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多分脱・我儘令嬢をしたわたくしは王子様と出会う・前

王宮からの招待状を手に、自室でわたくしは絶望していた。

『気軽に来てくださいな』と書かれた王妃様からのお茶会へのお誘いのお手紙…。

行きたくない。心底行きたくない。だってこれって…。


(これって…もしかしなくても…王子との出会いイベント、なんじゃないかしら…)


ゲーム知識を思い返してみる。ゲームの中では、ビアンカと王子の出会い、婚約者になった時期についてなどの情報は語られていない。

ただ王子とヒロインとの会話で、


『彼女は…権力者の父親に頼んで、無理矢理俺の婚約者になったんだ』


と苦々しく口にする場面があった。

ビアンカかどこかで王子を見かけ一目惚れ。欲しくなって父様に頼み込んだ…そんな所だろうか。

王子はビアンカが婚約者になった時さぞかし絶望しただろう。性悪で我儘な女が自分の婚約者の座を権力で奪い取ったのだから。

しかもその女は自分が淡い恋心を抱いた相手を虐め、命まで奪おうとするのだ。

好感が湧くはずもない…ヒロインに傾くのも自然の流れだ。


(まぁ、わたくしは父様に王子との結婚を強請るつもりなんて無いし…。婚約話自体持ち上がらない可能性も高いよね。万が一、話が婚約だかの流れに傾きかけたら不敬にならない程度にやんわり固辞しよう)


招待状を眺めつつ溜め息を何度も漏らすわたくしの目の前に、湯気が立つ紅茶の入ったカップが置かれた。


「お嬢様。あまり乗り気では無いご様子ですね」


マクシミリアンが心配そうに眉を下げて、こちらの様子を伺ってくる。

彼が淹れてくれる紅茶は絶品で、いつもわたくしは楽しみにしている。溜め息を吐きながら飲むなんて勿体ないわね。

そう思いながら紅茶を口にする。爽やかで芳醇な香りと、喉を通るまでに感じるわたくしの好みに合わせた濃度。そしてその温かさに、張り詰めていた気持ちが少し弛んだ。


「ねぇマクシミリアン。王妃様は何の目的でわたくしを呼ぶのかしら?わたくしこう言っては何だけど、ただの7つの小娘よ。王妃様の目に留まるような行い、した覚えが無いわ」


思考に客観性が欠けているのではないだろうかと考え、マクシミリアンに訊ねてみる。

するとマクシミリアンは一瞬だけ考えた後。


「お嬢様は同世代の子供と比べ飛び抜けて優秀にございます。そしてこの世の物と思えないくらいお美しいです。それが先日の誕生日会のお披露目で世間にも知れた訳ですし。その上お父上は陛下や王妃様と昔から懇意にされているシュラット様です。お呼びしてお顔が見たいと思っても仕方ないのではないかと…」


……マクシミリアンも、父様とお兄様に毒されている気がするわ。

あまりのベタ褒めに「えへ…」と照れ笑いをしながら彼を見ると、マクリミリアンも視線に気付きにこりと微笑む。ああ、癒される。

とにかく、わたくしは先日の誕生日パーティで7歳の子供としては『やりすぎた』みたいである。

確かに7歳なんて鼻を垂らしながらカブトムシを素手で鷲掴んでいるような年齢だ。

もっと過剰なくらい『子供』です、と言う演出をしなくてはならなかったのだ。

会社の新人歓迎会に参加したOLのような挨拶や、のらりくらりとして大人然とした応対をするべきでは無かった…父様にしがみついて『怖い、恥ずかしいわ』くらいが正解だったのだろう。


「王子様って同い年よね。婚約者にでも担ぎ上げられたら面倒だわ…」


マクリミリアンがわたくしの呟きに苦い顔をする。自意識過剰と思われたかしら。恥ずかしい。


「…もしそのようなお話が出ても。旦那様にお願いして『婚約者』ではなく『婚約者候補』に留めて頂くのはいかがでしょう?」


マクシミリアンはそんな提案をしてくれた。

確かに、父様であればそれくらいの融通は通してくれるかもしれない。

今は幼く何が起こるか分かりません、学園の卒業まで何事も無ければ婚約者のお話を正式に拝命致したく思います…そんな感じでお茶を濁す事は出来るかも…。


「そうね、それがいいわ。そう言うお話が出たら父様にそう提案するわ」


なんとなく方針が見えてきたので安心感から笑みが自然と零れ出た。


「お嬢様は、王家との縁組に乗り気では無いのですね」


マクシミリアンが新しい紅茶を注ぎながら、少しわたくしの様子を伺う目を向け訊いてくる。

そうよね、普通の子供であれば王子様の婚約者になりたいとは思っても、なりたくないとはあまり思わないのだろう。


「だって王子様と結婚したら、わたくしの夢は叶えられないもの」


そう。王子様ではわたくしの夢は叶えられない。嫁入りするとしても土いじりが許される環境の家に嫁入りしたい。海の側に土地があり釣りも許してくれる家だと尚いい。

国外追放か、平民の素敵な彼氏との駆け落ちの末のスローライフも諦めてはいない。それが果たせたら自分の手で育て、実りを得る生活に邁進できるんだもの。なんて素敵なの。


「お嬢様の夢は、私にお手伝いが出来るものですか?」


マクシミリアンの問いにわたくしは少し考える。

マクシミリアンと結婚したら、彼はわたくしが畑を作る事くらい許してくれるだろう。

しかしセルバンデス家には跡継ぎが居るので、嫁入りは無理だ。そもそも家格が釣り合わない。

そうなると…………マクシミリアンと出来るのは、手に手を取っての…………駆け落ちの方。

マクシミリアンとの駆け落ちは、とても魅力的だ。でもわたくしはヒロインじゃない。


「マクシミリアン。それは貴方次第だわ」


もしも彼がわたくしを好きになってくれて、もしも彼がヒロインじゃなくてわたくしを選んでくれて、もしも彼が父様に逆らう覚悟を決めてくれて、もしも彼が快適な生活を捨ててでもわたくしの選択を選んでくれるなら……そんな『もしも』尽くしだけれど、彼次第と言えば彼次第だ。


「では私はお嬢様の夢の為に精進すると致しましょう」


わたくしの夢の内容も訊かずに、ふわり、と彼が微笑む。

『もしも』尽くしすぎてあり得ない…とは思うのだけど。少しだけ、期待してもいいの?

彼の事を好きになって、彼にも好かれ、結ばれる未来を夢見ていい?

でもその期待は危険なもの…。だってマクシミリアンの事を好きになった後に、ヒロインに彼を奪われたら。

わたくしは嫉妬に狂うゲームのままのビアンカになってしまうかもしれない。



ふぅ、と溜め息を吐いて紅茶に口をつける。



王宮でのお茶会まで、あと3日。

まずは王子を、なんとかしないと。

次回は王宮へ。

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