令嬢13歳・皆とわたくしの学園祭・後
中庭に用意されたテーブルに皆様と腰を掛け、わたくしはハウンドが淹れてくれた紅茶に口を付けた。
マクシミリアンが好んで淹れる上品な味の紅茶と違って、ハウンドが淹れるものは少しスパイシーだ。
この味は……シナモンとか、カルダモンをブレンドしているのかな。
パラディスコ王国は紅茶よりも珈琲の需要が高くミルカ王女はこちらでもいつも珈琲を嗜んでいらっしゃる。それもあって紅茶も少しパンチのあるお味が好きなのかもしれない。
ミルクを入れ砂糖を少し足すと前世で飲んだ牛乳で煮出したチャイのような風味になりとても美味しくて、わたくしは思わず顔を綻ばせてしまう。
「ビアンカ嬢。その紅茶には多分これと合うと思うんスよね」
そう言いながらハウンドが勧めてくれたのは、フルーツがふんだんに入った小さなパウンドケーキだった。
「こっちも結構強めのスパイスが入ってるんスけど、スパイスとスパイスって意外に合うんスよ」
それはなんとなく、わかる気がする。
チャイって前世ではカレーと一緒に提供されたりしていたものね。
ハウンドは小さなケーキをフォークで少し切り分け、ミルカ王女のお口へと持っていく。
ミルカ王女は小さなお口を大きく開けて、それをぱくりと頬張った。
……いいなぁ、あーんってヤツだ。
わたくしもマクシミリアンにして欲しい。
その光景をじっと見ているとハウンドに気づかれ、にやりと笑われた。
「ビアンカ嬢も、あーんして欲しいんスか?」
彼は耳に沢山着けたピアスを揺らしながら、ケーキをフォークに刺してこちらへ差し出した。
そしてその紅く薄い唇をぺろりと舐め、からかうような視線をこちらへ向ける。
……この、チャラ男!! あーんはして欲しいけどハウンドにじゃない!
「ハウンド、お嬢様には私が食べさせる」
そう言いながらハウンドからフォークを奪い取ったのは、マクシミリアンだった。
ハウンドは口パクで『はいはい、ご馳走様ー』と言いながらニヤニヤとする。
「……マクシミリアン。ビアンカには俺が食べさせる」
横から口を挟んだのは、隣に座っているフィリップ王子だ。
それをマクシミリアンが、鋭い視線で睨みつけ、この場は一気に険悪な雰囲気になってしまった
あああ……この二人はもう!!
助けはいないかとミーニャ王子の方をちらりと見ると我関せずという様子でお魚の形のクッキーを食べている。
ぐぬぬ……お魚の形のクッキーを食べる猫耳少年なんて、あざと可愛いわね!
ゾフィー様は手を胸の前で組んでキラキラした視線をこのやり取りに投げていた。
ゾフィー様、これはエンターテイメントではありません! 現実です、助けてください!!
「ビアンカ。淑女なのだから、フィリップ王子のお手を煩わせずにご自分でお食べなさい」
キリリとした声で言葉を発したのはベルリナ様だった。
助け船のつもりはないのだろうけど、助かりますベルリナ様!
「わかりました、ベルリナ様。ありがとうございます、ぜひに一人で食べさせてくださいませ」
わたくしはそう言いながら目の前のケーキに自分でフォークを伸ばす。
マクシミリアン、フィリップ王子、不満そうな目を向けないでください!
口に入れたケーキは少しほろ苦くスパイシーで、確かに紅茶とよく合った。
「ビアンカ、あーん!」
フィリップ王子と逆サイドの真横から別のケーキが刺さったフォークを差し出してきたのは、ミルカ王女だ。
わたくしはそれには躊躇なく、口を開けた。
これは酸味が強めのレモンケーキ……! とても美味しいわ。
学園祭の出店で売られている食べ物は各家の使用人達が作ったものである。
うちのクラスの出店のように令嬢達が総出で作りました、という例外もあるけれど。
学園祭の出店で売られるものとはいえ、王侯貴族の口に入る食品だ。
そのチェックは食材の仕入れの時点から厳しく入念にされており、その上で完成品に対して国内から集めた光魔法の使い手が毒検知をし、それを通ったものしか販売されていない。
まぁ、それはそうよね……。
今ここに居るのも王子に王女に公爵家令嬢に侯爵家令嬢……ここに毒を盛られたら色々な意味で大惨事だ。
「ビアンカは、ミルカ王女のものなら手ずから食べるんだな……」
フィリップ王子が少し寂しげに呟いたけれど、女の子と比較するのは止めて欲しい。
「フィリップ様。私とビアンカはね、ラブラブなの。羨ましい?」
「羨ましい、けしからん、ずるい。俺もビアンカとイチャイチャしたい。譲れ」
フィリップ王子の言葉に、ベルリナ様が紅茶を喉に詰まらせちょっとむせた。
今まで猫を被ったフィリップ王子しかベルリナ様は見ていないのだ。
こんなに子供っぽい彼は想像もしていなかったのだろう。
猫かぶりのフィリップ王子の方がわたくしにとってはレアなのだけど。
「人間の恋愛事は面倒だな」
ミーニャ王子はわたくし達の方を見ながら少し苦笑しつつ言う。
ベルーティカ王女の件を彼は忘れたのだろうか。
そんな気持ちを込めてミーニャ王子を少し睨んでも、彼は意にも介さず優美な仕草で紅茶のお替りを口にした。
一時は険悪な雰囲気になりかけたものの、それからの時間は概ね穏やかに流れて行った。
皆様は楽しそうにお菓子を摘み、紅茶を口にしながら談笑する。
……皆様といる時間が、なんだかんだわたくしは嫌いじゃない。
上を見上げると空が青い。木漏れ日が柔らかく肌に落ちて、それがとても心地よくて。
マクシミリアンから投げられた意味深な視線を、わたくしは見逃してしまっていた。
「……ねぇ。楽しそうだね? 僕も仲間に入れてくれないかなぁ」
楽しそうに声をかけられ、わたくしはひやりとした。
この声は……エイデン・カーウェル公爵家子息……。
声の方を見ると、エイデン様と困ったように眉を下げたシュミナ嬢が立っていた。