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エイデン・カーウェルという男(エイデン視点)

ヤンデレの生い立ちと独白。

 僕、エイデン・カーウェルの母は先王の娘だ。


 先王が崩御した時。

 自分が女王になるのだとお母様は息巻いていたらしい――けれどその思惑は外れ。

 現王、王弟閣下が玉座についた。

 そしてお母様は払い下げられるように、王家の遠縁でもあるカーウェル公爵家へと嫁ぐことになった。

 リーベッヘ王国は女王を認めているが、それも人望あってこそだ。

 王宮での権力争いに負けた母の方が馬鹿なのだと僕は思っているのだけれど。

 お母様は僕が幼い頃から『時代が時代なら王は私だったんだ』と壊れたオルゴールのように繰り返し、そして泣いた。

 聞き飽きたよ、なんて正直思うところもあるんだけどね。

 公爵家で王家筋って十分だと思うんだけどな。

 僕にもお母様にも王位継承権だってあるんだし。血が遠すぎてお父様にはないけどね。

 ……あの、いけ好かないフィリップと血が繋がってるのは唯一不快だけれど。

 湿っぽく怒りやすい母に、父は義務だけの子供……僕を作るとすっかり屋敷に寄り付かなくなった。

 屋敷の人々もすぐに癇癪を起すお母様に、近づかないし、話しかけない。

 だから僕は、幼い頃は特にお母様と二人きりで過ごすことが多かった。


『エイデン、エイデン。貴方が王になって』


 僕と二人きりになるとお母様は壊れたように、そう繰り返し、泣き喚いた。

 無理だよ、お母様。僕の継承権は第五位だ。クーデターでも起こせっていうの?

 面倒だから黙って聞いてあげるけど。

 そんな壊れてしまったお母様と幼い頃から毎日過ごしていたら。


 ――ああ、この人は。馬鹿で、愚かで、愛らしいな。


 なんて気持ちが僕の中に芽生えていった。

 お母様は僕が優しい言葉や甘い言葉をかけると、縋るようにそれに飛びつく。

 そして自分がどれだけ『可哀想』かを語るんだ。

 お母様に都合のいいことばかりを毎日囁いて、少しずつ甘い毒を吹き込んでいくとお母様は僕の言うことしか聞かず、僕しか信じられなくなって、依存していく。

 そんなお母様を見ていると『僕がお母様の心の手綱を握っている』という愉悦が込み上げるのが分かった。

 腹が減った犬のように、僕の言葉を待つお母様はとても情けなくて、浅ましくて、なんと愛おしい存在なのだろう。

 欲しい言葉を与えない時、顔を歪めて泣き崩れる姿もとても素敵だ。

 僕がいないと生きていけない人がいるのは、なんて素敵なことだろう。

 そんな母子の様子は『壊れた先王の娘を根気強く慰める優しい息子』という風に周囲には映っていたみたいだ。


 いつの間にか僕は、欠けたものや壊れたものしか愛せなくなっていた。

 『足りない』ということが酷く愛おしくなっていた。

 だってそれは、僕の存在で埋める隙間があるってことだから。

 完璧なものは、つまらない。

 僕がいなくても平気な顔で生きていける。そんなものに興味なんて引かれない。

 欠けだらけで危ういバランスを保って生きているような。

 僕がいなければ生きていけず、僕に依存してくれるような。

 そんな僕だけのお姫様が欲しい。


 そう思っていた僕の前に理想の天使が現れたのは、ルミナティ魔法学園に入学してすぐだった。

 最初に聞こえた噂は、外見への賛辞。

 次に聞こえた噂は、彼女の行いへの悪評。

 彼女の噂は度々僕の耳に入り、それは興味を引かれる内容ばかりで。

 僕はとうとう彼女に会いに行った。


『エイデン・カーウェル。初めまして、私が貴方のヒロインよ』


 シュミナ・パピヨンは僕に会うなり可愛い顔に醜悪な笑みを浮かべてそう言った。

 ……すごいね、君、木っ端男爵家の娘だよね。

 僕は筆頭公爵家の息子で君とは身分が違うのだけど。

 その僕に『貴方のヒロイン』だなんて堂々と言うんだ。


 彼女を知れば知るほど、僕は彼女を大好きになった。

 自分の日頃の行いのせいで泥沼にはまっているのにそれにも気づかず、美しい唇で現状を嘆くシュミナ。

 他人を妬み、だけど努力することなんて一つもしないシュミナ。

 甘い言葉をかけると、どんどん僕に依存していくシュミナ。


 だけどそんなシュミナが、近頃変わろうとしている。


『私、今ね。色々と頑張っているの。エイデンは何もできなくて、貴方に頼ることしかできない私じゃないと、嫌いになる?……頑張っている私は、エイデンは嫌い?』


 シュミナは微かに体を震わせ、そう言った。

 変わろうとしているシュミナは、嫌だ。

 そんな彼女は、僕の理想のシュミナじゃない。

 ……だけど。

 僕はもう……君のことを、手放せないほどに愛してしまっている。


 変わらないで、僕から離れないで、外の世界なんか見ないで。


 先王の娘という過去の遺物から生まれた僕。

 僕を通して遠い過去の王位の夢を見る母。

 父に欠片も顧みられなかった僕。

 王宮に行くとまるで過去の亡霊を見るかのような目で見られる僕。

 ――血筋は必要とされても誰にも必要だと、言われない僕自身。


 シュミナ、君は。僕を必要だと言って。

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