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閑話30・ノエルとゾフィーのショコラの日前日譚(ノエル視点)

バレンタイン番外編その2です。

「ノエル様……なんだかいい香りがしませんこと?」


 中庭のベンチで可愛い婚約者であるゾフィーとのんびり過ごしていると彼女がそんなことを言いだした。ちなみにゾフィーは現在俺のお膝の上である。彼女は『重いから嫌ですわ!』と言ってとても嫌がったんだけどね。無理やり乗せて腕でがっちり固定すると、逃げ出せないと観念したのかようやく彼女は大人しくなった。

 ゾフィーは本人が言うほど重くないと思うんだけどなぁ。だけど女の子は気にするからね。デリケートな問題なので俺は『重い』とも『軽い』とも言わないようにしている。

 ……ゾフィーはふかふかで抱き心地がよい。そして甘い香りがする。


「いい香り? ゾフィーの香りかな」

「ノエル様!!」


 本当にゾフィーは可愛いなぁ。俺は抱きしめる力を強くしてその柔らかな感触を堪能した。頬をその紫がかった銀髪にすり寄せると彼女の体が驚いたようにビクリと震えた。


「の……のえるしゃま! 密着しすぎだと思いますわ!! それに私の香りじゃありませんの!」


 後ろから見える彼女の耳は真っ赤になっている。

 ……あんまりやると怒られてしまうから、今日はこれくらいにしておこうかな。それで、いい香りだっけ。俺はくんくんと空気を嗅いでみる……確かに甘い香りがするな。

 ここからだとカフェテリアは遠いし、食堂からだろうか。もしかしするとサイトーサン伯爵が試作品でも作っているのかもしれない。


「……サイトーサン伯爵が試作品でも作ってるのかな」

「……ノエル様。それはとても興味がありますわ」

「行ってみようか」


 俺たちはどちらともなく頷き合った。ゾフィーを横抱きで抱きかかえベンチから立ち上がると、彼女の口から悲鳴が迸った。


「のえるさまぁああ!?」

「こっちの方が、早いでしょう?」


 ――本当はマクシミリアンがビアンカ嬢によくやってるのを見て羨ましいからやってみたかっただけなんだけど。

 真っ赤になって口をぱくぱくさせているゾフィーを抱えたまま俺は足早に食堂に向かった。

 食堂に近づくにつれいい香りは強くなっていく。これはショコラだな。

 ショコラ……ショコラ……。

 記憶の隅になにかが引っかかる。二の月……ショコラ……ビアンカ嬢。


「うっ……!」


 ビアンカ嬢と知り合ってから毎年の行事となっている『黒い悪魔の日』。その恐ろしい記憶が俺の脳裏に蘇った。

 トイレから出られなかった二日間、手が震えて剣を持てなくなった三日間……恐ろしい思い出たちがフラッシュバックする。命は取らない、被害の日数はまちまちだが基本的には短い間だけで、後遺症も今まで残ったことはない。けれどあの恐怖は体に確実に刻まれている。


「……ノエル様?」


 可愛らしいゾフィーの声で俺はハッと我に返った。食堂でショコラを作っているのが例えビアンカ嬢だったとしても。俺は騎士として逃げるわけにはいかない。だけどゾフィーだけは……命に代えても逃がさないと。


「ゾフィー。君は俺が守るから」

「ノ、ノエル様? 急にどうされましたの!?」


 呆然とするゾフィーの柔らかな唇を俺はそっと塞いだ。彼女は真っ赤になり俺の顔を凝視する。


「事情は言えない……」


 フィリップ様もビアンカ嬢の手作りだからと毎年無理をして食べ寝込んでいる。なのでシュラット侯爵家がフィリップ様の暗殺を企んでいるのではないかと一時王妃は疑ったそうだが、実情を知って苦笑いをしていた。『人間欠点の一つくらいあるわよね』と。

 しかしあれは『欠点』などという生温いものではない。ビアンカ嬢の名誉のために、秘匿されるべき闇の部分だ。


「ノエル様……?」


 俺のただならぬ様子を見てゾフィーの瞳が不安げに揺れる。安心させるように彼女に微笑んでから俺は食堂へと再び歩みを進めた。

 食堂からは相変わらずショコラのよい香りが漂っている。ゾフィーを抱えたまま食堂に入りこっそり厨房を覗き見ると……。

 不満顔で椅子に座っているビアンカ嬢と、テキパキとショコラ作りに勤しんでいるサイトーサン伯爵とマクシミリアンの姿が見えた。

 俺は内心歓声を上げガッツポーズをする。あの二人が関わっているのなら今年のショコラは安心安全だ!


「……今年は大丈夫みたいだな」


 ほっとして呟く俺をゾフィーはその大きな紫色の瞳をぱちくりさせて見つめていた。その表情も可愛いな……。俺は今度は満面の笑みでゾフィーの唇を塞ぐ。すると彼女は真っ赤になって『のえるさまは今日はどうされましたのぉお……』と呟きながら顔を両手で顔を覆ってしまった。


「マクシミリアン、サイトーサン伯爵。ショコラ作り?」


 ゾフィーを地面に降ろして俺は何食わぬ顔で厨房に入っていく。

 ……マクシミリアンと視線が合う。

 俺がさり気なく親指を立てると、彼も微笑んで頷き返してくれた。

 今年は皆、生き残れそうだな。

次回は19時にハウンドとミルカのバレンタイン小話を投下します。

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