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閑話2・わたしとお嬢様と料理(ジョアンナ視点)

わたしはジョアンナ・ストラタス。シュラット家に仕えるメイドです。

王都に名を轟かせるストラタス商会の4女でございます。

何かご入用の際には、ぜひストラタス商会へ。

口紅から帆船まで、なんでも取り揃えております!


話が反れましたね。


わたしはお嬢様が2歳の頃からお側に控え、お嬢様の身の回りのお世話をしてきました。

お嬢様は最近までとても我儘なお子様でした。

我儘なんて可愛いものじゃなかったわね。あれは悪童よ、悪童。

服を裂かれ、我儘を言われては頬をぶたれ…。

鞭で胸を叩かれた時にはクビになってもいいからお尻をひっぱたいていいかしら?と本気で思ったわ。

しかしとある日庭園にある泉に落ちてから、お嬢様は激変されたのです。


悪童がその日を境に天使になったのです!


「ジョアンナ、これでいいかしら?」


今日はお嬢様にお願いされ、料理を一緒に作る事になっています。

侯爵家のご令嬢が厨房に立つなんて、寡聞にして今まで聞いた事が無いけれど…。


「どうしてもお料理を作ってみたいの。調理器具の使い方も覚えたいし…」


とキラキラした目でお嬢様に言われては断る理由も無いのです。


エプロンを身に付けたお嬢様がくるっと回るのを見るとわたしまで幸せな気持ちになります。

今日のお嬢様は黄色のワンピースに赤い靴を履いていてまるでチューリップの妖精みたい。

その妖精が白いエプロンを付けてニコニコとこちらへ向けて笑っている…。

いや、ここまで可愛らしいと転じて悪魔かもしれない。お嬢様は人を惑わせる小悪魔…!


お嬢様はエプロンがお気に召したようで両手で摘み上げて持ち、


「こんな可愛いエプロンならいつでも身に付けていたいわ」


なんて言って鈴が転がるような綺麗な笑い声を上げたのです。

そのエプロンはわたしが作ったものです。勿論一針一針に愛情を込めております。

重い?そんな事ありませんよ。

…執事見習いのマクシミリアン…マックスや、旦那様、お坊ちゃま。

この邸にはわたしの数百倍、お嬢様に重たい想いを寄せる人々が存在するのですから。

わたしの想いなどむしろ羽根のように軽いものだと自負しています。

最近のマックスなんて特に凄まじいのです。

昔はもっと無表情な子だったのに、現在はお嬢様への愛情をデレデレと垂れ流しながら纏わりつき過剰すぎる接触を図っているのです。


それにしてもお嬢様ったら。

なんて、なんて可愛らしいの。食べてしまいたいわ。


わたしはそう言いたいのを堪えて、


「お嬢様、とってもお似合いです」


と言って微笑んだ。おっと、口の端から涎が。


厨房に入ると、コックのラヨシュが出迎えてくれました。

お嬢様のお願いで厨房を使いたい、と言う話を彼にしたら手伝うと言ってくれたの。

彼は黒髪、碧眼で彫りの深い顔立ち…年の頃は30半ばと言うところかしら。

どちらかと言うと整った容姿の彼だけれど非常に無口で愛想が無いので、女性からの受けは悪いのよね。

更に子供受けはとても悪い。

そんな彼にも臆せず話しかけ、いつの間にか仲良しになっていたお嬢様はすごい。


「お嬢様は、何が作りたいんだ?」


ラヨシュが訊くと、お嬢様は少し考えて。


「野菜が多めのメニューで、出来れば飽きがこなくて簡単なものをいくつか教えて欲しいわ。わたくし料理の経験が無いから、簡単なのはとても大事なの……」


『…お母さんに全部任せてたから料理のスキルは皆無なのよね』と小声でお嬢様が呟いていたけれど、奥方様が存命の頃に厨房に立っていたはずもなく…謎である。

お嬢様は時々謎の発言をするが、一介のメイドごときには理解出来ない高尚な事を考えてらっしゃるのだろう…とわたしは素知らぬ顔をする事に決めています。


2時間後。

お嬢様が作った『野菜のポトフ』が完成しました。

お嬢様はなんというか…野菜を切ったりは意外にお上手なんですけど、味付けのセンスが無いみたいで…。

ラヨシュに言われた量を入れているはずなのに、味見をすると何故か首を傾げる結果になると言うか。

これも一種の才能なんでしょうか。

スープの味は…うん、しょっぱいですね。

食べられない事は無い…けれど決して美味しくはないこのある意味絶妙な味加減…。


「…しょっぱい」


お嬢様も少し顔をしかめながら食べてるけど…完食は難しいかしら。

たまたま通りかかったマックスに食べるか聞いてみたら一も二も無く飛びつき、結構な量が残っていたスープを完食してしまったのには驚きました。

しかもこの子、お野菜…特に緑のものと人参は苦手なはずなのに。


「お嬢様の作るものは、とても素晴らしいですね!美味しいです!」


マックスの盲目ぶりは正直どうかと思う時があるわ…。


「マクシミリアン、気を遣ってくれなくてもいいのよ…」


暗い顔でお嬢様が言う…ああ、そんなに眉毛を下げちゃって…。


「いいえ!お嬢様の作るものでしたら。私は塩分過多になろうと幸せなのです」


マックス…貴方もしょっぱいと思っていたのね。味覚が狂っている訳じゃなくてちょっと安心したわ。

マックスのその発言にお嬢様は涙目になってしょげ返っている。可愛い。


「つ…次はもっと美味しく出来るように頑張るから!」


涙目で言いながら、お嬢様はガッツポーズを決めた。


お嬢様のお気が済むまで、ジョアンナはいつまでもお付き合いしますよ。

例えしょっぱい料理を定期的に食べさせられる事となったとしても。


…可愛すぎてたまに揶揄ったりもしちゃいますけど。

わたしも、お嬢様の事が大好きなのです。

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