多分脱・我儘令嬢をしたわたくしは7歳になった・中
「入って」
ノックの主に声をかけると少し間を開けて扉が開いた。
「失礼致します」
入室してきたのはマクシミリアンだった。
普段の彼は白シャツにリボンタイを結び、黒のトラウザーズと言うシンプルな服装が多い。
しかし今日の彼はパーティ仕様なのだろう。
黒のスーツの前を開けて着用し、中には白い清潔感のあるシャツとぴっちりとした黒のベストを着ている。
首には白い蝶ネクタイ。手には三本線が入った白い手袋………ってああ…!執事服だ!!!
ゲームの時の彼を想起させるその姿に思わすキュンとしてしまう。
彼は部屋に入って来ると…わたくしを2度見し、凝視し、固まった。
そんな彼を見ながらジョアンナは何故かニヤニヤとしている。
マクシミリアンとジョアンナは仲がいい。二人で時々コソコソ何かを喋っている。
たまにケンカをしている所も見るけれどケンカする程仲がいいってヤツよね。
……ちょっとずるいわ。
「……マクシミリアン?」
何の言葉も発さなくなった彼が心配になって駆け寄り、呆けている顔の前でブンブンと手を振るが反応が無い。
どうしたものかと彼の手を取ってにぎにぎとマッサージするように握っていると、彼は握られている手に目を落とし、次にわたくしの顔に視線をやった。
意識はあるのね、良かった。
「具合が、悪いの?」
彼の手をにぎにぎしながら、こてり、と首をかしげて訊くとあっという間に彼の顔は真っ赤になった。
「いえ…違います、その…」
ごにょごにょと不鮮明な言葉を発しながら片手で顔を隠す。珍しく歯切れの悪い様子だ。
彼は、はーっと数度大きく深呼吸をした後、彼の手をにぎにぎしていたわたくしの手を両手で包んだ。
「お嬢様が……あまりにも綺麗で、見惚れてしまいました。ドレス、とても似合っています」
真っ直ぐに見つめられ、真剣な目でそう言われる。
際立って整った顔の少年が発した爆弾は、今度はわたくしの顔を一気に真っ赤に染め上げた。
見つめる黒い目の奥に、ゆらりと熱情のようなものが灯っているのはきっと気のせいよね?
彼の黒髪がはらっ、と揺れて頬にかかって。それが一層の色香を醸し出した。
こ……こいつ、流石乙女ゲームの攻略対象だ……!
美しい男性からの賛辞は男性に免疫が無い人間にとっては最早暴力と同じだ。
どう対処したらいいのか分からないし、顔の赤みは引かないし、鼓動はどんどん早くなるし!
こんな時に『もう…〇〇様ったら…』と軽く流せるヒロインはすごい。
ちょっと褒められただけでこのザマのわたくしだったら3日で虫の息だ。
「ふぁ!うぇ、ええええ」
口からあまり行儀の良くない言葉が漏れる。
わたくしはテンパると、女らしい悲鳴や声を上げられないらしい。
そんなわたくしの様子を見てジョアンナが視界の隅で声を上げて笑っていた。
ジョアンナ、貴女結構いい性格してらっしゃるのね?
「やだわぁ~!からかっちゃダメですわ!マクシミリアンったらお上手ね!」
そう言って彼の胸をぱんぱん!と軽く手のひらで叩く。
テンパり過ぎたわたくしは田舎のご老人が若い男性に『いや~お綺麗ですね!20代と思いましたよぉ』と褒められた時のようなリアクションしか取れなかったのだ。
だって周囲に参考になるような若い女性なんて居なかったんだもの!
ああ…顔だけじゃなくて、頭の中まで茹で上がってしまったのかしら。
マクリミリアンの顔が恥ずかしくて見れない。
視界の隅でジョアンナが今度は腹を抱えて笑っている。覚えてなさい。
「……父様とお兄様にも見せてきますわ!」
そう言って、おさまらない心臓の鼓動に押されるかのように、わたくしは淑女らしからぬ駆け足で部屋を飛び出した。
「…父様!」
玄関ホールで父様とお兄様を見つけ駆け寄る。
笑顔で腕を広げる父様に勢いのままにぎゅっと抱き着くと、そのまま抱き上げられ愛おしいと言う気持ちで溢れ溶け崩れた顔の父様にくるくると5回ばかり回されようやく下に降ろされた。
「おお!ビアンカ!可愛い娘!お誕生日おめでとう!妖精…いや、美の化身が舞い降りて来たのかと思ったよ!ドレスは気に入ってくれたかな?よく似合っているよ」
「天使ちゃん、いつも可愛い君だけど今日の君はひと際綺麗だね。僕にもハグをする僥倖を与えておくれ?ビアンカが可愛すぎて僕の心臓が止まってしまうかもしれないけどね」
頭の上から2人の怒涛の賛辞が降り注ぐ。
―――2人のいつもの褒め殺しを聞いていたらなんだか冷静になって来たわ。
父様もお兄様も、今日は勿論礼服だ。
仕立ての良い礼服が、2人共良く似合っている。
黒い礼服を着た父様からはきつく上がった瞳の印象も相まって大人の色香が漂い、白い礼服を着たお兄様は普段はゆるく流している艶のある金髪をきっちり後ろに撫でつけているのもあってまるで王子様みたい。
2人とも折角カッコいいのに……中身はいつも通りなのが残念だなぁ。
冷静にしてくれたお礼に無邪気(精神年齢アラサー)にくるくる回って見せたり、ハグから更にほっぺにキスをしてあげたりしたら、2人は感動して泣いていた。
そうこうしていると階段から足音がしマクシミリアンも玄関ホールに降りて来た。
ドキドキはもうおさまっている。うん、平気、大丈夫。
わたくしは彼に駆け寄って、
「急に出て行ってごめなさい。褒められて恥ずかしかったの」
と彼の目を見て謝った。謝る時には視線を合わせ気持ちを伝える、これ、大事。
「気にしてませんよ」
と言ってふわふわと優しくマクシミリアンが頭を撫でてくれたので、ほっとして思わずふにゃーっとした笑みが浮かんでしまう。
そんなわたくしを見てマクシミリアンが目を細めて慈愛のこもった表情で微笑む。
ああ、幸せ。
「マクシミリアン、娘に触れるんじゃない」
わたくしと居る時とは別人のように厳しい口調の父様が、ぽわぽわした空気が流れる間に割り込んできた。
推しとの時間を邪魔するなんて無粋ね!
あっ、お兄様も怖いお顔でマクシミリアンを睨んでる…。
マクシミリアンは「承知致しました」と一歩下がったのだけどその態度はどこかどこ吹く風だ。
ジョアンナといい、マクシミリアンといい。
うちの使用人達は結構いい性格をしているのかもしれない。
「じゃあ、そろそろ可愛い天使ちゃんを皆に見せに行こう。本当は誰も見ないように隠してしまいたいんだけどね」
ウインクしながらスッとお兄様が手を差し出して来る。
その手を取るとお兄様の人形のような整ったお顔に、邪気の一切ない木漏れ日のような笑顔が浮かんだ。
危ない、血縁じゃなかったら流れ弾で好きになっちゃうとこだったわ。
お兄様はこんなに美形なのにどうして攻略キャラじゃないんだろう?
悪役令嬢の兄なんてゲーム内では出て来なかったので、当然と言えば当然なのかしら?
「うん!」
わたくしは元気に答えると、父様とお兄様に挟まれてパーティー会場へ向かった。