令嬢13歳・公爵家子息と侯爵家令嬢
「やぁ、エイデン。これは見ての通りささやかな茶会なんだ。カーウェル家の子息をわざわざ招待できるようなものじゃないよ」
最初に反応したのはフィリップ王子だった。
この二人は言わば親戚同士だ。普段からの交流もあるのだろう。
……なんだかフィリップ王子の口調に棘が見え隠れ……どころじゃなく剥き出しな気が。
「へぇ、フィリップ。君がいる上にミルカ王女、ミーニャ王子、カウニッツ公爵家ベルリナ嬢、シュラット侯爵家ビアンカ嬢がいるこの茶会がささやかなのかい?」
そう言ってエイデン様が優雅な、しかし氷のような印象の酷薄な笑みを浮かべる。
その笑みを見ていると、わたくしは胃の腑をきゅっと掴まれかき回されたような心地になった。
うう……ヤンデレスマイル怖いです。
しかしこの二人って、ここまで険悪な雰囲気なんだな。
王位継承権を持つ者同士、常日頃きっと色々あるのだろう。権謀術数の世界ってやつかしら。嫌だわぁ。
「エイデン。皆様のお邪魔になっているみたいだし、退散しましょうよ。学園祭もまだまだ見ていないところばかりよ」
シュミナ嬢がおずおずとエイデン様に声をかけながら、服の裾をつんつんと引っ張った。
そのシュミナ嬢にエイデン様は愛おしそうでいてどこか狂気を孕んだ視線を向け、優しく微笑む。
視線に射抜かれたシュミナ嬢は少しびくりと身を震わせたけれど、エイデン様に微笑み返した。
フィリップ王子はシュミナ嬢の態度を見て僅かに眉を顰め、ゾフィー様も首を傾げている。
……以前のシュミナ嬢とは、だいぶ違うものね。
「可愛いシュミナ。僕と学園祭を見て回りたいのかな? 彼らとお茶をするよりもそれが大事?」
「ええ、大事よ。エイデン。貴方と共にあるのが一番大事。だから行きましょう?」
シュミナ嬢の返事にエイデン様は満足そうに数度頷く。
なんだか気持ち悪いやり取りだわ……。
「可愛いシュミナがそう言うなら、今回のお茶会への参加は諦めようかな。でも……」
そう言いながらエイデン様が視線を向けたのは、わたくしだった。
わたくしはその視線を受け、冷や汗を内心かきながらも微笑んでみせる。
なにかしら、エイデン・カーウェル。受けて立とうじゃない。
「君の縁者が最近シュミナに近づいているようだけど、止めさせてれないかな? いくらシュラット侯爵家の関係者でも、僕の可愛いシュミナに気軽に近づかれるのは不快なんだ」
その件だろうな、というのは予想がついていたけれど……。
わたくしは扇子を取り出すとぱちん、と音を立てて開き口元を覆う。
そしてあくまでも柔和な笑顔を見せているエイデン様のお顔を一瞥し、口を開いた。
「ヴィゴの交友関係にわたくしが口を挟む気はございませんの。エイデン様、貴方も大人になってシュミナ嬢の交友関係を狭めるのはお止めになったら? 男性には懐の深さも大事ですわよ」
そう言ってコロコロと、わたくしは笑ってみせる。内心は冷や汗ものだけど。
エイデン様の口元の笑みが深まり、アルカイックスマイルのような表情を刻んだ。
「……この僕が、不快だと言っているのだけれど?」
うう、嫌だ嫌だ。凄むのはお止めになって欲しい。
足元の影がざわざわと脈動してわんちゃんが一匹顔を出そうとしたのをわたくしはこっそりと爪先で押し返した。
犬はなんだか不満そうな表情で『きゅぅん』と一声鳴いて影に沈んでいく。
こんな沢山人がいるところで『犬』を見られるのは困るのよ。
マクシミリアンの方をちらり、と見ると彼も『犬』達同様に殺気立っている。マクシミリアン、ハウス!
ミルカ王女もわたくしの腕にぎゅっとしがみついてエイデン様を睨み、牙を剥き出さんばかりの表情だ。ミ……ミルカ王女もハウスですよ!!
ミーニャ王子は我関せずという感じで紅茶を啜り、ゾフィー様はこの状況にオロオロとしている。
ジョアンナはなにかを測るかのように公爵家子息を観察し、ハウンドは飄々と紅茶のお替りを淹れていた……貴方達結構な面の皮ね。
「エイデン様、学園は貴族同士の交友を深める場です。私も誰かの交友を制限するのは好ましいとは思えませんが……」
横から凛とした声で口を出したのはベルリナ様だった。
「ベルリナ嬢。君には関係ないことだ」
にべもないエイデン様の口調に、ベルリナ様は声を詰まらせる。
「なぁ、エイデン。お前はもしかしなくても、可愛いビアンカを脅しているのかな?」
フィリップ王子が金色の瞳に怒りの感情を宿しながら、エイデン様を静かに見つめる。
エイデン様もその瞳を悠然と見つめ返した。
「フィリップ、君には関係ない。それに王太子が婚約者でも恋人でもない令嬢に肩入ればかりしてはだめだろう? 周囲に示しがつかないよ」
……その件に関しては、エイデン様もっと言ってやれ! なんだけど。
フィリップ王子は政敵に痛いところを突かれたからか悔しそうに顔を歪める。
「ねぇ、エイデン様。わたくし貴方のような他人の自由を自分の都合で阻害する方の言うことなんてきけませんの。ヴィゴは今まで通り自由にさせますわ」
わたくしはエイデン様にそう言いながら、扇子をぱちり、と音を立てて閉じた。
シュミナ嬢が意外そうな顔でわたくしの方を見るので軽く微笑んでみせると、彼女の目は大きく見開かれる。
わたくしに庇われるなんて、夢にも思っていなかったのだろう。
本当ならばカーウェル公爵家と波風なんて立てたくないのだけれど……彼はあまりに自分勝手で、横暴だ。
「……それは宣戦布告だね、ビアンカ・シュラット」
「宣戦布告なんてとんでもない。わたくしはヴィゴとシュミナ嬢の当然の権利を主張しているだけですわ。エイデン・カーウェル」
わたくし達が睨み合うとゾフィー様が『ひぇええ』と小さく声を漏らし、手に持っていたケーキを地面に落とした。
ミルカ王女は横でシャドーをしている。ち……血の気が多い!!
「……じゃあ、またね」
エイデン様が優雅に微笑みシュミナ嬢の手を引いてその場から去って行くのを、わたくしはほっとした気持ちで見つめていた。
……はぁ、大きな波風が立っちゃったわ。だけどしょうがない。
一方的な関係だけれど『友達』になった人が破滅に向かっていくのを、わたくしだって見過ごせない。
「……そういえばヴィゴって誰だ?」
小さな声で疑問を呟くフィリップ王子にわたくしは『お父様の遠い親戚の子供ですのよ』と適当なことを言って誤魔化した。