閑話15・短編まとめ2
活動報告にちょこちょこ上げている短編のまとめその2です。
『私の昔の話』(マクシミリアンの幼少期の話)
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『私の昔の話』
私……マクシミリアン・セルバンデスは、子供時代のある期間孤独だった。
きっかけは忘れもしない。セルバンデス家に強盗が押し入ってきたあの日。
押し入った賊達は口封じにと私達家人の命を奪わんとし、振り上げられた銀色に鈍く輝く刃を5歳の私は茫然と眺めていた。
凶行を制止しようとする母の甲高い声が部屋に響き渡り……。
次の瞬間、私の意識は途絶えた。
――――意識を取り戻した私が見たのは、強盗達『だった』何かと、私に怯える母、頭を抱えて震える父、泣き叫ぶ兄二人……。
まるで地獄のような光景だった。
何が起きたのか理解できず母に手を伸ばそうとしたが、
『私は化け物を産んでしまった』
母はそんな事を喚きながら、私の側から走って逃げて行った。
その後ろ姿は、今でも私の記憶に焼き付いている。
その日から私は『犬』達を使えるようになり、家族には腫れ物のように扱われた。
彼らは私に怯え、拒絶を露わにし、時には自分達の身の安全のためか機嫌を取ろうとへつらうような笑顔を見せた。
両親は私の使う魔法の正体は分からないまでもその異常性に気づき、処遇に困り果てたようだった。
もっと薄情な家族なら『金のため』『権威を得るため』『家族の安全のため』となんらかの理由で私を売るなり外に放り出すなりしてしまっただろう。
だけど彼らは中途半端に善人だったためかそこまでの行動を取る事ができず、私の『犬』の事を家の秘密として隠し私を家内に置く事を選んだ。
彼らはただ問題を先送りしただけなのだろうが、私の『犬』の事が世に知られずに済んだのだからそこは感謝するべきなのかもしれない。
突然冷たくなった家族達に戸惑いながら、一人で冷たい食事を取り、母に抱きしめられることも、手を繋いでもらうことすらしてもらえず、悲しくて泣きながら一人で眠る。
そんな日々は2年の間続き、私は7つになっていた。
7つの頃の私は、笑いもせず、泣きもしない可愛げのない子供になっていた。
笑いかける相手も泣いてまで感情を伝えたい相手も周囲にいなかったから、というだけに過ぎないのだが。
兄2人がルミナティ魔法学園に通う年齢になり入寮し、この家には両親と私が残された。
両親は以前以上に私に関わらなくなり、屋敷で顔を合わせる事もほとんど無くなった。
起きて身支度をし、一人で食事をして、家庭教師から勉強を習い、それが済むとまた一人で食事をし、入浴をしてから眠る。
毎日はただそれの繰り返しだった。
夜になると『化け物を産んでしまった』と叫ぶあの日の母の姿を毎晩のように夢で見た。
朝、目が覚める度に『自分は生まれてはいけなかったのだ』という思いが増し、心にひっかき傷が増えていく。
けれどどうしていいのか分からずに……心に増える傷に見ないふりをしながら私は日々を過ごしていた。
そんなある日、母が叔父を屋敷に連れて来て私に引き合わせた。
叔父は王宮で働く上級魔法師で私が今でも尊敬する人物だ。
自分達ではどうする事もできないと判断し、母は叔父を連れて来たのだろう。
腰まである銀色の髪に燃えるような赤い目の叔父は何かを測るようにしばらく私の目を覗き込むと、優しく笑いかけながら私の頭を労わるようになでた。
「……辛かっただろう? マクシミリアン」
2年ぶりに、人に優しく触れてもらえた。
2年ぶりに、人に優しい声をかけてもらえた。
その懐かしい感覚に感情を激しく揺さぶられ、叔父に縋りついて私は大声を上げて泣いてしまった。
私が落ち着くまで叔父は私の背中をなで続け、母が気まずそうにその光景から目を逸らすのが視界の隅に見えた。
「マクシミリアンと2人で話をしてもいいかな?」
叔父は母にそう言うと、私の手を引いて私の部屋を訪れた。
(彼は、俺が怖くないんだろうか)
そんな不安に苛まれ彼に視線を向けると、叔父は優しく微笑み返した。
幼い私は『犬』が何かは分からずとも、家族がそれに怯えているのは理解したため、『犬』を人前で使うことをしなくなっていた。
「マクシミリアン。君が使える特別な魔法を、叔父さんに見せてくれるかい?」
だから叔父にそう言われ、私は躊躇った。
「でも、叔父さんも怖がると思うから」
私がそう言うと叔父は微笑みながら首を横に振った。
「大丈夫、怖がらないから」
「……分かった」
叔父に促され、渋々ながら手を軽く横に振って魔法を使う。
すると部屋中の影からこぽりこぽりと音を立てながら無数の黒い獣達が生まれ、部屋の中を満たしていった。
叔父の反応を伺うと目が大きく見開かれ、真剣な面差しになったので思わず緊張してしまう。
……叔父にも『化け物』だと言われてしまうんだろうか。
それを想像すると胸の奥が、ズキリと痛んだ。
「ありがとう、マクシミリアン。その子達はしまっていいよ」
笑顔で叔父がそう言ってくれたので、私は内心ホッとしながら『犬』達を消した。
「俺、化け物なのかな」
「違うよ、マクシミリアン。君は人と少し違うことができるだけだ」
そう言って叔父はしゃがみ込むと私の両手を握り、諭すような目で私を見つめる。
そして理解が追い付かない7つの子供である私に叔父は丁寧に根気強く『犬』のことを教えてくれた。
叔父曰く私が使う『犬』を生み出す魔法は、遠い昔の歴史の中で失われたこの時代には現存し得ない魔法……ということだった。
「この魔法のことは、誰にも話してはいけないよ。人前で使うなんて、もっての外だ」
やっぱり、これは持ってはいけない力なんだ。
叔父の言葉を聞いて心臓がズキズキと音を立てて痛んだ。
「どうして? 化け物が使う魔法だから?」
涙目になって私が言うと、叔父はゆるゆると頭を振った。
「違うよ。その魔法は……強すぎるものだから。その力を持っていると知られたら、君が悪いやつに狙われかねないんだ」
そう言いながら叔父は、私に真剣な目を向けた。
「でも、もう家族はこの力のことを知っているよ」
あの人達はいずれ秘密を抱えることに耐えられず、私がこの力を持っていることを他人に話してしまうだろう。
幼い私でも、そんな確信はあった。
「大丈夫、彼らのこの魔法に関する記憶は僕の魔法で消してあげる。君を愛する家族に、彼らは戻るんだ」
叔父の言葉に、私は大きく目を開いた。
……翌日。
叔父の言う通り家族は『犬』に関わる記憶を……すっかり忘れていた。
「おはよう、マクシミリアン。よく眠れた?」
母が、父が、私に優しく笑いかける。
この2年間のことなんて……2年間の私の苦しみなんて。
何もなかったかのように。
「おはよう、よく眠れたよ」
そう言って私は、笑おうとしたけれど……上手く笑うことが、できなかった。
「そういえばもうすぐお前の誕生日だな。何か欲しいものはあるか?」
父の言葉にそういえばそんなものもあったな、と冷えた心で思う。
「……俺が生まれたことを、祝ってくれるの?」
「当たり前でしょう? 可愛い息子の誕生日を祝わなかったことなんてある? 貴方が無事生まれてくれたことに、私達感謝しているのよ」
楽しそうに言う母の言葉に『嘘だ』と喚き散らしたくなる気持ちをこらえて。
私は、『家族』の輪に入るべく歩みを進めた。
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「ポチ!お手!」
お嬢様が『犬』に勝手な名前を付け、何か芸をやらせようとしている。
『犬』はお嬢様が望むように無邪気な顔をして、ぽてり、とその手をお嬢様の白い手に乗せた。
「すごいわ、ポチ!賢いのね!」
『犬』達の思考レベルは人間の大人と変わらない程度のものなのだが……。
大変お喜びのお嬢様には言わないでおこう。
お嬢様に『犬』を見られた時。
彼女も私を恐れ離れて行くんじゃないかと、内心気が気でなかった。
お嬢様の『犬』の記憶を消し元の笑顔を取り戻せたとしても。
拒絶された記憶は強く残り、元の気持ちで接することはできないと……家族とのことで私は知ってしまっている。
彼らも苦しんだのだろうということは、今となっては理解している。
それでも私が一度家族を失った事実に変わりはなく、心に負ってしまった傷は消えない。
「本当に可愛い子!マクシミリアン、素敵な魔法をありがとう!」
彼女はそう言いながら『犬』に抱きついて頬ずりを繰り返す。
……お嬢様は拒絶どころか、『犬』ごと私を受け入れてくれた。
彼女といると親から忌まれた私でもこの世に生まれてよかったのだと。
私は……心底思えるのだ。