フィリップとベルリナの後夜祭・前(フィリップ視点)
ビアンカが、マクシミリアンと踊っている。それを遠目に見ながら俺は小さくため息をついた。
……我ながら、不毛な恋をしている。そんなことはわかっているんだ。
彼女は頬を染めてマクシミリアンを見つめている。それを彼も見つめ返し、二人は幸せそうに微笑んだ。
……両想いの二人の間に割って入ろうとする俺は、まるで悪役のようだな。
その光景を見つめながら暗澹とした気持ちになる。彼女と出会うのがマクシミリアンより早ければ、彼女は俺に心を傾けてくれたのだろうか。もっと早く彼女に必死に気持ちを伝えていれば、彼女は俺を受け入れてくれたのだろうか。勅命で無理にでも婚約者にしてしまえば、ビアンカの心は手に入らずとも俺の気持ちは安らいだのだろうか。どこで俺は……道を間違ってしまったのだろう。
ビアンカが、好きだ。出会ったあの日から俺の心はずっとあの少女に囚われている。
けれど彼女の心は……きっともう手に入らないのだと。俺は半ば諦め、半ば諦めきれずにいる。
卒業までに少しでも、俺が想っていることを彼女の心に刻むことはできるだろうか。億が一の可能性でも……ビアンカは俺に振り向いてはくれないだろうか。
ビアンカがまた、マクシミリアンに微笑みかける。視界がぼやけそうになるのを俺は必死でこらえ、口元を引き結んだ。
「フィリップ王子……あ、あの」
声をかけられた方を見ると、そこにはベルリナ嬢が立っていた。彼女は心配そうな表情をしており、澄んだ空色の瞳でこちらを見つめている。同じ青なのに、ビアンカの湖面のような色の深い青とは違うのだな。俺は彼女の瞳にそんな感想を抱いた。
……彼女は、明らかに俺に好意を持っている。
お互い不毛だな、とベルリナ嬢の愛らしい顔を見つめながら思う。いや、俺の方が不毛か。
ベルリナ嬢は俺の婚約者候補だ。ビアンカが俺によって無理やり壇上に上げられたままの婚約者レースから降りた後。彼女には婚約者の座に収まる十分な望みがあるのだから。
「どうした? ベルリナ嬢」
「お、お辛そうだったので……その。出過ぎたことを申しているとはわかっているのですが。心配になってしまいまして」
そう言ってベルリナ嬢はくしゃり、と泣きそうに顔を歪めた。今日一日一緒にいて思ったが。彼女はとても素直な人だ。ベルリナ嬢の行動には打算が窺えず、自分の中の正義感や思慕などの素直な感情によって、その行動は決定づけられているように見える。行動の起因が感情であるがゆえに間違いを起こすこともあるが。幸いなことに彼女はいい人間だ。
打算的で狡猾な婚約者候補が多い中、それは異端で。そして美徳である。ベルリナ嬢の善性に満ちた人間性には好感が持てる、そう俺は思った。
「気遣ってくれているのだな。ありがとう、ベルリナ嬢」
そう言って微笑んでみせると彼女の顔は真っ赤になる。そして少しもじもじとした後に、決意を込めた表情をこちらに向けた。
「踊りましょう! 踊れば少しは、その。気晴らしになります! パートナーが私というのが、不服かも……しれない、ですけど」
ベルリナ嬢の声のトーンと視線はどんどん下に下がってしまう。けれど彼女は視線をまた上げて、俺の手を小さな両手でぎゅっと握った。その空色の瞳は涙で潤んでおり、今にも泣き出してしまいそうだ。
夜の闇の中で彼女の淡い色の金髪が煌めく。それが綺麗だな、と俺はぼんやりと思った。
必死な彼女の様子に俺はどうも絆されてしまったらしい。気がつけば、ベルリナ嬢に手を引かれるままにフロアへと進み出ていた。
彼女はフロアに俺を引っ張り出したものの、どうしていいのかわからないのかオロオロとした視線を向ける。……背が小さく顔立ちが幼いのもあって、まるで小動物のようだな。
周囲の……主にご令嬢たちからは、俺とベルリナ嬢の動向を窺う視線が投げられている。彼女に恥をかかせるわけにはいかない。俺はベルリナ嬢に手を差し出した。
「お気遣いありがとう、ベルリナ・カウニッツ嬢。俺でよければ、一緒に踊ってくれ」
「ひゃ……! は、はい!!」
ベルリナ嬢の瞳から、一粒の雫が落ちる。彼女はそれを俺に気づかれないためにだろう、こっそりと隠すように小さな手の甲で拭ってから、真っ赤な顔ではにかんで笑った。
マクシミリアンとのダンスを終えたビアンカを俺は当然誘うつもりだった。必死な表情の俺にビアンカは仕方ないなと苦笑しながらも、きっと一緒に踊ってくれただろう。そして俺は。ベルリナ嬢のように嬉しさをこらえきれずに笑ったのだろう。
「フィリップ王子……その。あの」
「すまない、少し考え事をしてしまった。踊ろう、ベルリナ嬢」
沈黙する俺に眉を下げるベルリナ嬢の手を取って、俺はフロアへと進み出た。そっと手を握り直し腰を抱くと、彼女はびくりと震える。ベルリナ嬢の体はとても小さい。しっかり支えないとな、とその華奢な体を引き寄せると彼女は小さな悲鳴のような声を上げた。
「大丈夫か? もっと俺に寄りかかってくれると嬉しいんだが」
ベルリナ嬢の体は硬直しており、俺から拳三個分くらいの距離が開いている。舞踏会などで遠目に見ていて彼女はダンスが上手な方だと思っていたのだが。……そんなにまで緊張しているのだろうか。
「寄り……かかる」
彼女は涙目になって困ったように眉を下げた。
フィリップ王子も色々と自覚と葛藤はあるのです。
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