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ハウンドとミルカの後夜祭・後(ミルカ視点)

 ハウンドにリードをされて、くるくると踊る。彼は昔からダンスが上手い。ううん、ダンスだけじゃない。剣技だって、勉学だって、魔法だって。なんでもそつなくこなしてしまう。


『一定のところまでできるだけで、俺はどの分野も特に突出しているわけじゃないからね』


 そう言って彼はいつも肩をすくめるけれど、彼の言う『一定』のレベルは高いのだ。

 透明度の高い緑の瞳を煌めかせながら、ハウンドは端正な美貌に美しい笑みを浮かべる。ターンをすると上質の絹糸のような質感の金色の髪がふわりと揺れ、会場の灯りに照らされそれは仄かに煌めいた。


 ――まるでおとぎ話の王子様だわ。


 ……れっきとした王女は私の方なんだけどなぁ。だけど彼の『猫かぶりモード』と自分を比べると、その優美さは天と地の差である。ハウンドとは血の繋がりがあるはずなんだけど。それを言うとメイカもか。メイカにもハウンドのような優美さは皆無だ。私たちはなんて残念な双子なのだろう。


「ダンスが上手いね、ミルカ」


 彼は微笑みながら甘く耳元で囁く。吐息がかかった耳がくすぐったくて、私は思わず身をすくませた。


「ハウンドお兄様のリードがお上手なのよ。……パラディスコでたくさんのご令嬢とダンスをしていただけあるわね」

「あれは仕事で俺の本意ではないと知っているだろう。意地悪だね、ミルカは」


 ハウンドは王家筋であり公爵家の次男だ。身分的にも見た目的にも、どの場に出しても恥ずかしくない彼はよく社交に駆り出されていた。というか次男だし、ハウンドの言う通りそれが仕事のようなものなのだ。だからハウンドは舞踏会で色々なご令嬢の手を取り、数えきれないくらいのダンスを踊っている。

 優美な笑みを浮かべながら他の女性と踊る彼を見て私はいつも嫉妬に駆られていた。……みっともないわね。私には嫉妬する権利なんてどこにもないのに。

 でも今夜『ハウンドお兄様』は私と踊っているのだ。


「ハウンドお兄様……」


 囁いてそっとハウンドの胸に身を預けると、彼の体が少し震えた気がした。けれどそれは一瞬で、戸惑いもなくぎゅっと優しく抱きしめられる。彼の香りがふわりと香って、胸を切なく締めつけた。


 ……ハウンドが、私を好きになりますように。


 そんな思いを込めながら、さらに彼に身をすり寄せる。


「今日のミルカは、甘えっ子だね。まるで子供の頃みたいだ」


 そう言って笑うと彼は私の髪を優しく手で梳いて、額に優しいキスをしてくれた。


「……そんな気分の日だってあるわ。ミルカはまだ子供なんだから、甘やかしてよハウンドお兄様」


 本当は子供だなんだ思われたくない。けれどそれを口実に甘えてしまえ、なんて思う私は本当に臆病だ。


「……甘やかしてあげたいけど難しいかも。ミルカ、あっち見るッス」


 ハウンドの猫が剥がれ、その声に緊張感が満ちた。酩酊感から覚め、私もハウンドが言う方に視線を向ける。

 するとそこには……エイデン・カーウェルと向かい合っているサイトーサンの姿があった。その側にはシュミナ・パピヨンもいる。

 サイトーサンは私たちに背中を向けて立っている。だから彼の様子は詳しくは窺えない。でも漂う空気は……明らかにただならなかった。

 考えるより先に私は走っていた。

 サイトーサンはうちの子よ。なにかしたら絶対に許さないんだから、エイデン・カーウェル!


「サイトーサン!」


 声をかけながら勢いよくその細い腰にしがみつく。すると彼は驚いたような顔をしながら振り返り、少したたらを踏んだ。

 振り向いた彼の胸元は……真っ赤な血で染まっていた。

 それは明らかに本物の血だ。だけど彼はケロッとした顔で立っている。私の脳内は混乱で満たされた。でも、きっとこれは。


 ……エイデン・カーウェルに、私の大切な友人が害されたのだ。


 体中の毛が逆立つような、そんな怒りが心に湧く。


「……落ち着け、ミルカ。まだ状況がわからない」


 一歩踏み出そうとした私の耳に囁いたのは追いついてきたハウンドだった。その一言で私の心は冷静さを取り戻す。そうね、慎重に行動しなきゃ。大国のリーベッヘの王家筋との争いには……それなりの確証と準備が必要だ。


「うっへ!? サイトーサン胸元血塗れじゃないスか! どうしたんスかそれぇ!?」


 ハウンドが能天気な声を上げながらサイトーサンの方へと向かう。


「これ? パーティグッズの血糊だけど」


 そんなハウンドに彼はけろりとした顔でそう言った。

 ……サイトーサン、そのわかりやすい嘘はなんなのよ。どこからどう見ても本物の血じゃない! けれど今は話したくないのか、それとも話せない事情があるのか。


「ふへぇ、趣味が悪いわねぇ。あれ?」


 ひとまず彼の体は大丈夫そうなので、今気づいたかのように白々しくシュミナ・パピヨンに目を向けた。彼女の顔は紙のように白く、酷く怯えた顔をしている。

 私は次にエイデン・カーウェルに視線をやり……にこやかに微笑んでみせた。


「ふふ、エイデン様じゃない……久しぶり、でもないか。日が高いうちのお会いしたものね」

「やぁ、ミルカ王女」


 明るく、けれどどこか不機嫌さが滲み出る声で彼は答える。

 獲物を始末し損ねた、そんなところかしら。エイデン・カーウェル。


「ねぇ……うちのサイトーサンになんかした?」


 慎重にいかないと……そうは思っているのに言葉には棘が含まれてしまう。でも仕方ないじゃない、私は私の大事なものを傷つけられるのが一番嫌いなのよ。


「――していないよ、そんな証拠はどこにもないと思うけど?」


 エイデン・カーウェルはにこりと優美に笑う。そのオレンジ色の瞳の奥には昏い炎が燃えていた。それを直視してしまい背筋が一気に粟立つ。……この男は、危険だ。


 のらりくらりとかわされて。

 エイデン・カーウェルは冴えない表情のシュミナ・パピヨンとともに去って行く。その背中を私は歯噛みしながら見送った。


「で! サイトーサンなにがあったの!?」


 サイトーサンに食ってかかると、落ち着けと言わんばかりに頭をぽふぽふと撫でられた。


「なんにもないですよ?」

「そんなわけないッスよね」


 ハウンドが冷静にツッコミを入れる。うん、それは無理があるわよサイトーサン。


「サイトーサン、隠し事はよくないわよ?」

「もう少し情報整理して、その後に話します」


 サイトーサンは口の端を少し不快そうに指で拭いながら言う。口を拭った指には血が、しっかりとこびりついていた。

 ……出血は、口元から? 毒を飲まされた? じゃあどうして彼は平気なの……? 疑問は次々と湧くけれど、サイトーサンのこの様子じゃ今は話してくれそうにない。彼は温和そうに見えて、こうと決めたら頑固なのだ。


「むぅ……」

「今度美味しいものでも作って振る舞いますから。ひとまず今日はなにも聞かないでください」


 口をとがらせる私に、サイトーサンは困ったような表情で言った。

 ちゃんと後日話してくれるといいんだけれど。待っても話してくれないなら……。

 ピンク髪の令嬢の顔を頭に思い浮かべる。


 ……もう一人の当事者に話を聞けばいいか。

お久しぶりの更新になってしまいました。

次回はちょっとゆるい感じのフィリップ王子とベルリナさんの回になる予定です。


面白いと思っていただけましたら、感想・評価などいただけると更新の励みになります(n*´ω`*n)

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