閑話13・使用人達の無駄口(マクシミリアン視点)
図書室に入ったお嬢様を見送り、私とハウンドは使用人サロンに向かった。
サロンは校舎1階の東側にあり、重厚な木の扉を開くと様々な家の使用人達が主人から解放され寛いでいた。
入室してきた私とハウンドを見て、頬を染め秋波を送ってくるメイドが数人居たが声をかけられる前にとっとと高位貴族付きの使用人しか使えない個室に避難した。
……お嬢様以外に好意を寄せられても、正直面倒なだけなのだ。
通りすぎる際にちゃっかりと私の手に手紙を握らせたメイドも居たが……個室に入った瞬間に破りゴミ箱に捨てた。
個室は濃いチョコレート色の木のローテーブル、臙脂色の布張りのソファー、立派な額に入った高名な画家の絵……と立派な内装だ。
伯爵家の客室です、と言われても違和感がないくらいの高尚な雰囲気を醸し出している。
「あ~あ、お手紙破っちゃった。マクシミリアンは本当に酷い事するっスね。ビアンカ様が見たら幻滅するんじゃねーんスか」
パラディスコの双子王族付きの執事であるハウンドは細かい三つ編みを入れポニーテールにした金髪を揺らしながら笑う。その動きに合わせて耳に沢山つけたピアスも揺れた。
最近舌にもピアスが増えていて、驚いた。何故そんなところに穴を開けるんだ。
口調も含めて相変わらず緩いというかなんというか……。
こんな見た目と口調でも仕事は出来るのだから人間というものはよく分からない。
お嬢様はハウンドの事を『チャラパリピホスト』と呪文のような言葉で呼ぶ時がある。
前世のお言葉なのだろうが、多分褒め言葉ではないな……。
「あっ。セルバンデス侯爵に無礼な口きいちゃったっスね」
「うるさい。今まで通りマクシミリアンでいい」
ハウンド相手だと彼の雰囲気につられて口調が思わずぞんざいな物になってしまう。
そう……。
先日パラディスコ議会の裏切り者を炙り出した事で、その裏切り者が持っていたシュタウフィン領が浮いたのでそれをそのまま私が継承する事で決まり……。
近頃ベルーティカ王女の件でバタバタしてしまったのでお嬢様にはまだ話していないのだが、私は正式に『パラディスコ王国シュタウフィン領主、マクシミリアン・セルバンデス侯爵』になったのだ。
「……ハウンドは恋文にいちいち返事をしてるのか?」
「してねっスね」
悪びれもせずハウンドは言った。
この男も見た目だけなら上物だ。しかもパラディスコの王家筋という事を隠していない……となると血眼になるメイド達がいる。
ハウンドもしょっちゅう恋文を貰ったり、告白されたりしているのだが、誰に靡く様子も見せない。
「だって俺の心はミルカのものだから……」
頬を染め乙女のようにはにかみながらハウンドは言った。
……じゃあ気持ちを伝えればいいのに。
この男は軽薄に見える見た目に反して恋愛に関してはヘタレなのだ。
「……ハウンド・シュテンヒルズ公爵家子息。ミルカ王女にお気持ちを伝えてはいかがですか?」
嫌味っぽく言ってやると、ハウンドはとても嫌そうな顔をした。
……先程お前も似たような事をしたじゃないか。
ミルカ王女の従兄であるハウンドは、パラディスコ王国の筆頭公爵家の次男である。
見た目から彼の身分の想像はなかなか難しいだろう。
「マクシミリアンにそんな口調で話しかけられるとマジでキモいっス!」
ハウンドは苦々しい顔でうえーっと舌を出した。
そして……もじもじとしてこちらを伺うように見た。
「……脈は、あると思いますか? 先輩」
「……何で先輩なんだよ」
「先に主人とくっついた先輩っス。マジで尊敬です」
脈……ね。
ミルカ王女は飄々としていていまいち掴みどころがないというか……。
ハウンドには気を許しているようには見えるけれど、恋心は持っているのだろうか。
お嬢様のように分かやすく赤くなったり青くなったりしてくれればハウンドももっと積極的に行けるのだろうが……。
「脈は分からないが、ちゃんと気持ちを伝えないと誰かに横から攫われるぞ。ミルカ王女も婚約者の話が出てるんじゃないか?」
「……それなんスよねぇ」
ハウンドは深い溜め息を吐いて、項垂れた。
身分はつり合っており障害も無いんだから、とっとと策を打てばいいのに……。
普通に婚約の打診をすればいいんじゃないかと思うのだが『両想いだって分かってからじゃないとプロポーズなんて出来ないっス!』と涙目で言われた。
……乙女か。乙女なのか、ハウンドは。
パラディスコ王国は貴族間でも恋愛結婚が多いと聞くので、その影響もあるのだろうが。
その時、個室のドアがノックもせずに開かれた。
「マックス、やっぱりここだった。あっ、ハウンド、お疲れ様です」
……ジョアンナだ。まぁ、こんな入室の仕方をしてくるのはジョアンナしかいない。
彼女はこちらに歩み寄ると、ぽふり、と軽い音を立ててソファーに座った。
「……何か用か?」
「お嬢様好みの紅茶を入手したから渡そうと思って来ただけ。別に後で渡しても良かったんだけど」
そう言いながらジョアンナはこちらに紅茶の缶を投げて寄越した。
……本当に粗雑なメイドだな。お嬢様の前ではあれでも随分猫を被っているのだ。
缶を開けて香りを嗅ぐと確かにお嬢様が好みそうな良い香りがした。
ジョアンナの目利きは一流だ、それだけは信頼している。お嬢様もお気に召すだろう。
「お嬢様が、喜びそうだ」
「でしょでしょ」
ジョアンナは嬉しそうに目を細めた。
「ジョアンナ、俺の恋愛相談受けてくれるっスか!?」
「えっ……やですよぉ。ハウンドの話いつも堂々巡りですし。とっとと告白したらいいですよ。そこからしか始まらない事もありますし」
「それが出来ないから相談してるんスよー!!」
恋愛相談の矛先をジョアンナに変えたハウンドは、速攻であしらわれてしまった。
「あっ。何か美味しい取り引きを持ってきてくれるなら1時間だけ聞きますよ」
「……それ、めちゃくちゃ高くないっスか?」
ハウンドとジョアンナがわいわい話しているのを横目に見ながら立ち上がり、備え付けられている魔石を使った給湯機を使い紅茶を準備する。
ジョアンナの前に紅茶のカップを置くと『わ、珍しい。私に紅茶淹れてくれたの? どうしたの? 熱?』なんて言うから思わず頭にチョップをしてしまった。
……こうして、使用人達の午後は過ぎていく。