令嬢13歳・カフェテリアにて
「最近変な女に付きまとわれているんだ…」
魔法学園への入学から1週間。
学園のカフェテリアで、フィリップ王子、ノエル様、そして背後に影のように控えたマクシミリアンとティータイムを楽しんでいた時。
フィリップ王子がその豪奢という表現が相応しい美しいかんばせに苦悩を浮かべ、深く沈痛な色を含む溜め息を吐いた。
ああ…周囲の空気が桃色になった気がする。その色気を仕舞って下さい。
当てられた生徒達がうっとりとした羨望と欲望と恋慕と…色々な物が混じった目で王子を見つめている。
「それって…どんな子ですの?」
訊かなくても多分あの子…シュミナ・パピヨン男爵令嬢なんだろうけど…。
一応訊いてみる事にする。
「ピンク髪で、聞いたことも無いような家の男爵令嬢だ」
王子の言葉に、ああ…やっぱり、とわたくしは思いながら紅茶を口にした。
シュミナ嬢はフィリップ王子にも付きまとっているらしい。
わたくしも入学早々彼女とひと悶着あった、と言う事を伝えると王子が渋い顔をした。
「ちなみに…フィリップ様はその男爵令嬢に惹かれたりはしておりませんの?性格はともかくお顔はとっても可愛かったでしょう?」
これは、ちゃんと確認しておきたい。
王子とシュミナ嬢がくっ付くという事は、わたくしが王妃にならなくて済むという事なのだから!
憧れの国外追放の可能性だって芽生えるのだ!
今の王子がわたくしを国外追放する図がいまいち想像は付かないんだけど、あのシュミナ嬢は平気で濡れ衣を着せそうだしね…。
だけど『ゲーム』のヒロインならともかくあのシュミナ嬢というのがなぁ…。
幼い頃からの友人がくっ付いて『わーい!』と喜べる相手じゃとても無いのよね…やっぱり、無いな。
どうしてもあの子が好きなら仕方ないけれど、出来ればシュミナ嬢じゃなくて別の人を好きになって欲しい。
王子にもちゃんと幸せになって欲しいから。
気配を感じ顔を上げると、目の前にキラキラと眩しい笑みを浮かべたフィリップ王子の顔があった。
な…なんで嬉しそうなの!?
そしてなんで跪いて手を取ろうとするの!?
「ビアンカ、妬いてるのか?馬鹿だな、あんな女に俺の心が奪われる訳ないだろう?俺が結婚したいのはお前だけだと何回言えば…」
手を取り、甘く囁いて、手に口付けようとする王子を、マクシミリアンが無言で引き剥がす。
た…助かった…うちの執事は本当に頼りになるわ。
ここは学園のカフェテリア。沢山の人が居るのだ。
万が一人に見られて、王子に口説かれてるとかそんな噂が立ったらどうするのよ!
わたくしに想いを寄せているかもしれない令息が寄って来ないじゃない!
残念そうな顔の王子を視線で軽く威嚇して、周囲に見られていないか確認すると…。
わたくし達が座っている一角には……数々の生徒の視線が投げられていた。
うん、まぁ。男子達…3人共麗しいものね。一人は王子様ですもんね。そりゃずっと見てますよね。
王子狙いらしい令嬢からのじっとりと恨みが篭った視線も沢山感じる…。
フィリップ王子、わたくしこれをきっかけに虐められでもしたら恨むわよ?
シュラット侯爵家の令嬢を虐める人なんて、そうそう居ないとは思うのだけど。
……いや、現在進行形で、虐めと似たような事をして来る方々が居たわね。
シュミナ・パピヨン男爵令嬢とその取り巻き達。
近頃、シュミナ嬢は下位貴族の令息達に取り入り、取り巻きを引き連れるようになっていた。
入学から一週間ですごいわね…どれだけ精力的なの。
そしてその取り巻きの令息達と共に、ちょこちょことわたくしに絡んで来るのだ…本当に止めて欲しい。
『身分を盾にシュミナ嬢の交友関係を縛るのを止めて下さい!』とか。
『貴女は見た目は美しいかもしれないが…シュミナ嬢と違って心は…』とか。
散々取り巻きに言わせてあの子、後ろでいかにも被害者ですって涙目で立ってるのよね…。
影でわたくし何を言われているの?もしかしなくても勝手に悪役令嬢にされてない?
社交的なノエル様が彼らを柔らかく諌めつつ盾になってくれる事が多くて本当に申し訳無い。
そして…わたくしに暴言を吐いた彼女の取り巻き達が謎の怪我をしたと聞くけれど…マクシミリアン、貴方何もしてないわよね?たまにスッキリした顔してるけど。怖くて問い詰められない…。
流石に彼女達も王子が居る時には暴言を吐きに寄って来ないので、王子が安息地のような状態になっている。
フィリップ王子にはシュミナ嬢と入学早々揉めた事は伝えたけれど、取り巻きを連れた彼女に絡まれている事に関しては伝えていないし…これからも伝える気が無い。ノエル様にも口止めしている。
だって王子が出てきたら面倒ごとが起きる気しかしないんだもん。
と言うか取り巻きの令息さん達。わたくしに絡んで来るなんてうちの父様に知れたら下手すればお家が取り潰される可能性もあるんだけど分かってるのかな…。
父様の娘溺愛っぷりは今も健在…と言うか、日増しに酷くなってるのよ?
シュミナ嬢を女神と崇め目がハートになっている彼らには、そこまで思考が及ばないのだろう。
変な恨みを買いたくないから、わたくしは父様に言いつけたりはしないけど…マクシミリアンがそろそろ我慢の限界みたいだし、王子に知られても何かとんでもない事をしそうな気がする。
わたくしが彼らを抑えているうちに早く正気に戻って欲しい。切実に。
そしてシュミナ嬢ですら友達(取り巻き?)を作っているのに…わたくしは、何故かクラスで浮いているようで…友達がなかなか出来ないのだ。
だからマクシミリアンやノエル様、フィリップ王子、と言ういつものメンバーとばかり一緒に居る。
イツメンもそりゃ、大事ですよ。でも…。
折角の学園生活なんだから、新しい友達も欲しい。
出来れば女友達が、欲しい。切実に。
恋バナとか聞きたい。
頑張って同じクラスの子に声を掛けても、反応が芳しくないのよね…。
廊下でシュミナ嬢とやりあった件と、シュミナ嬢と取り巻き達に絡まれてる件で、きっと敬遠されてるんだ…。
そして今の王子の一件で益々…。
じっと王子を睨むと、何を勘違いしたのか頬を赤く染められた。
べっ別に王子を見つめたんじゃないんだからね!本当に勘違いしないで欲しいです!お願いします!
「それにしても…あの女何を考えてるんだろ。側妃にでもなりたいのかな」
ノエル様が、端正な顔に不快感を貼り付けて言う。
何を考えていると言うか…攻略しようとしてるんだろうなぁ。
「……あの方とは、もう関わりたくないですわ」
心の底からの気持ちで漏れたわたくしの言葉に、皆様、一様に頷いた。
「ねー何してんのー?」
軽い口調で突然声を掛けられ、困惑する。
遠巻きに見ていた生徒達からもさざめきが上がる。
声の主に目を向けるとそこには小麦色に焼けた肌に、ふんわりと柔らかそうな質感の赤い髪を靡かせた女生徒が立っていた。