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令嬢13歳・わたくしはユウ君とお話する・後

 お昼休みが終わり、生徒たちが食堂から消えていく。わたくしはそれにぼんやりと視線を送った。ユウ君は食器の片付けをしているらしく、まだ厨房からは出てこない。


 ――彼から、どんな話を聞くことになるのだろう。


 わたくしはそれを想像しながらなんだか落ち着かない気持ちになった。


「お嬢様。大丈夫ですか?」


 マクシミリアンが抱きしめながら、優しく頭を撫でてくれる。食堂にはもう、生徒たちが見当たらない。だからわたくしは、それを拒むことなく撫でられるままになっていた。


「……正直言うと、少し怖いの」


 言葉を聞いたマクシミリアンの黒曜石の瞳が瞠られる。それをじっと見つめると、先を促すように彼は小さく頷いた。


「ユウ君から危害を加えられたことを直接聞いてしまったら。わたくし、エイデン様を許せなくなってしまうかもしれない。例えシュミナ嬢が彼を愛していたとしても……。エイデン様に『いけないこと』をしてしまいそうで、それが怖いの」


 わたくしは小さく、震える声を漏らす。

 静かに、だけど確実に。黒い気持ちが胸を満たすのが、怖くて怖くて仕方がない。けれどこれ以上、周囲の大事な誰かが傷つけられるのは嫌。

 騎士祭でのノエル様に、後夜祭でのユウ君に。実害はもう出てしまっているのだ。


『――元を断てば、終わることじゃないの。貴女の隣にいる男に言いなさいな。『彼を、殺して』って』


 ゲームの『ビアンカ』が甘く毒を吹き込むように、耳元で囁いたような気がした。

 空耳のはずなのにそれが恐ろしくて、思わず耳を塞ぎたくなる。


「お嬢様がエイデン様に『いけないこと』を望むのなら。私は必ずそれを叶えます」


 静かな声でかけられたマクシミリアンの言葉を聞いて、わたくしは彼の整った顔を凝視した。


 ――彼の『力』。


 それを使えば速やかにエイデン様を排除できるだろう。

 誰にも気づかれず、証拠も一切残さず。一人の狂気に満ちた少年の命を闇へと葬ることができる。

 ……わたくしが頷くだけで、即座にその引き金は引かれるのだ。


「お嬢様、私は貴女の犬です。存分にお使いになっても……いいのですよ」


 そう言ってマクシミリアンはわたくしの頬を長い指で撫でながら、うっとりと華やかに微笑んだ。


「……ダメよ……」


 乾いた拒絶が唇から漏れた。

 この引き金を引いてしまうことが、これ以上犠牲を出さずに済む正しい選択なのかもしれない。

 ……けれど、そんなことをマクシミリアンにさせるわけにはいかない。

 彼はわたくしの大事な人なのだ。人殺しの道具ではないもの。

 それにきっと、方法は他にもある。


「こら、物騒な話をしないの」


 軽く頭を小突かれてわたくしはハッと我に返った。そちらを見ると、ユウ君が優しい笑みを浮かべて立っていて。その微笑みを見ていると心が緩んでいくのを感じた。


「マクシミリアンさん。あんまりビーちゃんに妙なことを言わないようにね?」

「ふふ。少しからかっただけですよ。お嬢様が、あまりに深刻なお顔をしているものですから」


 じっとりとしたユウ君の視線を受けて、マクシミリアンが少し吹き出しながら言う。

 その様子にわたくしは呆気に取られてしまった。


「なっ! マクシミリアン……からかったの!?」

「はい。悩んでいるお嬢様があまりに愛らしかったもので」


 マクシミリアンは、口元に美しい形の手を当ててクスクスと笑う。

 それを見たわたくしが頬を膨らませると、彼は何度も頬に口づけをしてきた。


「……この人、本気だったと思うけどね」


 ユウ君は小さく息を吐きながら、わたくしの隣の椅子に腰を下ろす。そして頬杖をつくとマクシミリアンをちらりと見た。


「私が本気でも、お嬢様が命を下すことはあり得ませんので。私のお嬢様は『いけないこと』ができない清らかなお人なのですから」


 そう言ってマクシミリアンは優雅に一礼をした。

 ……やっぱり、本気だったんじゃない。

 わたくしは清らかなんかじゃないわ。先ほど黒い気持ちが胸を浸したのは、本当のことだもの。


「……マクシミリアン。わたくし『いけないこと』を少しだけ考えてしまったのよ。清らかなんかじゃないの」

「『いけないこと』を考えるだけの人間と、それを実行できる人間には大きな隔たりがあるのですよ」


 囁きながらマクシミリアンは指先で、わたくしのおとがいに触れた。

 闇の底のような黒い瞳がじっとこちらを見つめる。それはまるで深淵のようで、けれど、とても美しかった。

『いけないこと』を実行できる人間。

 それは、エイデン様のことなのだろうか。それとも、マクシミリアン自身のことを言っているの?

 わたくしのために彼がそうなれる、ということなら。……彼に一生その引き金を引かせたくないわ。


「お嬢様……」


 マクシミリアンがゆっくりとその美貌を近づけてくる。

 反射的にわたくしは目を閉じようとして――


「僕がいることと、本題を忘れてないかな?」

「ぎゃー!!」


 思わず叫び声を上げながら、マクシミリアンの顔を両手で押しのけた。

 ものすごく不満そうな顔をされたけれど、人前でキスなんてしようとしたマクシミリアンが悪い!


「ユ、ユウ君。ごめんなさい!」

「ふふ、別にいいけど」


 ユウ君は色っぽく微笑みながら、頬にかかった黒髪をさらりと白い指先でかき上げた。

 マクシミリアンもユウ君も色気に満ちていますね……。女としての自信を失ってしまうわ。


「ユウ君、その。後夜祭の時のこと……ちゃんと教えて?」

「いいよ。色々刺激が強いかもしれないけど、落ち着いて聞いてね?」


 そう言ってユウ君が話してくれた内容に……わたくしはあんぐりと口を開くしかなかった。

そんなこんなでユウ君のチートのお話やらがビアンカさんにも伝わりました。

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