令嬢13歳・ヒロインを観察する事を決める
マクシミリアンとヒロインの出会いイベントは、不発に終わった。
この世界がゲームと『似た』現実なのか。
ヒロインのために存在する『ゲームの世界』なのか。
この違いは大きなものだ。
今まで、わたくしはゲームのビアンカとは違う行動を取って来た。
結果、マクシミリアンとわたくしとの関係は良好過ぎる主従関係と言えるし、フィリップ王子、ノエル様ともいいお友達として過ごしている。
しかしゲーム期間に入った途端に…彼らとの関係性がゲーム中のものに強制的に書き換わったら。
……これは近頃、わたくしが最も恐れていた事だった。
折角仲良くなれたのに、それは寂しいし、悲しすぎる。
正直学園入学の半年前くらいから不安によるストレスで睡眠時間も減ってしまった。
昼間にその分寝たけど。昼寝してたらいつの間にかマクシミリアンに膝枕なんてされてたけど。
や…止めて!恥ずかしいから、本当に!
だけど…マクシミリアンとヒロインのイベントは不発に終わった。
この世界はあくまでゲームと『似た』世界で、強制力なんて存在しないの?
…皆と仲が良いままでいられる?
断じるのはまだ危険だけれど、これはわたくしにとっては朗報だった。
……それに……。
『なんでなのよッ!!!!!』
先程聞こえたヒロインの叫び。
あれはイベントの展開を『知っていた』からこそ出たものなんじゃ…。
「あの子……転生者……?」
わたくしは顎に手を当て、シリアスな雰囲気で呟いた。
マクシミリアンにお姫様抱っこされた状態だと格好が付かないけど。
「お嬢様は本当に羽根のように軽いですね。もっと食べないといけませんよ」
マクシミリアン、思考の邪魔をしないで。と言うか降ろして!転ばないから!
それに軽くなんてないわよ。ジョアンナと貴方がしょっちゅうわたくしにおやつを与えるせいでむしろ太ったはずなのよ?
胸は育たないのに……ジョアンナのおっきいお胸が羨ましい。
気が付くと他の生徒達がお姫様抱っこされて運ばれるわたくしをチラチラと見ていた。は…恥ずかしい…。
顔を赤くしている女生徒も沢山居る。そうよね、マクシミリアンはカッコいいから。
その日、『侯爵家の麗しき病弱令嬢とその美しい侍従』の噂が学園を飛び交った……と言うのは後からフィリップ王子に聞いた。
そんな恥ずかしい噂になっていたなんて…。
女子寮に荷物を置いて、マクシミリアンを連れて講堂へ向かう。
基本的に学園を連れ歩くのは護衛も兼ねているので男性の侍従であるマクシミリアンだ。
ジョアンナには書類関係の処理や生活の事をお願いしている。
わたくしのように侍従や侍女を連れ歩く子息子女は大体上位貴族だ。
使用人寮の部屋の人数分の確保や、彼らの生活費、学園にある使用人の待機用サロンの使用料…侍従や侍女を連れ歩く事にコストはかなりかかるから。
彼らを連れていると身分の証左になるから揉め事も減らせると父様が言っていたっけ。
講堂の外にマクシミリアンには待機して貰い、わたくしは入学式に参加した。
新入生代表の挨拶はフィリップ王子だ。
近頃また美しさに磨きがかかっていると言うか…観賞用としては拝みたくなるレベルなのよね。
声も朗々と響く美しいテノールで、殆どの女生徒がうっとりとしながらそのお姿を見ていた。
中には卒倒する生徒も居る。美しいってすごい。
わたくしが据わった席の少し離れた斜め前辺りに、ピンクの頭髪が見えた。
ヒロイン…シュミナ・パピヨン男爵令嬢だ。
彼女も落ち着きなく、顔を赤くしてフィリップ王子を見ている。
シュミナ嬢はヒロインなだけあって、見た目が非常に可愛らしい。
わたくしも美しいのだけれどつり目がちな、明るい雰囲気とは言い難い(よく月に例えられるし)見た目の美少女だから取っ付き辛い自覚はある。
対してシュミナ嬢は明るいピンク色の髪、思わず吸い付きたくなるような白い肌に薔薇色の頬、利発そうな茶色の目。その印象は小動物、と言う感じで見ていて微笑ましい気持ちになる親しみやすい容姿の美少女だ。
栗鼠、可愛い子栗鼠って感じね。
(はぇ~さっすが主人公は可愛いっスなぁ)
前世では自分の分身だったのだ。あの容姿にはとても愛着がある。
ちょっと羨ましいな、なんて思ってしまう。
あー可愛い。舞台版…蝶ステの主演女優さんも可愛かったけど本物はやっぱり違うなぁ。
彼女が転生者かどうかは、とても大事だ。
恐らくわたくしの過去の行動によるバタフライエフェクト効果で彼女とマクシミリアンの出会いイベントが無くなった。
彼女が転生者の場合。イベントが起きなかった事でわたくしがゲームのビアンカじゃないと勘付くかもしれない。
その際に、どんな行動を起こされるか…わたくしには予測が付かない。
彼女には関わらない。でもしっかり観察はしないとね。
わたくしはそう決めて、フィリップ王子を見ながらうっとりしている彼女を見つめた。