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令嬢13歳・ミーニャ王子の想い

 ベルーティカ王女が訊ねて来た翌日。

 わたくしはセラさんの工房を再び訪れていた。

 マクシミリアンにはまだ寝ているようにと言われたのだけど、ベルーティカ王女がライラックに帰ってしまう前にセラさんとお話をしたいと思った。

 セラさんにベルーティカ王女との関係を無理強いする気なんて毛頭ない。

 だからこれは、ただの自己満足にしか過ぎないのだけれど。

 ベルーティカ王女の救いになる言葉が一つでも聞ければいいと、愚かな事を思ってしまったのだ。


「……お嬢様。あまり思いつめないで下さいね」


 マクシミリアンが気遣う声音で言いながら、わたくしの手を優しく握った。

 わたくしはそれに頷いて、工房前で馬車を降りる。

 すると……そこには見知った先客が居た。


「ミーニャ王子……」


 黒い猫耳をぺたりと下げ、尻尾を力なくぶらぶらと揺らすその後ろ姿に、わたくしは恐る恐る声をかけた。

 ミーニャ王子はゆっくりとこちらを振り返ると、力なく笑った。

 その姿は憔悴していて、普段の傲岸不遜さは鳴りを潜めている。


「……ビアンカか。お前もセラに用か?」


 ミーニャ王子は片頬を上げて微笑むと、こちらに手を振った。


「ミーニャ王子もセラさんに会いに?」

「ああ、少し用事がな……」


 少し用事……? 思わず眉を顰めると、ミーニャ王子はわたくしの頭をぽんと叩いた。

 マクシミリアンはそんなミーニャ王子を見て不快そうな顔をする。


「……お嬢様に、気軽に触れないで下さい」


 そう言いながら後ろから気軽にぎゅうぎゅうとわたくしを抱く彼の言動は矛盾している。

 ……マクシミリアンだから、いいんだけど……。


「すまないな、お前の番に気軽に触れてしまって。ビアンカ、安心しろ。今日は無理強いじゃなくて……兄として最後に、彼に頼み事をしたいだけなんだ」


 そう言って彼は店頭から工房に入ると、作業中だったセラさんに声をかけた。わたくし達もその後に続く。

 セラさんはわたくし達を見ると驚いた顔をした後に、ぺこり、と慌てて頭を下げた。


「お仕事中に、ごめんなさいね?」


 わたくしがそう言うとセラさんはかぶりを振って、また先日の応接室に通してくれた。


「お体は、もう大丈夫なのですか?」

「ええ。すっかり元の通りですのよ」


 セラさんに訊ねられ、にこりと笑ってそう答えると、彼はほっとしたように息を吐いた。

 彼も、わたくしを心配してくれていたのだろう。

 わたくしとミーニャ王子がギシリと音を立てる革張りのソファーに腰をかけると、セラさんが紅茶を淹れてくれた。


「……皆様今日は、どのようなご用件ですか?」


 セラさんは怯えたような目で……主にミーニャ王子を見ながら言った。

 先日の事があるし仕方がないわよね……。


「ミーニャ王子のご用件から、お先にどうぞ? お邪魔になるようでしたら、わたくしとマクシミリアンは外に居ますわ」

「いや、ビアンカもここに居てくれ」


 そう言ってミーニャ王子は居住まいを正し、セラさんの目をしっかりと見据えた。

 その視線につられるように、セラさんの背筋もピンッと伸びる。

 緊張した空気が……その場に流れた。

 そしてミーニャ王子は……セラさんに向けて深く頭を下げた。

 セラさんの顔が驚愕で引き攣り、目が大きく見開かれる。

 王族が平民に頭を下げるなんて事は……本来ならばあってはいけない事だ。

 ミーニャ王子は頭を上げると、真剣な表情で口を開いた。


「……先日は無理を強いようとしてしまい、済まなかったな。妹がしようとした事も……本当に申し訳ない」

「い……いえ……。その……」


 セラさんはオロオロと動揺しながらソファーから立ち上がったり座ったりをする。

 いきなり王族に謝罪をされて冷静な対応が出来る平民なんてそうそう居ないわよね。


「……その上で、図々しい話だとは思うのだが……。セラが妹を憐れんでくれるのなら。……ベルーティカに最後のチャンスをくれないだろうか」

「最後……でございますか?」


 セラさんは首を傾げながら、警戒心を含んだ視線でミーニャ王子を見つめた。

 またどういう無茶を言い出すのかと危惧しているのだろう。


「このままではベルーティカは、ライラックに帰国し……。『未亡人の塔』と呼ばれる『番』を得られなかった獣人達を隔離する施設でこれからの一生を過ごす事になる」

「隔離……!? いや、俺なんかに拘らず別の相手を探せばいいじゃないですか?!」


 セラさんは驚愕の声を上げ、真っ青になった。

 獣人達の『生涯に一人しか愛せない』という感覚は人間側からすれば理解が及ばないもので、セラさんの驚きは至極当然だ。

 振られたのなら、心の傷が治るのを待って次の相手を探せばいい。人間の大半はそう考える。


「ベルーティカはセラに……獣人の習性の事をあまり話さなかったようだな」


 そう言ってミーニャ王子は獣人達が魂の伴侶である『番』しか愛せない種族である事、『番』と結ばれなかった獣人は狂ったり死んでしまったりする事が大半な事等を話し、セラさんは話を聞くにつれ顔が青くなったり白くなったり……顔色を失っていった。


「……俺。ベルーティカ様が言ってた事……『運命の番』とか『魂の伴侶』とかは……大袈裟な比喩か何かと思ってて……」


 セラさんは苦悩するように頭をかいた。


「セラに、貴族となりベルーティカとの婚姻を結べなんて事はもう言う気はない。ただもしも……セラが憐れんでくれるのなら。ベルーティカが、君を想いながらこの街に居る事を許してくれないだろうか。妙な真似や過度な接触をしないように見張りはもちろん付けるし、君に想い人が出来た際には責任をもってライラックに連れ帰る。……万が一君とベルーティカが想い合うなんて奇跡が起きた時には……ベルーティカの身分は王族から平民へと落とすつもりだ」


 そう言ってミーニャ王子はまた、深々と頭を下げる。


「ベルーティカにチャンスをくれないか。……大切な妹が……。ただ狂っていくのを見ているだけなんて。僕には耐えられないんだ……」


 そう言ってミーニャ王子は、金色の双眸から雫を零した。


「……ベルーティカ様を好きになる……なんて事は。俺、約束出来ませんよ?」

「承知の上だ。可能性が薄い事は、僕も分かってる」


 ミーニャ王子の様子を見ながら、セラさんは腕を組んでしばらく考え込んだ後……。


「……近所に。俺の事を好きな妹分が増える、くらいの感覚でいいのなら」


 と言って溜め息を吐いた。

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