学園祭の終わり(ノエル・ビアンカ視点)
「皆は、どうしてるかなぁ」
俺はゾフィーの紫がかった銀糸の髪を撫でながら、ぼんやりと呟いた。
俺たちは後夜祭の喧噪を、椅子に並んで腰かけて眺めている。目の前では人々が楽しそうに談笑したり、ダンスを踊ったりしていた。こういう無礼講特有の熱気は好きだ。人々の少し浮ついたような様子は、こちらの心まで浮き立たせる。
……俺もゾフィーと踊りたかったな。
治癒師に治療をしてもらったとはいえ、足も万全ではないし無理なのだけれど。
ゾフィーは後夜祭で踊るのを楽しみにしていたんだろう。そう思うと申し訳ない気持ちになる。
彼女は俺の横に座り、頭を肩……には届かないので腕のあたりに預けている。ゾフィーは本当にちっちゃくて可愛いな。つむじに鼻を寄せてすんすんと香りを嗅ぐと、彼女は真っ赤になってこちらを睨んだ。
「女性を嗅がないでくださいませ、ノエル様!」
「……ゾフィーからは甘い、いい匂いがするからついね」
「そんなわけがないでしょう! 今日は一日中動き回って汗も……いや、ないでもないですわ。うう」
……本当に甘い匂いがするんだけどな。香水というよりもこれはたぶんゾフィー自身の香りだ。言うとまた恥ずかしがって怒りそうだから、言わないけれど。
「ごめんねゾフィー。踊りたかったでしょう?」
「ノエル様と踊りたくないと言えば嘘になりますけど。お体の方が大事ですわ。それに私は、一緒にいられれば……幸せなので」
そう言って真っ赤になるゾフィーが可愛い。どうしよう、こんな可愛い子が僕のお嫁さんになるんだな。昔から娘を欲しがっていた父と母も夢中になってしまうだろう。
「ゾフィー。次の学園祭は君に素敵なところを見せるからね」
「もう、ノエル様。ノエル様は出会った時からずっと素敵ですのに……ふぇ?!」
ゾフィーがダンスをしている人々を見ながら素っ頓狂な声を上げた。つられてそちらを見ると……フィリップ様とベルリナ嬢が踊っている。
……へぇ、ビアンカ嬢とじゃないのか。ベルリナ嬢に強引に誘われたかな。
僕とゾフィーはその光景にマジマジと見入ってしまった。
ベルリナ嬢は顔を真っ赤にしてフィリップ様の一挙手一投足におろおろとし、フィリップ様がそれをカバーしている。
フィリップ様のビアンカ嬢への片想いは根深い。だからベルリナ嬢の一方的な感情で終わるかと思っていたけれど、これは興味深いな。
フィリップ様は自分の食指の動かない人間にはとことん興味を示さないから。ということはベルリナ嬢に、フィリップ様も多少なりとも興味を持っている……そういうことだろう。
「まぁまぁ。新たな恋の始まりなのかしら……!」
ゾフィーが二人を見ながら目を輝かせる。ゾフィーは本当に恋の話が好きだなぁ。女の子は皆そうなのかな。ゾフィーとマリア嬢は特に顕著な気もするけれど。
「そうかもしれないね」
俺ははしゃぐゾフィーは可愛いな、なんて思いながら相槌を打つ。
フィリップ様とベルリナ嬢は優雅にターンをする。王子様と高位貴族だけあって動きが華麗だ。そうしながら二人はなにか会話をしているようで、表情がくるくると変わって楽しそうだった。
そんな二人をフィリップ様狙いらしきご令嬢方が、戦々恐々という表情で注視していた。中には憎しみがこもった視線でベルリナ嬢を睨んでいるご令嬢もいる。女の子って本当に怖いね。
しかしそんな視線に気づいていないのか二人は、二度目のダンスを踊り出した。……本当に珍しい、フィリップ様がそんなことをするなんて。
「あっ、あれは! 脈がありそうじゃありませんの!?」
「……そうかもね、ゾフィー」
「目が離せませんわねぇ!」
ゾフィーは本当に楽しそうだ。だけど……
「ね、ゾフィー」
「はい? ノエル様」
俺は彼女をじっと見つめる。するとゾフィーの白い頬に朱が差した。その柔らかな頬にそっと手を添えると、彼女の頬はさらに赤くなる。
「よそ見ばかりされると、妬けちゃうんだけどな」
「ノ、ノエル様……! あの、えっと」
顔をそっと近づけるとゾフィーは目をぎゅっと閉じた。何度か軽く口づけると、彼女は身を固くしながらもそれに応える。そんな彼女が可愛くてたまらない。
健気な様子が愛おしくてさらに何度も口づけをしていると……
「ノエル様、ゾフィーさん。隅っこといえここは後夜祭の会場なんですよ?」
聞き覚えのある声に制止されてしまった。
そちらを見るとマリア嬢とニヤニヤしているアウル先生の姿があった。
「あああああ! マリアさん! 先生!」
ゾフィーは叫び声を上げ、俺から距離を取った。そして真っ赤な顔を小さな手で覆ってしまう。
「アウル先生、マリアさん。いい夜ですね」
離れてしまったゾフィーを肩を抱いてまたこちらに引き戻しながら、俺は二人ににこりと微笑んでみせた。するとマリア嬢が呆れたような顔をした。
「まったくノエル様は。ほどほどにしてあげてくださいね? ゾフィーさんはそういうことに慣れていないんですから」
……マリア嬢、俺だってゾフィーが初めての恋人だしまったく慣れてはないんだけど。
それを口にするとマリア嬢の横にいるアウル先生に小馬鹿にされそうだし、言わないけれど。
「二人はお楽しみだったみたいだな?」
アウル先生はニヤニヤする表情を更に深めて俺たちに言った。……スケベ親父のようなことを。それを聞いたゾフィーは真っ赤になって俺の胸に顔を隠してしまう。俺はその頭をよしよしと撫でた。
「アウル様、嫌な言い方をしないでください! ゾフィーさんが可哀想じゃないですか!」
「そうですよ。ゾフィーが可哀想です」
「……ふん」
俺とマリア嬢に叱られたアウル先生は少しばつが悪そうに視線を逸らす。この人は案外子供っぽいのかもしれない。しっかりしているマリア嬢とはお似合いだ。
「ここにいらしたのね!」
声をかけられてそちらを見ると、ビアンカ嬢とマクシミリアンがこちらへ向かってきていた。
「よかったわ、後夜祭が終わるまでまでに皆様に会えて」
そう言いながらビアンカ嬢が微笑む。それに俺は笑みを返して軽く手を振った。
「やぁ、ビアンカ嬢、マクシミリアン。楽しんでる?」
「ええ、楽しんでいますわ! ですけど踊っている間に他の皆様とははぐれてしまって……。ユウ君もミルカ王女も見当たらないし、ジョアンナも消えているし。皆どこに行ったのかしら」
「お嬢様が次も次もとダンスをせがむからですよ」
マクシミリアンが上品な仕草でくすくすと笑う。そんな彼をビアンカ嬢は頬を膨らませながら睨んだ。
「せがんだのはマクシミリアンでしょう?」
「そうでしたっけ。ですがお嬢様も、大変お喜びでしたよね」
ビアンカ嬢の言葉にマクシミリアンが白々しい表情をする。相変わらず二人は仲がいいというか。長い時間を一緒に過ごしているだけあって、熟年夫婦のようだな。
「フィリップ様とベルリナ嬢なら……あそこにいるよ」
俺が指差す方を見てビアンカ嬢は『まぁ!』と小さく声を上げた。そしてマクシミリアンは……なにか悪い笑みを浮かべてるな。
マリア様は『推しカプとは違う方向に……』と呟きながら微妙な顔をしているけれど、どうしてだろうね。推しカプって、一体なんなのだろう。
気になったので訊いてみたら『そんなこと訊いちゃダメですわ!』とゾフィーがなぜか反応をした。女の子には、秘密が多いらしいね。
☆★☆
ノエル様たちと合流したわたくしは、皆様と後夜祭の喧噪をぼんやりと眺めていた。
「……後夜祭もそろそろ終わりですね」
マクシミリアンがぽつりと呟く。そんな彼の様子を窺うと視線が交わり、慈しむような笑みを浮かべられた。その笑顔を見ているだけで胸が高鳴ってしまう。うう、好きだわ……
どうしてマクシミリアンは、こんなにかっこいいのだろう。
「――色々あったよね」
ノエル様もしみじみと言う。
本当に色々あった。エイデン様とのひと悶着に、騎士祭での凄惨な出来事。ノエル様とゾフィー様のご婚約。
そしてマクシミリアンが……セルバンデス侯爵になったり。
シュミナは今、どうしているのかな。後夜祭もエイデン様と過ごしていたのだろうけど。
――エイデン・カーウェルと彼女はこれからどうなるのだろう。
おせっかいかとは思うのだけれど。これからもできるだけ、シュミナをサポートしよう。ヴィゴの姿で。そしていつか……ビアンカの姿で。
久しぶりの更新となりました…!
エ、エタりませんよ…!
次回は早めにと思っております。