ヒロインは世界の中心に降り立つ(シュミナ視点)
私、シュミナ・パピヨン男爵家令嬢!そしてこの世界のヒロインよ。
――なんて言うと頭がおかしいと思われそうなのだけど。
実際にそうなんだから仕方がないわよね?
私には前世の記憶があるから、この世界…乙女ゲーム『胡蝶の恋~優しき蝶は溺愛される~』のヒロインに生まれ変わったんだって小さな頃に気付いたの。
気付いた時には狂喜乱舞だった。
だってそうでしょう?この世界は私の為にあるって確信出来たのよ?そんな素晴らしい事ってないわよ。
前世の私は、冴えない中学生だった。
容姿も頭も悪くて取り柄も無くて。同じように冴えないオタク仲間とつるんで教室の隅で2次元の話をしたり、大好きな乙女ゲームをしたりが唯一の楽しみ。
そんな、よく居る地味な中学生。
勿論冴えない私だって、現実の恋に興味がある。
だけど…クラスの陽キャなイケメンを指を咥えて見ていても、少女漫画みたいな恋は起こらない。
むしろ肩がぶつかると嫌な顔をされ、地味だなんだと陰口を叩かれる。
…陰キャな女の子がヒーローに愛される物語なんて、嘘っぱちだ。
クラスの中心に居るヤツらはずるい。
だって生まれながらに恵まれた容姿を持ってて、頭も良くて、明るくて、社交的で。
スペックが最初から違うじゃない。
私は素敵な彼氏なんか出来ないまま、恋を知らずに大人になるんだろうか?
――――ずるいずるいずるいずるい。誰か素敵なイケメンが私を好きになってよ。なんで世界は私の味方じゃないんだろう。
神様お願い。私を世界の主人公にして。最初から恵まれて、愛される為に生まれ変わりたい。
そんな事を思っていたからか…。
クラクションの音を聞いた、と思った次の瞬間。
私は――別人になっていた。
(なにこれ、どうして?ここはどこ?)
(私、車に轢かれたんじゃ)
戸惑っているうちに、『こっち』の私の記憶がどんどん私の中に流れ込んできて。
ああ…この記憶を私は『知っている』。
実際体験をした訳じゃないけれど、知識として、知っている。
これは……シュミナ・パピヨンの記憶。
貧しい男爵家に生まれ、美しく優しい父と母に愛されて育ち、純粋で無邪気な美しい少女として育っていくヒロイン…シュミナ・パピヨンの。
『胡蝶の恋~優しき蝶は溺愛される~』は私が特に夢中になってプレイしたゲームだった。
美しいスチル、豪華な声優、攻略キャラからの溢れる程の甘い言葉…。
夢中になって何度も何度もクリアした。
不満を言うと王子ルートのライバルキャラ…ビアンカが国外追放で済むのがちょっとね。
あれだけシュミナに酷い事をしたのに、生温い処罰だと思わない?
まぁ泣き叫ぶ姿はざまーみろって思ったけど。
……私がシュミナだったらもっと徹底的な処罰を求めるのにってずっと思ってた。
鏡を見ると、ピンクのふわふわした髪の7歳くらいの少女がこちらを見ている。
白い肌、薔薇色の頬、整った顔立ちに優し気な眼差し。
ゲーム中のヒロインよりも幼いけれど、間違いない。
口角が、自然と上がる。
――――私はシュミナなのだ。
(私は、主役)
私が微笑むと鏡の中の少女も二コリと、美しい笑みを浮かべる。
なんて美しいの。前世の私とは何もかもが違う!
しかも将来はイケメンとの恋が約束されているのだ。
私は、記憶に刻まれた数々のスチルを思い浮かべうっとりとする。
あの言葉も、あのキスも……全部全部私のものになるんだ。
この世界はリセットがきく世界なのかしら?
そうじゃないのならハーレムルートを目指すのがいいわね。それがいい。
だって私はヒロインだから、皆私を愛してくれるのに…誰かが仲間外れになるなんて可哀想よ。
フィリップ王子、マクシミリアン、ノエル様、そして―――様。
隠しキャラの――――も忘れてはいけない。
皆待っていて。
私を愛する為に生まれた、私の為の皆。
――私が皆を、愛してあげるから。