多分脱・我儘令嬢をしたわたくしと3人目の攻略対象・前
勉強し、マナーレッスンをし、魔法の練習をし、畑の世話をする(そして渋々大体週1で遊びに来る王子の相手をする)
そんな充実した日々の中、唯一上手く行っていない事がある。
(残り2人の攻略対象の事が…全く思い出せない…)
ゲームについて思い出した事をノートに書き留めるが、残り2人の事だけすっぽりと抜けている。
思い出せなくてもやもやする。あんなに何周もやったのに。
乙女ゲームお決まりのキャラ属性から、居そうなキャラを想像してみると…。
王子系・クール系はもう居る…から可能性が高いのは『体育会系わんこキャラ』や『お色気チャラ男枠』かな。
うん、体育会系は確実に居るだろう。ファンタジーの世界だし騎士…の可能性が高い。
そしてヒロインの相手役に相応しいスペックの、ある程度の家柄の者だと予想される。
ありがちなパターンだと、王子の近衛候補とかよね。
必要以上に近寄りたくないからこそ、誰が攻略キャラなのかは把握しておきたい。
マクシミリアンの時みたいに、会えば記憶が蘇る気がするから…遠くからこっそり、見る方法があればいいんだけどなぁ。
こっそり、遠くから見て、思い出したら関わらず退散したい。
そう、切実に願っていたのに。
「やぁ、ビアンカ」
「いらっしゃいませ、フィリップ様」
今日もフィリップ王子が邸へ訪ねて来た。
彼との関係性は、知り合いから友達、くらいに移行している。
週一で来られると流石に情が移ってしまうから…うん。仕方ない。
好意的に接してくる相手を邪険に出来る程、わたくしも鬼では無いのだ。
それに付随して王子の呼び方も殿下からフィリップ様に移行せざるを得なかった。
だって…すごく拗ねるんだもん。
『お前は…そんなに俺と仲良くなりたくないのか?』
とイケショタにうるうるされたら演技だろうなと分かっていてもほだされてしまうのは仕方ないのだ…。
これだから自分の容姿の使い所を分かっているヤツは!
フィリップ様ってわたくしが呼んだ瞬間、ガッツポーズ決めたのをちゃんと見てたからな。
それにしてもこの世界にはどうしてスクリーンショット機能が無いのだろう…。
悔しいけれど上目遣いイケショタすごく可愛かったです。
「今日は連れがいるんだが、大丈夫か?」
「お連れ様…ですか?」
いつも王子は当然護衛の騎士や王子付きのメイドを連れて来ているのだが、それ以外に誰か連れて来たのは初めてだ。
「お友達ですか?別に構いませんけど」
「…友達と言うか…。ビアンカの事を話したらどうしても見てみたいと言い出してな」
勝手に噂をしないで頂きたい。わたくしは波風立てずにゲーム期間終了まで過ごし、出来れば南国スローライフ(次点畑仕事をさせてくれる家に嫁入り)がしたいのだ。
王子がメイドに馬車に居る人物を連れて来るように命じ、しばらくするとメイドが誰かを連れて来た。
その人物の顔を見て、わたくしは息が止まりそうになる。
日に良く焼けた肌。悪戯っ子のような表情。
緑の髪は日を浴びてきらきら輝き、澄んだ茶色の目は利発な印象を与える。
太陽の下が似合う、健康的な美少年だ。
しかし。
――――あ、ダメだ。
「ノエル・ダウストリアです。お見知りおきを、ビアンカ嬢!フィリップ様とは仲良くさせて貰ってます!」
大きな声で元気に言って、にこっと弾ける笑顔で笑う。
「別に仲良くない。お前が勝手に城まで絡みに来るだけだろう」
言ってフィリップ王子がノエルと名乗った少年を小突く。
なんだかんだと気安い仲らしく、普段は大人の中で大人のようにならざるを得ないフィリップ様が彼とは普通の少年のようにじゃれる様は微笑ましい。
その微笑ましい光景を…わたくしは真っ青になりながら見ていた。
――――この少年は、わたくしの死亡エンドに関わる、攻略キャラじゃないか。
記憶が脳内をぐるぐると駆け巡る。
ノエル・ダウストリア。
フィリップ王子の親友で、代々王家に使える騎士を輩出する、ダウストリア伯爵家の長男だ。
彼は優秀な騎士である父親に、激しいコンプレックスを抱いている。
父は息子が必ずこの逆境から立ち上がれると信じ彼を厳しく鍛えるのだが、彼の心はそれで折れてしまい、魔法学園に入る頃には道楽息子の見本のように遊び惚け、騎士の訓練を疎かにしている。
だが、か弱く可憐なヒロインと出会いこの人を守る為にまた頑張ろうと彼は再度奮起するのだ。
そしてノエルは、立派な近衛騎士となる…。
ノエルが絡むビアンカの末路は悲惨だ。
王子の親友であるノエルとヒロインが親しくなれば、当然王子もその輪に加わる。
楽しそうに笑いあう3人。孤独を募らせるビアンカ。
一生懸命、王子の気を引こうと話しかけるビアンカだが、自分は冷たくあしらわれ、王子の側にはいつもヒロインの姿。
疎外感と危機感を感じたビアンカが、ヒロインにナイフを向けた結果…。
一刀のもとに斬り捨てられるのだ、この男に。
容赦ない死亡エンド…苦しまないだけマシだけど。
でもね?乙女ゲームでわざわざ殺さなくても良くない?穏便に捕えるとか、もっとうまい具合にどうして出来なかったのよ。
そりゃナイフを向けたビアンカが悪いのは、分かってるのだけれど。
「ふ…ふぇ…」
だからわたくしが彼を認識した瞬間、涙目になって思わず、側に居るマクシミリアンの後ろに隠れてガタガタ震えてしまったのは、仕方ない事なのだ。
ノエル様には、本当に申し訳ない事をしていると思う。
初対面で挨拶を返しもせず、泣きそうな顔でマクシミリアンに縋ったのだ。
こんな失礼な応対は無い。レディ失格だ。
たが、怖いものは、怖いのだ。
気持ちの折り合いの付け方が分からず、マクシミリアンの背中にぎゅうぎゅうと頭を押し付けると、彼は。
「お嬢様、大丈夫ですよ。私はここに居ます」
と優しく頭をぽんぽんしてくれた。
はぁ……と体から力が少し抜けるのを感じる。
マクシミリアンの手は魔法の手なのかしら。
「ノエル。お前の声がでかいから怖がらせてしまったじゃないか」
フィリップ王子が都合がいい方に解釈してくれた。
便乗してそう言う事に、させて貰おう。うん。
「と言うかマクシミリアン。俺の婚約者にくっつき過ぎだ」
「殿下。お嬢様は婚約者『候補』にございます。そして私は彼女を支える為の存在。距離が近くて当たり前です」
王子がマクシミリアンをキッと睨みつけ食って掛かるが、マクシミリアンは5歳年上の余裕か、にこりと微笑みながら返した。
…台詞の『候補』と言う部分にかなり力が入っていた気がする。
うん、そこ大事。大事だからもっと強調して。
それにしても、いつもの事ながら王子のマクシミリアンへの当たりは強い。もっと仲良くして欲しいのだけど…。
わたくしは、そろり、とマクシミリアンの陰から出て、ノエル様の方を伺う。
彼は、眉を下げ、しょんぼりとした顔でこちらを見ていた。
大丈夫、大丈夫、怖くない。あの未来はわたくしが嫉妬に狂った際に訪れる未来だ。
ヒロインを虐めないし、嫉妬にも狂わない、だからわたくしには何も起こらない。
自分にそう言い聞かせ一歩前に出る。
(彼と仲良くして、好感を持って貰えたら死亡の確率も減る…きっとそのはずよ)
そう考えるとここはしっかり、『わたくし無害ですのよ?』アピールをしておかなくてはならない。
強制力で殺される可能性に関しては、怖すぎるので強固に蓋をし考えないようにする。
「ご…ごめんなさい…少し驚いてしまっただけですの。わたくしはビアンカ・シュラットよ、仲良くしてくださいまし、ノエル様」
声はまだ震えているし、瞳もまだ涙目だ。
だけどなるべく好意的に見えるように少し微笑んで、首を傾げて見せた。
「君は、物語の中のお姫様みたいだね」
ノエル様からそんな事を言われ、またビクッとする。
「わたくし、そんな素敵な人じゃございませんのよ」
冷や汗をかきノエル様から思わず目を逸らしてしまう。
それはヒロインの役目です、わたくしの役目ではありません。
むしろわたくしはしがない切られ役です。
「ごめん、変な事言って。フィリップ様が言う通り綺麗な子だなって感心しちゃって。よろしくね!」
そう言って彼は、向日葵のような明るい笑顔を見せた。
その日から。
わたくしの死亡フラグを持っている男の子は、王子と共に度々邸を訪れる事となったのだ。