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閑話14・短編まとめ1

活動報告にちょこちょこ上げている短編のまとめその1です。


『マクシミリアンは素数を数える』(学園入学前)

『王子は悩み、怒りを抱える』(54話付近)

『令嬢と執事の誕生日』(学園入学後・4月頃の話)


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『マクシミリアンは素数を数える』


 目に焼き付けるべきか、逸らすべきか。

 目の前で繰り広げられる光景を見ながら心底悩む。


 お嬢様の服が、水で、大変透けていた。


 畑に水をやろうと木の桶に水を入れ、彼女がふらふらと歩いていたのを見た瞬間から嫌な予感はしていたのだ。

 手伝おうと駆け寄るが遅く。

 彼女は転び、桶の水を自分にぶちまけた。

 今日折悪く、彼女は白いワンピースを着ていた。

 ぴったりと濡れた白い布地が彼女に張り付き、体のラインを露わにする。


 ――落ち着け、落ち着け。素数を数えろ。


 2・3・5・7・11・13・17・19・23・29……


「マクシミリアン、火の魔法で乾かせる?」


 そう言いながら彼女が近づいて来る。

 髪からは水がしたたり、とても色気がある。

 私は思わず唾を飲んだ。

 と言うか……お……お嬢様……! スカートをたくし上げて水を絞らないで下さい!

 おみ足が、おみ足が……!!


 目に焼き付けるべきか、逸らすべきか。


 男ならどちらの選択肢を選んだか、推して知るべきだろう。


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『王子は悩み、怒りを抱える』


 ビアンカが、シュミナ・パピヨンの取り巻き達から……虐めに近い行為を受けている。

 学園に放っている影からそんな報告を度々受けているのだが……肝心のビアンカから何の話も聞けない事に俺は苛立ちを感じていた。

 影達からの報告ではビアンカは俺に助けを求める事を避けているようで、彼女なりの意図があるのだと思うと無理に話を聞き出す事も難しい。

 ……俺が手を下し、学園から彼ら、そしてあの女……シュミナ・パピヨンを排除するのは簡単だろう。

 しかしビアンカ本人が俺の手助けを避けているという現実と、あまりにもシュミナ・パピヨンに操られている生徒の数が多い事(いちいち排除していると学園の生徒が何人減る事か……)、それに付随して王族が動き多数の生徒を排除したとなると横暴であると貴族達に動揺と反感を与えかねない事、ビアンカが直接的な暴力を振るわれている訳ではなく現状は口論の範囲内で事が済んでいる事。

 そして中心人物のシュミナ・パピヨン自身は取り巻き達の影に隠れ、口論の矢面に立たない事。

 ……色々な要因が絡み非常に動きづらいのだ。

 状況を知っており堂々と彼女を守れるマクシミリアンやノエルが羨ましい……心底、そう思う。


 ――しかしある日。


 彼女がとうとう暴力を振るわれたと、そんな報告が入った。


 ああ、俺が動かなかったから。

 彼女が傷ついてしまった。

 ……大切な彼女を傷付けた男を、どうしてやろうか……。


「彼の家は子爵家だったかな? 王家からの書状が届いたら……どう思うだろうな?」


 彼の家も、彼の存在も。

 数日後には消え失せているだろう。

 でもそれは当然だろう? 俺の愛しい少女を、傷付けたんだから。


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『令嬢と執事と誕生日』


 マクシミリアンとずっと一緒に居るのにも関わらず、彼の好みがいまいち見えてこない。

 お肉と紅茶……が好きなのは知っているけれど。

 もっと踏み込んだ好みを知りたいというか……。


 つまりわたくしは、彼に誕生日のプレゼントを贈りたいのだ。


 誕生日プレゼントは前世の記憶が蘇ってからはもちろん毎年贈っている。

 だけどマクシミリアンはどんな物をあげても喜んでくれるので……明確な彼の好みが分からないまま今まで過ごしてしまった。

 ゲーム開始時の彼と同じ年齢になった記念という意味も込めて、今年こそは彼の好みにぴったりなものをプレゼントしたい!

 そう意気込んでジョアンナに相談してみたけれど。


「……マックスの好きなものは、お嬢様がお心を込めて選びお渡しするもの全てだと思いますよ?」


 と生温かいものを見るような表情で、珍しく酷く気を遣った事を言われてしまった。

 ……それにしても、その『お嬢様は、なに言ってるんですかねぇ』みたいなお顔はなんなの、ジョアンナ。

 わたくしこれでも真剣なのよ?


 マクシミリアン本人にリサーチをしても例年通り『お嬢様がくれるものなら何でも嬉しいですよ?』とうっとりするような笑顔で言われてしまい、結局今年も彼の好みは分からず終い。

 今年も自分で頭をひねって考えに考え、タイタック式のネクタイピンをプレゼントする事に決めた。

 お仕事でタイを毎日身に着けている彼にぴったりだと思ったのだ。

 早速ジョアンナにお願いしてジョアンナの生家ストラタス商会から取り寄せた、いくつかの品物を見せて貰った。

 ――その中でわたくしの目を惹いたのは。

 職人の手による精緻な細工がこらされた銀のネクタイピンの真ん中に、慎ましやかな大きさの真珠が一粒施された品だった。


「これがいいわ。マクシミリアンに……きっと似合うから」


 髪や目の色、服装も含めて黒一色のマクシミリアンに、銀色のピンはきっと映える。

 彼がそれを着けている光景を想像するだけで、わたくしの心は浮き立った。


 マクシミリアンの誕生日直前。

 ジョアンナが届けてくれたネクタイピンが入った箱は、綺麗な空色の包装紙で包まれ、銀色のリボンがかけられていた。


「お嬢様、ありがとうございます……!」


 誕生日当日。

 マクシミリアンにプレゼントの箱を手渡すと、彼は例年通りに奇麗な造形のお顔に本当にうれしそうな笑顔を浮かべて受け取ってくれた。

 ゲーム中とは違うその柔らかな笑顔を見ていると、マクシミリアンと積み重ねた歳月がよい方向に実っているのを実感できる。


「お嬢様の瞳と髪と同じ色の包装なのですね。開けてしまうのがなんだかもったいないです」


 マクシミリアンはしげしげとプレゼントの箱を見るとつぶやいた。

 ジョアンナから渡された瞬間わたくしもそう思ったけれど、改めてそう言われると照れてしまう。


「……は……早く開けて!」

「……お嬢様に触れるように優しく開けないといけませんね」


 マクシミリアンに催促すると、彼は神妙な顔でこちらが恥ずかしくなる事を言った。

 なんだか、語弊があるというか……。他人に聞かれたらまずい発言のような気がする。

 確かにマクシミリアンとは毎日おはようとおやすみのハグをしているし、その時には優しく抱きしめられているけど……!

 長い形のいい指が銀色のリボンを解くのを、わたくしは面映ゆくなりながら見つめた。

 リボンの次には、かさり、と小さな音を立てながら丁寧に水色の包装紙が取り去られ、白い小さな箱が中から現れた。


「気に入ってくれるといいんだけど……」


 マクシミリアンの身に着けるものの傾向はシックというか上品で質が良いものが多いように思える。

 そんな彼の趣味に合ったものをきちんと選べているのか、わたくしは少し心配だった。

 長年一緒に居るのに好むものさえきちんと把握できていないなんて……なんだか情けないわ。

 マクシミリアンは箱を開けると、中身を見て少し目を細めた。


「……素敵なものですね」

「本当? 本当にそう思う!?」

「はい、私の趣味にぴったりです。さすがお嬢様」


 マクシミリアンの言葉にうれしくなって彼の正面に立って見上げると、優しく微笑まれ頭をふわりとなでられる。

 はぁ……マクシミリアンのなでなで気持ちがいい……。

 心地よさに思わず目を閉じると、なぜか喉もなでられた。

 ……ね……猫じゃないのよ……!


「マクシミリアン、よければピンを付けてあげるわ」


 わたくしがそう言うとマクシミリアンは微笑んで頷いてくれた。

 彼と向かい合って、執事服のネクタイを手に取ると丁度よさそうな箇所に針を刺して、キャッチを付けてからボタンに銀の鎖をかける……タイタック式の付け方ってこれで正解だったかしら?

 黒のネクタイに銀の細工と白い真珠が映え思惑通りの見栄えになり、わたくしは満足感に浸った。


「どうかしら?」


 マクシミリアンの手を取って鏡の前に連れて行き、出来栄えを確認して貰う。


「もちろん満足ですよ、お嬢様。わざわざお嬢様のお手で付けて頂けるなんて……本当に光栄です」


 マクシミリアンは鏡でピンを確認しながらそれを愛おしそうに指先でなでると、わたくしに向かって微笑んだ。

 彼の奇麗な顔が本当に嬉しそうに笑うのを直視してしまって、わたくしの心臓はドキリと跳ねる。

 ……そんな嬉しそうな顔、素敵すぎてずるいわ!

 うう……マクシミリアンの背後にキラキラしたエフェクトが見える気がする……。

 さすがは攻略キャラ……!


「喜んでもらえてよかったわ。他にもして欲しい事はある? 誕生日なのだから、わたくしにできる事ならなんでもしてあげるわ」


 彼の好きなお肉だって、好きなだけ食べさせてあげるんだから!

 そんな事を思いながらわたくしがそう言うと、マクシミリアンは少し思案する顔をした後にこちらに目を向けた。


「お嬢様に感謝の気持ちをお伝えしたいので、抱きしめる許可を頂けませんか?」


 にっこりと爽やかな笑顔でマクシミリアンはそう言った。

 だ……抱きしめる……!?

 ……毎日おはようとおやすみのハグはしてるけど、改めて許可をと言われるとなんだか照れるわね。


「えっと……」

「なんでも、して下さるんですよね?」


 そう言って執事は両手を広げ、可愛い仕草で首を傾げた。

 マクシミリアンの広げた手を見ながらわたくしは少し躊躇する。

 だけど期待をするようなキラキラとした目で見つめられ、とうとう根負けしてマクシミリアンの腕の中にそっと倒れ込んだ。

 するとマクシミリアンは優しくわたくしを抱きしめて、


「お嬢様のおかげで毎年素敵な誕生日を過ごせております。本当にありがとうございます」


 とわたくしの耳元に唇を寄せ低く甘やかな声で囁いた。

 こ……腰が砕けそうになるからそんなに風に囁かないで!!


「本当に? 毎年ちゃんと、喜んでもらえてる?」

「はい。……こんな私でも生まれてよかったのだと思えて……。お嬢様のおかげで毎年、とても幸せです」


 わたくしの問いに、マクシミリアンは妙な返しをした。

 ……こんな私でも、生まれてよかった?

 彼が家族と不仲だという話は聞いた事がないけれど。

 もしかすると聞いてはいけない事情のようなものが、彼にはあるのかもしれない。


「お嬢様。これからも私の誕生日を一緒に祝って頂けますか?」

「マクシミリアン……」


 もちろんだ、と言いたかったけれど……。

 わたくしは数年後、この国にすらいないかもしれない。

 だから彼の言葉に頷けずになんと答えようかと悩んでいると。


「……ずっと一緒に、いて下さいますよね?」


 苦しいくらいに強く抱きしめられ、縋るような声音で囁かれて。

 わたくしは思わず首を縦に振ってしまったのだった。


 (出来ない約束をするなんて、不誠実ね)


 彼の胸の中で、わたくしはため息をついた。

 近い未来にマクシミリアンから想いを告げられ、更にその後お付き合いする事になり……彼と共にある方法を模索するようになるなんて。

 今のわたくしは知らないのだ。


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またそのうち溜まっているものをまとめます。

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