閑話1・お嬢様とハグがしたい(マクシミリアン視点)
私、マクシミリアン・セルバンデスがお嬢様の変化に戸惑っていた頃の話。
お嬢様が泉に落ちて別人のようになられた。それ自体は大歓迎の事象であった。
だが…、清純で眩しい存在となられたお嬢様に、どのように接していいのか。
私は分からなくなってしまったのだ。
「マクシミリアン、お庭に行きましょう」
今日も彼女は屈託なく私の手を取り、そして笑う。
触れられると私の心は踊り、彼女への気持ちが溢れそうになる。
好きだ。恋をしている。だから、触れないで欲しい…貴女に何をしてしまうのか、自分に自信が無いから。
抱きしめ、唇を奪ってしまいたい。そんな衝動に駆られてしまう。
6歳年下の少女…しかも自分の仕えるべき主人にそんな衝動を覚えてしまう自分に自己嫌悪の気持ちを抱いた。
平静な顔を装ってそっと彼女の手を外すとお嬢様は少し悲しそうな顔をした。
ああ、そんな顔をしないで欲しい。違うんです、私が悪いんです。
紳士でありたいんです。貴女に相応しいように。貴女に好きになって貰えるように。
「そうやって自分を押さえつけるのって、逆に暴発しそうよね」
メイドのジョアンナがにやにやしながら私に言った。
別に彼女に相談をした訳ではない。
今日もお嬢様が可愛すぎて我慢が出来なくなりそうになり、用事を思いついたフリをして彼女から逃げてしまった…。
そんな事をしてしまった自分への自己嫌悪で廊下にしゃがみ込んでいたら、この女が声を掛けてきたのだ。
「うるさいどっか行け。俺は忙しいんだ」
「あらーマックス、それが素なのね」
男爵家の三男としてのびのび育てられた私は、元々口が悪い。
お嬢様にこんな自分は見せられない。従者失格だ。
クスクスと、丸い瞳を輝かせてジョアンナが笑う。
美しい女だとは思うが、この性格を悪さは頂けない。嫁に行けないぞ、なんて思うがこの女何故かモテる。
出入りの商人は『小悪魔っぽいのがいい!』と主張していた。分からない。
と言うか俺の事を愛称で呼ぶな、許可してない。
「我慢して暴発するのが見えてるくらいなら、小出しにすればいいのよ。馬鹿な子ね」
「小出し…」
「そうよ。空気を入れ続けた風船は破裂しちゃうけど、常にすこーしずつ空気を抜いてたら破裂しないで済むでしょ」
この女が俺…いや私をからかいたくて適当な事を言っているにしても、
これは、いいアイディアかもしれない。
ちょっとずつ、ちょっとずつ。お嬢様が許す範囲での接触を持ってガス抜きをするのだ。
「思春期ねー可愛い。まだ12歳でちゅもんねー」
「うるさい牛女」
彼女の胸は大きい。それを気にしているのを知っていたのにその言葉が口から出てしまい、しまったと思うがもう遅い。
ジョアンナはまるで投擲用のジャベリンのように私の頭に人参を投げて来た。
―――さて、ガス抜きと言ってもどの程度の接触までなら許されるものか。
お嬢様からしてくる事は、基本的にセーフ…と言う事でいいのだろうか。
そんな事を悶々と悩みつつ、お嬢様の部屋で彼女の髪を櫛で梳いていると。
「ねぇマクシミリアン…貴方、わたくしを避けている時があるでしょう?わたくしもっと貴方と仲良くなりたいの」
とお嬢様が上目遣いで言い出した。……なんて破壊力だ。
「お願い、仲良くして♡」
上目遣いのまま、両こぶしを作ってそう乞われる。
――お嬢様、そんな仕草どこで覚えて来たんですか。あざといです。可愛いです。
「――では、仲良くなる第一歩として」
「うん、なにする?」
ふんすふんすと、子供らしい表情で彼女が私の次の言葉を待つ。
「おはようとおやすみの、ハグをしましょう」
何を言っているんだ私は。
第一歩を大きく踏み出しすぎてしまったかもしれない。
「仲良くしよう、と言ってきたのはお嬢様ですよね?」
言ってしまった事は取り戻せない。だから誤魔化すように私は言った。
するとお嬢様は『推しが尊い…いいのかなこれ。好感度上げないといけないし、いいのよね』なんて謎の独り言を発しながら、顔を赤らめ少し考えた後に、
「恥ずかしいけど、いいわ」
と言って私にぎゅっと抱き着いてきた。
恥ずかしがっているからなのか、ぎゅうぎゅうと頭を私の胸に押し付けてくる。
――ああ、私は幸せな従者です。
後日。
「ガス抜きしろとは言ったけど接触しすぎでしょ!今度は!」
とジョアンナに叱られたが、どこ吹く風で知らないフリをした。
青少年なのです。