サイトーサンの後夜祭・後(サイトーサン視点)
――毒を飲むのは、やっぱり楽しいものではない。
というかあの人、どれだけの量を入れたんだ。前に毒を飲んだ時の比じゃないくらいに苦しいんだけど。
喉が焼け焦げるような痛みを訴え、液体が伝っていく喉から内臓に繋がる粘膜が裂けたような気がした。……いや、実際に裂けてるのかな。そして裂けた端から治っていっているのだろうか。想像してもあまり楽しくないね。
血液が喉の奥からせり上がって、気持ちが悪い。それを必死に飲み下して前を向くとシュミナちゃんの必死な顔が目に入った。
「サイトーサン!!」
彼女は悲痛な叫びを上げる。大丈夫だよ、シュミナちゃん。僕はこれくらいじゃ死なないから。
安心させる言葉を言おうと口を少し開くと端からたらりと血が零れ、それを見たシュミナちゃんの大きな目は涙で潤んだ。
「や……やだ! やだ! サイトーサン、サイトーサン! 上手くできるかはわからないけど、今解毒の魔法を……」
そう言いながらシュミナちゃんは僕の体に手を当てようとする。
魔法を使ってもらうこと自体はありがたい、むしろフリだけでも嬉しい。僕の力のことはエイデン様には知られたくないからね、その目くらましにさえなってくれれば十分だ。
このことがバレて死ねない体にずっと拷問でも加えられたら、僕はきっと発狂してしまう。
だけど彼女が解毒をする前に……力のことを説明しておかないと。
僕が僕の力で死なないこと、それを証明してからじゃないとダメだ。
差し出された手を取り、しーっと口の前で指を当ててみせると、彼女は驚愕の表情になった。
「……シュミナちゃん、騒がないで。大丈夫だから。『転移者特典』とでも言えば分かりやすいかな。僕は平気……そのうち体内で解毒されるから。じゃないとあの人の差し出すものなんて、飲まないよ。苦しくないと言えば嘘になるんだけど……ッ!」
喉奥からまた血が溢れ、僕は激しく咳き込んでしまった。うわ、思ったよりも派手な見た目になっちゃったな。
シュミナちゃんが慌ててハンカチで僕の唇を拭い、さらに頬を伝っていたらしい汗を拭ってくれた。あの気の利かなそうな子が、成長したもんだね……。僕はなんだか感慨深い気持ちになってしまう。
エイデン様の方をチラリと窺う。するといつまでも命が尽きない僕にかなり怪訝そうな顔をしていた。そりゃそうだよなぁ、たぶんあれは他の人であれば即死級の毒だ。
「シュミナちゃん、僕を治すフリをしてくれるとありがたいんだけど。僕自身の力で平気だってことは、彼に知られたくないから。この毒の量だと多分他の人なら、とっくに死んでるだろうし……もう訝しまれてる気はするけど」
「わ……わかった!」
僕の胸に当てたシュミナちゃんの手がふわりと淡い燐光を放った。綺麗な光だな、なんて思いながら見つめていたら体が急激に軽くなる。すごいなぁシュミナちゃん、ちゃんと光魔法が使えるんだね。
「……ふふ、上手。体が楽になってきた。光魔法ってすごいんだねぇ、シュミナちゃん」
「私のことを褒めてる場合じゃないでしょう! 私のせいで、私のせいで……!!」
シュミナちゃんは嗚咽を上げながらその茶色の瞳から涙を零す。ああ、そんなに泣いて。仕方ない子だね。
彼女の柔らかな質感の桃色の髪を撫でる。僕のいた世界にはなかった不思議な色合いで、でも自然な色になっているのが不思議だ。ぽろぽろと彼女の頬を流れていた透明な雫を指でそっと拭い、安心させようと微笑んでみせるとシュミナちゃんの瞳からまた涙が零れた。
「僕はね、さっきも言ったけど『転移者特典』で皆よりも丈夫なの。詳細は今度時間がある時に説明するけど。だから……あの人に殺されたりしないから、怖がらずに僕を頼りなさい。君、どんな辛そうな顔でさっき立ってたか自覚してないでしょう? それとあれは僕がわざと飲んだんだから、負い目に感じないこと。いいね?」
「でも……」
「でも、じゃなくて。はいって言いなさい」
シュミナちゃんは小さな白い手を胸の前でぎゅっと握る。その手首は痛々しいくらいに細く折れそうだ。前から細い子ではあったけど……心労でかなり痩せたんだろうな。
「ごめんなさい、迷惑をかけるかもしれないけれど。本当に辛いときだけ……頼らせて……」
彼女は嗚咽を上げながら、絞り出すように言った。
いいよ、迷惑くらいいくらでもかけて。ビーちゃんがすっかり僕離れして、世話を焼く子がいなくなって寂しいなって思っていたところだし。
君はビーちゃんよりも何倍も手間がかかりそうだけど。僕はこう見えても面倒見はいいつもりだから、面倒を見ると決めたら途中で放り出したりなんてしないよ。
シュミナちゃんの頭を撫で、僕は立ち上がる。
「さて……」
口の中は血の味で気持ち悪いけれど体はいつも通りに快調だ。
軽く伸びをしながらエイデン様の方を見ると彼は呆気に取られたような顔をしていた。
――ざまーみろだね、エイデン様。
僕はその彼の顔を見て……少しだけ溜飲が下がった。
その後ミルカ様に捕まってなにがあったか詰問されたけど。
……ひとまず僕は誤魔化しておいた。
この人は身内に甘いから……毒を飲まされたなんて言ったら激怒してカーウェル公爵家に殴り込みに行きかねない。
本来なら僕は『被害者』なのだ。だからミルカ様が殴り込むのに任せてもいいはずなんだけどね。けれど『証拠』のグラスも回収されてしまっているし、僕もこの通りピンピンしている。軽くあしらわれて帰ってくるのが関の山だろう。
「サイトーサン、隠し事はよくないわよ?」
じっとりとした目でミルカ様がこちらを睨む。そうは言われてもねぇ……。
情報共有するにしても一度シュミナちゃんやビーちゃんとしっかり話をした後にしたいし。
シュミナちゃんがあの人と『どうなりたいか』で対策もまた変わるしね。あの人と単純に引き離して欲しいのなら、それこそフィリップ王子に協力してもらって失脚を狙うとか……難しいだろうけどやりようはある気がする。
だけど彼女が彼とまっとうに恋愛をしたい、なんてことを望んでいたら。それは失脚を狙うよりも難しそうだよなぁ。どちらにしても前途多難だ。
――僕の『力』のことを誰にどこまで話すかも決めあぐねているし……。
「もう少し情報整理して、その後に話します」
「むぅ……」
ミルカ様が不満げな顔をする。
「今度美味しいものでも作って振る舞いますから。ひとまず今日はなにも聞かないでください」
僕がそう言うとミルカ様は渋々という様子で頷いてくれた。
次はハウンドとミルカ組のほのぼのな回になる予定です。