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サイトーサンの後夜祭・前(サイトーサン視点)

「あははっ!!! たーのしぃ!!! もっとくるくるしよ!」

「ちょっと、ジョアンナさん、飲み過ぎなんじゃないの?!」


 くるくるとジョアンナさんと踊る……いや、ぶん回されている、に等しいね。僕はやれやれと内心ため息をつきながらそれにお付き合いをする。

 美しい人妻のダンスのお相手なんて本来なら喜ぶべきなんだろうけど、今の彼女は喜ぶには野生的すぎた。

 マクシミリアンさんに早く押しつけてしまうか。そう思った僕は周囲を見回す。するとビーちゃんと何曲目かのダンスに入っているらしいマクシミリアンさんが目に入った。

 ……ずるいなぁ、もう。そうは思うけれど、すっかり恋人同士な彼らを邪魔するほど僕も無粋じゃない。


 ――海に消えてしまったあの子が、こうして生きて幸せそうに微笑んでいる。


 それをまた見られただけで、もう十分だよね。胸の奥でじくじくと疼く気持ちにはしっかりと蓋をする。


 彼女を心から愛してる、だから。僕じゃない誰かとだとしても……幸せになって欲しい。


「ヒナキちゃん、いる?」

「いますよ、サイトーサン様」


 ジョアンナさんの足元に声をかけるとその影からゆらり、とヒナキちゃんが姿を現した。

 最初は慣れなかったけど慣れてみると便利なもんだね。彼女は影から影へ容易く移動ができるらしい。

 ジョアンナさんの付き添いで学園祭の準備を手伝っている彼女と話す機会があったのだけど、聞けば聞くほど彼女の生まれた大陸の話が僕が高校時代にプレイしていたMMORPGと重なった。

 というか彼女、ダンジョンの中ボスだよね……たぶん。何度も倒した記憶がある。HPが減るとグラマラス系美女にチェンジするあの中ボス。中ボスがこっちの大陸にお引越しして来ちゃったのか。

 乙女ゲームの世界があるんだから、MMORPGの世界が同一世界に存在してもおかしくないんだろう。戦力的はあちらの方が確実に大きいだろうし、大陸間戦争……なんてことが起きなきゃいいけど……。ヒナキちゃんによるとあちらの大陸は内部での争いがまだまだ続いているようだから、大丈夫だとは思うけど。


「ほら、ジョアンナさん。ヒナキちゃんですよ」

「……ヒナキィ!」


 ジョアンナさんがヒナキちゃんにがばりと抱きつき……そのままこてりと眠ってしまう。ヒナキちゃんはその背中をよしよしと小さな手で撫でながらなんだか満足そうな顔をした。……ヒナキちゃんはジョアンナさんが大好きなんだなぁ。


「それじゃ、任せたね」


 ヒナキちゃんにジョアンナさんを任せ、内心ほっとしながら会場を見渡すと。


 ……あの子が、いた。


「……シュミナちゃん」


 僕は思わず小さく呟く。

 ピンク色の髪の、めちゃくちゃなことばかり言う、気が強くて危なっかしくて、性格に難ありで、最近は見かけた時に声をかけても元気がなくて……なんだか心配なあの子。

 今日の彼女は今にも死んでしまいそうな真っ青な顔をしている。その横には……紺色の髪にオレンジの瞳の優しげな貴公子が寄り添っていた。


「……彼が、エイデン様か」


 口の中で小さくその名を呼ぶ。ビーちゃんに気をつけるようにと言われている、筆頭公爵家のご令息。

 彼はシュミナちゃんの腰を抱きこんでなにかを囁いている。彼女はそれに対して必死に言い返したりしているようだけど……いい雰囲気、って感じじゃないね。

 僕は声をかけようと決めてそちらへと歩みを進めた。


「あれ……シュミナちゃん!」


 今気づきました、という風に声をかけ様子を見るけれど彼女は俯いてこちらを見ない。……あれは気づかないフリをしてるな。

 まぁいいや、と構わず彼女の方へ歩みを進めるとエイデン様からの射抜かれそうな鋭い視線が飛ぶ。正直肝が冷えたけれど、僕は構わずそちらへと歩いて行った。


「聞こえないフリしないの。友達の声も忘れちゃったの?」


 そう明るく声をかけるとシュミナちゃんはようやく顔を上げた。


「……サイトーサン……」


 小さな小さな声と共に、不安げな視線がこちらへと向けられる。


「ふふ、ちゃんと覚えてたね。いい子」


 安心させようと微笑んでみせると、彼女はすがるような表情でこちらへ一歩踏み出そうとした。けれどその細い腰はエイデン様の手によって後ろに引かれ、僕たちの距離は近づかなかった。


「サイトーサン伯爵、だっけ」


 敵意、と言うには生温い視線を向けながら彼が声をかけてくる。……僕のこと、知ってるんだなぁ。ビーちゃんに聞いた通りシュミナちゃんに近づく存在全てに注意を向けているのだろう。


「……初めまして、だね。エイデン・カーウェル様?」


 そう言って礼をする僕を、彼は鋭い視線で凝視する。

 そして彼は、その美しい唇を笑みの形に変えながら開いた。


「『僕の』シュミナに、なにか御用?」

「『僕の』お友達が見えたからね。お喋りに来たんだ。エイデン様も一緒に、お話しようよ」

「……遠慮しておきたいなぁ。好きな人と仲がいい男友達なんて、妬けるから」

「心が狭いと嫌われちゃうよ、エイデン様」


 なんて寒々しい会話なんだろう。心が底冷えしてしまいそうだ。


「そうだね、じゃあ乾杯しようか。仲良くしようサイトーサン伯爵」


 そう言って彼は……シャンパンのグラスをこちらに差し出した。


 ――毒、が入ってないわけないよねぇ。


 僕は他国の伯爵だけどパラディスコとリーベッヘの力関係を考えると、僕がここで毒殺されたとしても……彼なら確実に揉み消せるだろう。

 ビーちゃんにも話していない、僕の力の一つ。それが役に立つ日が来るなんてなぁ。

 話す機会が無かっただけで、別に秘密にしてたわけじゃないんだけどね。誰にも聞かれなかったし。特異な力は要らぬトラブルを引き寄せるから、自分から言うこともなかったけれど。


 この力に気づいたのは、料理をしている最中に指を深く切った時だった。


 かなり深かったはずの傷がみるみる塞がって、一瞬で綺麗に閉じてしまったのだ。試しに何度か切ってみる。すると傷は何度でも塞がった。

 髪は伸びるし、肌の状態も年齢を追うごとにちゃんと変わる。不老不死という訳はないようで僕はほっとした。一人で長い時間を生きるなんてまっぴらだ。

 パラディスコの王宮で勤めるようになって、同じテーブルで食事をした職員たちが食中毒になった時も僕一人だけケロリとしていた。食中毒が治って『運がよかったな』なんて言いながら笑う皆に、僕は苦笑いで返した。

 そしてある日……僕は誰かに毒を盛られた。

 喉が焼け付き、血を沢山吐いて、さすがに死ぬかと思ったけれど。十分後には僕はケロリと元の状態に戻っていた。

 翌日。僕を見て死人を見たかのような青い顔をした貴族の男が悲鳴を上げた後に、勝手に罪の告白をしてきた。僕に婚約者を取られたと勘違いしたらしい……そんな面倒なことはしないよ、バカな男だね。

 そんな訳で僕はなぜか……『死ねない』らしいのだ。さすがに首でも落とされたら死んでしまうと思うけど。

 これが僕がこの世界に来て得た、能力の一つ目。


 さて……僕は目の前に差し出されたグラスをじっと見つめる。

 お断りすることも可能だ。なんなら彼も、その前提で脅しのために差し出しているのかもしれない。

 僕はシュミナちゃんの方を盗み見る。そして怯えた顔の彼女の様子を見て……。


 覚悟を決めてグラスを受け取った。


 痛いのは、そんなに好きじゃないんだけど……まぁ、友達のためなら仕方ないか。

 ここで僕が『死なない』と証明しておけば、彼女が僕に頼りやすくなるだろう。

 なにかを言おうとするシュミナちゃんの唇を塞ぐエイデン様がグラス越しに見える。


 ――彼の驚く顔は、少し楽しみだね。


 そう思いながら僕は笑みを浮かべてシャンパンを一気に飲み干した。

ユウ君が一番人間ができているんじゃないか、と思いながら作者は執筆しております。

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