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令嬢13歳・わたくしはユウ君とお話する・中

 食堂に入ると、相変わらず繁盛していて席はほぼ満席だった。

 入り口のすぐ側にあるプレートを確認すると今日の日替わりメニューは『桜海老と野菜のかき揚げ、中華風スープ。ご飯はお替り自由』と書いてあって、ユウくんの前世メニューが学園を侵食しつつあることがよくわかった。上品なご令嬢が平皿に乗せられたかき揚げをナイフとフォークで食べている光景はなんともシュールである。

 ……うう、でも美味しそう。

 今は毎日の五つのメニューのうち一つが前世風というだけだけれど、わたくしが卒業する頃には、学食のメニューは前世風一色になっているのかもしれない。


 ユウ君、貴方恐ろしいわ。

 これはある意味チート行為なんじゃないだろうか。

 羨ましい。わたくしもチートが欲しい!


 そんなことを思いながらわたくしは周囲を見回した。ホールにはユウ君はいないようだ。お休みの日ではないし、ユウ君は厨房ね。

 シュミナ嬢も食堂に見当たらない。最近の彼女は司書に許可を取って図書館で勉強をしながら食べることも多いから、きっとそうしているのだろう。

 ついでにお昼を食べようとメニューを一通り眺めた後に、わたくしは結局かき揚げを頼むことに決めてマクシミリアンに注文を任せ厨房へと向かった。

 厨房を覗くと、ユウ君はかき揚げを揚げているところだった。今日も割烹着がよく似合いますね。かき揚げを作っているのも相まってここだけ前世の食堂のようだ。


「ユウ君!」


 わたくしが声をかけるとユウ君はこちらに目線を向けた後に、『ちょっと待ってて』と笑顔で言った。そうよね、揚げ物の最中だものね。彼はとても元気そうで、一週間前に血を吐いたようには見えない。そのことにわたくしはホッとすると同時に、そんな大量な血を吐いてなぜ無事だったのかとても気になってしまった。


 シュミナ嬢が、治したのかしら?


 これは可能性としては一番高い気がする。彼女は腐っても光魔法の使い手だ。そして近頃はきちんと勉強をしているし……

 席に戻るとマクシミリアンがカトラリーを並べていた。しかし食べるのはかき揚げなのよね。本当にシュール……

 そういえば、とわたくしは気づいた。


「ねぇ、マクシミリアン。貴方は侯爵なのだし、一緒の席でご飯を食べてもおかしくないわよね?」


 そう、マクシミリアンとわたくしの間に身分の差はもうない。だから一緒に並んでご飯、なんてことも許されるんじゃないかと思ったのだ。

 わたくしがそう言うとマクシミリアンの黒曜石の瞳が大きく開く。しかし彼は首を横に振った。


「私は従僕なので。学園祭では、お嬢様の外聞のことも考えず調子に乗りすぎたことを私は反省しているのです。少しだけ、一線を引きましょう」


 ……ふだん一線がぐずぐずのマクシミリアンにまともなことを言われてしまった。

 わたくしが頬を膨らませると、マクシミリアンはくすりと笑う。そしてわたくしを席に座らせナプキンを膝に引いてから……額に口づけをした。


「マクシミリアン! 一線を引くんじゃなかったの!?」

「一瞬のことで誰も見ておりませんよ」


 嘘だ。絶対に嘘だ。ご令嬢の視線が突き刺さっている気配がするもの!

 マクシミリアンは、なにせとっても目立つ美形なのだから。その一挙手一投足は令嬢たちにずっと見守られていたはずだ。


「もう! そういうのは……その」

「ええ、お部屋でしましょう。お嬢様」


 耳元で囁いてマクシミリアンは妖艶な笑みを浮かべた。わたくしは思わずテーブルに突っ伏してしまいそうになる。推しが甘すぎて人生が薔薇色です。だけど心臓が持たないわ……


「もう。大好きだわ……」


 思わず小さく呟くとそれをきちんと聞いていたらしいマクシミリアンが嬉しそうな笑みを浮かべ、周囲のご令嬢が四人ほど卒倒した。ええ、わかります。気持ちはわかりますとも。


「ビーちゃん、お待たせ」


 ユウ君が割烹着姿で『桜海老と野菜のかき揚げ、中華風スープ。ご飯はお替り自由』を手にしてこちらへとやって来た。その香ばしい香りに食欲が刺激され口の中に唾液が溢れる。わたくしはそれをごくりと飲み干した。


 ……しかし今日はこれが本題じゃないのだ。


 ユウ君の配膳が終わるのを待ってから、わたくしは彼に話しかけた。


「ユウ君。わたくし次の授業はお休みの届けを出しているの。お昼休みが終わったら、ゆっくりお話ができないかな」


 そう声をかけると、ユウ君はじっとこちらを見つめた。

 マクシミリアンとは微妙に色合いが異なる黒の瞳。それに見つめられると、少し落ち着かない気持ちになる。だけど目を逸らさずにいると、ユウ君は小さく息を吐いて視線を逸した。


「……聞いたの?」


 ユウ君はその綺麗な顔に小さく苦笑を浮かべた。


「うん、ミルカ様から」

「話さないと、とは思ってたんだけどね。ビーちゃんが泣いちゃうかも、と思うとどう話していいのかわからなくて」


 冗談っぽくユウ君は言うけれど。昨夜、暗殺のことを考えながら寝台に入ったわたくしは、上掛けの中でめいっぱい泣いた。怖くて怖くて仕方がなかったのだ。


「じゃ、後でお話しよ。全部話すから、ね」


 くしゃりと大きな手がわたくしの頭を撫でる。それに一瞬マクシミリアンが剣呑な目を向けたけれど。

 ユウ君が生きていることを実感して安堵の涙を浮かべるわたくしを見て、小さくため息をついてなにも言わなかった。

ユウ君は学食メニューを改造中なのです。

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