちゃな精神状態を反映したかのように、喉から絞り出したような弱々しい震え声が口から零れてしまう。
わたくしはメイカ王子から視線を逸らし、その手から逃れようと後ろに身を引いた。
……と思ったのだけど、腰をがっちりと掴まれて身動きが取れない。
「つれない子だね?」
と、セクシーに微笑んで言われたけど…今は脳内の整理をしたいの!
そしてタイミングを見計らってミルカ王女に現在のシュミナ嬢との関係を訊きたいのよ!
彼女とシュミナ嬢がもうすでに親友関係なのであれば悲しいけれど少しづつミルカ王女との友人関係をフェードアウトして行った方がいいのかな…。
ああ…やっと女の子の友達が出来ると思ったのに。なんだか泣きそう。
精神的なダメージがかなり来ていたのか、目からポロポロと、大粒の涙が零れ落ちてしまう。
それを見たメイカ王子の目が、大きく見開かれた。
「お嬢様!!!」
「ちょっとメイカ!!いい加減にしな!!!!」
マクシミリアンが叫んでわたくしの体を引っ張るのと、ミルカ王女が声を荒げてメイカ王子の頭を殴るのとが同時だった。
後ろに引っ張られた勢いのまま、体がマクシミリアンの胸の中に抱きすくめられる。
「マ…マクシミリアンっ…怖い…ふぅうっ…」
彼の体温を感じた瞬間、安心感で更に涙が止まらなくなって抱き着いたまま嗚咽を上げてボロボロと泣いてしまう。
初対面の…しかも他国の王族であるメイカ王子が居るのに、何をやってるの情けない。
わたくしこの国の権威あるシュラット侯爵家の令嬢なのよ。
こんな姿を衆目に晒したら、父様に恥をかかせてしまうのに。
でも一気に色々な事がありすぎて、脳内はぐちゃぐちゃで。涙は決壊したダムのように止まらず溢れて。
マクシミリアンに頭を撫でられながら、子供のように泣きじゃくってしまう。
「……無礼を承知で申しますが。うちのお嬢様は繊細な淑女なのです。このような行為は今後一切謹んで頂けますか」
メイカ王子に声を荒げてマクシミリアンが言う。
だめ、マクシミリアン。こんな風になってしまったわたくしが悪いんだから。
他の国の王族に無礼を働いたら、貴方がどうなるか分からない。そんなのは、嫌だ。
「マクシミリアン。今回のはうちのメイカが全面的に悪いから。本当にごめん」
ミルカ王女が、いつものふにゃっとした可愛らしい声じゃなくてキリッと引き締まった真剣な声音でマクシミリアンに言うのが聞こえる。
「ビアンカ嬢、ごめんね~。うちの馬鹿が…」
マクシミリアンに抱きすくめられているわたくしの後頭部を、ミルカ王女のものらしい柔らかい手がふわふわと撫でた。
うう…ミルカ王女いい子…お友達でいたい…。
「わたくし…こそ、申し訳ありません。醜態を晒しまして…っ」
みっともない泣き顔だろうな…と分かっているけれど、顔を上げてミルカ王女と向き合った。
図書室に居た生徒の視線もいつの間にかこちらに集中している。
ほぅ…とわたくしの顔を見たまま何故か茫然とした表情を浮かべている生徒達も居るけど…。なんなの、淑女の泣き顔がそんなに可笑しいの…?
もしかして鼻水でも出てるのかしら!?
「ビアンカ嬢、済まない。調子に乗りすぎた…」
気まずそうに、視線を逸らしながらメイカ王子も謝罪してくる。
……これ以上王族に謝罪をさせてしまうと、パラディスコ王国の面目にも関わって来るから止めさせないと。
「いいえ。わたくしの心が弱いのがいけなかったのです。本当にご迷惑をお掛けしましたわ」
――だからもう謝らないで下さいまし。
微笑みながらそんな視線をミルカ王女とメイカ王子に投げた。
安心感を得たくて思わず片手でマクシミリアンの手を握りしめてしまったのは、見逃して下さい。
ぎゅっと握り返されると心が落ち着いて、涙が引いて行った。
「あのね、ビアンカ嬢。こんな事があったけど、その。友達になるの、取り消さないでね!私、ビアンカ嬢と仲良くしたいの!」
ミルカ王女が、必死な表情でそんな嬉しい事を言ってくるから。
……せっかく落ち着いたわたくしの涙腺はまた決壊してしまった。
この子に殺されるかもしれないけど。
わたくし…ミルカ王女と友達でいてもいいかな…?